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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
八章 境界の魔女
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【4】ティアの帰還


 国境沿いの街をティアが発った翌日、レン、セビル、ルキエの見習い魔術師達は指導員のヒュッターと共に〈楔の塔〉に戻ることになる。

 レンとしては、すぐにティアを追いかけて南のメルヴェンの街に向かいたかったが、半端な時間に出発すると野営になる。それより、早朝に出発した方が移動に無理がない、と大人達が判断した。

 メビウス首座塔主をはじめとした実力者達は、イクセル王子を王妃派に引き合わせるため、ダーウォック側の人間と接触したり、国王殺しの魔物を探したりと、忙しく動き回っている。

 しばらくこの国境付近に滞在し、魔物に警戒する算段なのだ。


(……ティアは、出発する直前にこの辺り飛び回ったりしたのかな。姉ちゃんに会えたかな)


 夜更け頃に目を覚ましたレンは、ベッドの中でゴロリと寝返りを打った。

 レンはヒュッターや、守護室のオットーと同じ部屋に寝泊まりしている。

〈楔の塔〉に戻るのもこの顔ぶれだ。ヒュッターは戦闘要員ではないので、オットーを護衛につけることにしたらしい。

 朝になったら、急いで準備をして出発し、南のメルヴェンの街に向かう。そこで待機しているティアと合流したら、そのまま更に南に向かって〈楔の塔〉に戻るのだ。


「…………ん?」


 早朝に動き始めた鳥の鳴き声にまじって、ティアの鳴き声が聞こえる気がする。


(いや、流石に気のせいだよな。ティアはメルヴェンの街にいるわけだし……)


 と、そこまで考えて、「いやだけど、ティアだもんな」とレンは考え直す。

 南の街で一人待っているのが退屈で飛び回り、ついついこっちに戻ってきちゃった……なんて、いかにもティアならありそうな話ではないか。

 あとは、メルヴェンの街に向かったはいいが、何をしに行くか忘れて、ヒュッターに確認するため戻ってきたとかだ。これもティアならあり得る。

 レンはベッドから降りて、窓に近づいた。

 物音に気づいたのか、ヒュッターが「どうした」と声をかける。ヒュッターだけじゃない。オットーもこちらを見ていた。どうやら起こしてしまったらしい。

 オッサン達って朝早いんだな。なんてことを考えつつ、レンは声をかける。


「ティアの声が聞こえた気がして…………あ、ほら、やっぱり」


 窓の外に目を向けたレンは、こちらにペタペタ歩きで向かってくる人影を見つけた。

 外はまだ薄暗いけれど、真っ白な髪と特徴的な歩き方は間違いない。ティアだ。

 レンは窓を開けて声をかけようとしたが、ふと違和感を覚えた。

 なんだか、ティアの体が左右にふらついている気がする。


「…………えっ」


 冬の朝は、吐く息が白くなるぐらいに寒い。

 それなのに、ティアは上着を着ていなかった。肌着姿で、腕が露出している。

 その姿にレンが連想したのは、かつて見た、ティアの本来の姿。


 ──白翼のハルピュイア。


 ティアは本来の姿に戻ると、その腕から白い羽が飛び出す。足も鱗に覆われ、鋭く大きい鉤爪のある鳥の足になるのだ。

 今、こちらに向かってくるティアは、人間の少女の姿をしている。だが、上着を着ていないその体は泥に汚れていた。

 ティアの身に、何かあったのだ。


「ヒュッター先生、オットーさん、なんか様子がおかしい!」


 レンは上着を羽織ると、毛布を引っ掴んで部屋を飛び出す。そうして宿の外に出て、辺りを見回した。

 ティアは先ほど見かけた位置に、ペタリと座り込んでいる。


「ティア!」


 駆け寄ったレンは、ティアの体に毛布を巻きつけた。ティアは寒さに強いと言うけれど、やっぱり見ていて寒々しいのだ。

 ティアは目に見えて大きな傷はない。右腕や肩の辺りに打撲痕が幾つかあるぐらいだ。足は裸足で、泥に汚れている。

 レンは小声で訊ねた。


「あのキャンディ、使ったのか?」


「ペヴ……そう……跳躍用魔導具で高く飛んで、キャンディで戻って、滑空を繰り返して……」


 応じる声は疲労にかすれていた。

 ティアは魔女様にもらったというキャンディを食べると、五分だけハルピュイアの姿に戻れる。

 ただし、効果が切れて人の姿になる時、ティアは激痛を味わうのだ。


「キャンディ、何回使った?」


「いっぱい……えぇと、十回ぐらい?」


 レンの背筋が、ゾッと冷たくなった。

 跳躍用魔導具で跳躍、キャンディの力でハルピュイアに戻る、その羽で限界まで滑空──その繰り返しで、ティアはここまで戻ってきたのだ。

 ……人の姿になるたびに、激痛にのたうち回りながら。

 そこまでして戻ってきたからには、何か理由があるはずだ。


「メルヴェンの街で何があった?」


 ぐったりと俯いていたティアは、顔を持ち上げレンを見る。

 そうして、その顔に珍しく焦燥を滲ませ、早口で言った。


「あのね、ここから南の方で魔物が待ち構えてる。メルヴェンの街にいる調査室の人達は、多分殺されてる」



 * * *



 ティアが戻ってくると、宿で待機していた者達は身支度もそこそこに、ヒュッターの部屋に集まった。

 ベッドの上に座って手当を受けているのは、毛布に包まっているティア。その左右にルキエとセビルが座る。ルキエは予備の上着を繕っていた。ティアに貸すためにサイズを調整しているらしい。

 それと、部屋に適当な椅子を持ち寄って、レン、ヒュッター、オットー、それと宿で待機中だった討伐室と調査室の魔術師が四人、それぞれ座っていた。

 おかげで部屋は窮屈だが、非常事態だから仕方ない。


(首折り渓谷の横穴に、みんなが集まってる時も、こんな感じでギュウギュウだったっけ……)


 昔を懐かしむティアに、ヒュッターが白湯の入ったマグカップを渡す。


「ほれ、飲んどけ。で、飲みながらで良いから、こっちの質問に答えろ。お前が魔物と遭遇したのは、どの辺りだ」


 ヒュッターが地図を広げたので、ティアは白湯をチビチビ飲みながら、「この辺」と指さした。

 メルヴェンの街の北の辺りだ。


「目玉鳥に追い回されて、着地した先が林だった……多分、この辺。で、ここに上位種の魔物がいたよ」


 上位種の一言に、室内がざわつく。

 特に、上位種の恐ろしさを知っている調査室や討伐室の魔術師達は、動揺が顕著だ。


「よく無事だったねぃ……」


 守護室のオットーが険しい顔で呟く。

 ティアはちょっとだけ言葉を選んだ。


「えっと、跳躍用魔導具でピョーンってして、頭突きしたの」


「……上位種に、かい?」


 ひきつり顔で訊ねるオットーに、ティアは元気良く「ピヨップ!」を返す。


「それからいっぱい飛んで、目玉鳥を振り切って、なんとかここまで逃げてきたの」


 上着とブーツは、その際に目玉鳥に引っ掛かれてボロボロになり、落っことしたことにしておく。

 飛行用魔導具は、飛行用の羽が数枚捩じ切れており、それを無理やり引っ込めて跳躍用に切り替えたので、あちらこちらに不具合が出ていた。


「ティア、その上位種の魔物は、どんなことを言ってた?」


 ヒュッターは更に細かくティアに質問をしていく。

 ティアは覚えている範囲でそれに答えた。

 その魔物が金髪の若い男の姿をしていて、自らを吸血鬼のモチーフであると語っていたこと。

 メルヴェンの街にいた〈楔の塔〉の魔術師達は、その上位種の魔物の「眷属」なるものが見つけ出したこと。

 そこまでティアが話したところで、レンが小さく挙手をして、大人達に訊ねた。


「……眷属って、強い魔物のしもべみたいなやつだっけ?」


 この疑問に答えたのは、守護室のオットーだ。

〈楔の塔〉で過ごした時間が長いオットーの方が、魔物の生態に詳しいのである。


「上位種の魔物の眷属ってぇのは、大体二種類に分かれます。一つは力の弱い魔物。もう一つは魔物を信奉する人間」


 たとえば、深淵より生まれし〈原初の獣〉は、獣人系の魔物達を眷属として従えている。

 だが、中には人間を眷属としている魔物もいる。

 ティアはそういう人間を見たことがないが、話に聞いたことはあった。

 人間の中には、人間でいることに嫌気がさして、魔物の眷属になることを望む者がいるのだ。

 殊に、容姿の美しい吸血鬼は、人間の中でも根強い信奉者がいるという。

 そういう魔物の眷属たる人間達は、〈水晶領域〉で暮らすことはできないので、人里で魔物からの命令を静かに待っている。

 オットーは苦い顔で、言葉を続けた。


「眷属に限らず、魔物側についてる人間ってぇのは、昔からチラホラいるんですよ。そういう人間を調べて見張るのも、〈楔の塔〉の仕事なんですが……今回は完全に後手に回っちまったらしい」


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