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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
八章 境界の魔女
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【1】そんなに悪くはない状況


 魔物と手を組み、ダーウォック新教を立ち上げようとしている国王を止めるため、〈楔の塔〉の魔術師達がダーウォックを目指して一週間。

 ティア達が国境近くにある町に到着したところで、事態は急変した。

 町の人間達が、やけにざわついているのだ。人間の機微に疎いティアの目にも、何かが起こっていると分かる。

 これはお祭りの前のザワザワではない。何か良くないことのザワザワだ。

 一体、何を騒いでいるのか。その理由はすぐに分かった。新聞売りが大声で叫んでいたからだ。


「ダーウォック国王、ヴァルデマル陛下崩御! ヴァルデマル陛下崩御!」


 馬車の中の空気が張り詰める。

 ティアはヒュッターに訊ねた。


「ヒュッター先生、崩御って、王様死んじゃったってことだよね?」


「あぁ、その通りだな」


「……魔物に、殺されちゃったのかな」


 ダーウォック国王は魔物と手を組み、魔物を悪としないダーウォック新教を作ろうとしていた。

 だが、このタイミングで国王が死んだということは、その魔物に殺されてしまったのだろうか?

 ティアは自身が魔物だから分かる。価値観の異なる魔物と人の、交渉の難しさを。

 ティアの言葉に、ヒュッターは腕組みをしてセビルを見た。皇妹であるセビルに配慮はいるか、と問うているのだ。

 セビルはヒュッターを見つめ返して言った。


「わたくしも、ヒュッター先生の見解が聞きたい」


「正直、魔物の仕業かどうかは、まだ分からん。国内に残っていた反国王派が反旗を翻したって可能性もなくはないだろ」


(あ、そっか)


 そもそも今回のダーウォック遠征、王妃派のイクセル王子達は国王を討つか、捕縛するつもりでいたのだ。最悪の場合、王を殺すことも視野に入れていた。いずれにせよ、穏便には済まなかったのだ。

 ヒュッターは馬車の揺れでずれた眼鏡の位置を直しながら、言葉を続ける。


「仮に国王が魔物に殺されたんだとしたら、もうちょい魔物に対する恐怖で、町が大混乱になってる気がするんだよな。なんか、上手いこと情報が統制されてる感じがする……」


(確かに、ヒュッター先生の言う通りかも)


 ティアは耳をすましてみた。

 町の人々は「国王崩御」としきりに騒いでいるが、魔物が王を殺しただの、城を乗っ取っただのという話は聞こえない。

 ダーウォック国王は、まだ魔物の存在を国民に周知していなかったのだろう。その上でダーウォック新教を作ろうとしたが、志半ばに非業の死を遂げたのだ。


「先行してる調査室の人間が、この町で情報収集をしているはずだ。まずは、その人達と合流して、情報の擦り合わせだな」


 ヒュッターの言う通り、イクセル王子が〈楔の塔〉に助けを求めに来た時点で、〈楔の塔〉は調査室の魔術師をダーウォックや国境に送り、情報収集させている。

 これからその調査室の魔術師と合流して、今後の方針を決めるのだろう。


(結局、お城を乗っ取った魔物は……何がしたかったんだろう)


 ティアは馬車の外を見上げる。

 くすんだ灰色の空に、ハルピュイアの姿は見えない。


(風、冷たくなってきた)


 北に来たから、というのもあるが、もうすぐ冬が来るのだ。



 * * *



 宿に到着した〈楔の塔〉の魔術師達は、先行の調査室の魔術師と合流すると、早速宿の一室で会議を始めた。

 集まっているのは、首座塔主のメビウスをはじめとした、〈楔の塔〉の実力者達。

 そして、この作戦の要である、ダーウォックの王子イクセルと、皇妹であるセビル。

 更に指導室代表ということで、何故かヒュッターも同席を命じられた。間違いなくセビルのせいだ。


(まぁ、今は情報が欲しかったから、都合が良いっちゃ都合が良いが……)


 流石にセビル以外の見習い達は、部屋で留守番中だ。ティア、レン、ルキエは部屋で待機している。

 ヒュッターは、こっそりイクセルの様子をうかがった。

 落ち着いているように見えるが、顔色は青白く、膝の上で握った拳は白くなっている。動揺を押し殺しているのだ。

 ……つまり、国王崩御は想定外のことだったのだろう。


「報告を」


 メビウスが、先行して情報収集していた魔術師を促した。

 調査室の魔術師は優秀で、既に数人、ダーウォック王城の人間──特に王妃派や、追い詰められていたルステリア教の司教に接触していたらしい。

 調査室の中年の魔術師は、青白い顔で淡々と報告した。


「ヴァルデマル陛下は、玉座の窓から飛び降りたそうです。その時、玉座にいた他の者も同様に」


 窓の下には、無惨な死体が積み重なっていたという。王も大臣も兵も、皆いっしょくたに。

 王妃派の偽装ではない。おそらく、人間の精神に干渉する魔物の仕業だろう、というのがメビウス達の見解だ。


「国王の死後、魔物達は特に城を乗っ取るでもなく、人間を襲うでもなく、城を立ち去ったそうです……まるで、ここに用はないと言わんばかりに」


 幸か不幸か、未だ魔物の存在は表に出ていない。王妃派は魔物の干渉を口外せず、王の死を事故として処理する方向で考えているらしい。

 ヒュッターとしては納得のいく話だ。


(魔物の仕業と正直に公表すると、国王の「やらかし」が表沙汰になりかねないもんな。それなら、内々で事故として処理し、王子の誰かを王に据えた方が体面を取り繕いやすい)


 イクセル王子は歯を食いしばっていた。

 彼は父王に怒りを覚えていたし、自身の手で討つことも考えていたはずだ。

 だが、こんな形で父王を殺されるとは思っていなかったのだろう。


(俺は、有り得る話だと思ってたがね)


 魔物の残忍性を思えば、国王と魔物の交渉決裂は、おおいにあり得た話だ。

 そして皮肉なことに、現状はヒュッター達にとって、決して悪いものではなかった。

 ヒュッターが想像していた最悪の事態は、魔物がダーウォック王国を影から乗っ取ることだ。

 上位種の魔物は、限りなく人に近い姿をしている。故に、魔物がダーウォック国王を傀儡にし、影から国を支配するということもできたはずだ。


(……そうなると面倒臭い。もう、間違いなく面倒臭い)


 だが、魔物達はダーウォック国王を殺して、どこかに行ってしまったのだという。

 国王を殺した後、魔物達は王妃派の人間に紛れ込んだ、という可能性も考えてみたが、それなら最初から国王を傀儡にして、人間に紛れ込んだ方が楽なはずだ。

 なにより、国王は魔物を悪としない新教を作るつもりでいたのだ。わざわざ国王を殺す理由がない。


(正直、今の状況って、暴走した王様と魔物が仲間割れしてくれてラッキー! って感じなんだよな。流石にイクセル殿下の手前、そんなことは言えないが……)


 などと思っていたら、セビルが口を開いた。


「我々にしてみれば、今の状況は悪くない。国王と魔物が勝手に仲間割れをしてくれたのだからな」


(言っちゃったよ……!)


 案の定、イクセル王子はこめかみを引きつらせていた。

 そんなイクセルに、セビルはキッパリと告げる。


「魔物と手を結ぼうとした王は死に、魔物は姿を消した。国は混乱状態になるだろう。ならば、それを治めるのが王族たる貴方の役目ではないか、イクセル殿下」


 イクセルは眉間にギュゥッと深い皺を寄せ、絞り出すような声で言った。


「……仰る通りです」


(仰る通りだけど、容赦ないよな……うん。頑張れ王子様)


 まぁ、国の混乱を治める云々は王妃と王太子が頑張るだろう。イクセルは第六王子なので、いきなり玉座が回ってこないだけマシだ。


(……それにしても分からないのは、魔物の思惑っつーか、目的だな)


 魔物達はわざわざ〈水晶領域〉を出て、国王と交渉までしておきながら、あっさり国王を殺して立ち去ったという。

 魔物達が王を殺して城を占領した……という話なら面倒だが、そういった様子もない。


(魔物達は何がしたいんだ? さっぱり分からん)


 調査室の魔術師達は他にも細々とした報告をしているが、これ以上詳しいことは分からなそうだ。無理もない。玉座で起こった出来事を見ていた者は、皆、窓から飛び降りてしまったのだから。

 一通り情報の確認が終わったところで、メビウス首座塔主が口を開く。


「状況は理解した…………イクセル殿下」


 メビウス首座塔主に呼ばれ、イクセル王子が姿勢を正す。

 メビウスは淡々と続けた。


「既に、私の配下の者が、この町に身を隠している王妃派と接触しております」


 その言葉で、イクセル王子は今後の自分の身の振り方を決めたらしい。

〈楔の塔〉がイクセル王子に協力しているのは、ダーウォック王城に魔物がいたからだ。

〈楔の塔〉の使命は魔物の排除。故に、魔物がいなくなったのなら、ダーウォック王城まで行く理由はない。

 イクセル王子はメビウス首座塔主に深々と頭を下げた。


「……私は王妃派の者達と合流し、ダーウォックに戻ります。我が国のために、ここまでご足労いただいたこと、深く感謝申し上げます。いずれ正式に、お礼をさせていただきたい」


 頭を上げたイクセル王子は、今度はセビルの方に体を向ける。

 そして、さきほどセビルの言葉にこめかみを引きつらせていたとは思えない、真摯な態度で言った。


「アデルハイト殿下にも、ご迷惑をおかけしました」


「わたくしは迷惑などと思っていないので、謝罪は不要だ。それより感謝の方が嬉しい」


「……貴女という人は」


 イクセル王子は少し呆れたように顔を歪めた。

 だけど、そこに怒りはない。呆れの中には笑みが滲んでいる。


「心より感謝申し上げます。アデルハイト殿下」


「うむ、礼は物でも金でも構わぬぞ!」


「…………」


 イクセル王子の顔から、微かな親しみが一瞬で死滅した。


(そういうとこだぞ、セビル)


 メビウス首座塔主達は今後のことについて話し合っている。

 ダーウォック国王を襲った魔物が、まだ近辺に潜伏している可能性もあるので、全員で即撤収というわけにもいかないのだ。

 イクセル王子を王妃派に引き渡すまでの護衛もいる。


(ただ、見習い達は〈楔の塔〉に帰すのが妥当だよな……)


 ならば、その引率でヒュッターも〈楔の塔〉に帰れるだろう。あぁ、良かった。これでダーウォックに亡命せずに済む。

 胸を撫で下ろすヒュッターに、メビウス首座塔主が声をかけた。


「ヒュッター殿、貴方の生徒のティア・フォーゲルに頼みがある」


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