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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
七章 北へ
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【24】銀色の目


 ティア達がダーウォックを目指し、五日が経った。

 この五日間で起こったトラブルと言えば、ルキエの父親が押しかけてきたことぐらいで、それ以外は特に大きな問題もなく、移動は順調だった。

 天候には恵まれているし、魔物を見かけることもない──特に〈楔の塔〉の魔術師達は、魔物の襲撃を警戒していた。

 本来、魔物が現れないダーウォック王城に魔物が現れたのだ。

 ならば、帝国領で魔物が現れない地域に魔物が出没してもおかしくはない。

 魔物達は、ダーウォックに魔力濃度が濃い土地を見つけたか、或いは、魔力濃度の低い土地で活動するなんらかの手段を手に入れたか。

 この辺りは調査室が総力をあげて調査中だという。

 もし後者の場合、事態は深刻だ。今まで活動範囲が〈水晶領域〉に制限されていた魔物達が、人里に下りてくる可能性がある。

 故に、討伐室と調査室の魔術師達はほぼ総出で〈水晶領域〉付近に配置され、警戒体制をとっているという。


「次の町が見えてきたな。レン、起きろ」


 ティアの横に座るセビルが、自分にもたれてぐったりしているレンに声をかける。

 相変わらず馬車酔い中のレンは、最近は「美少年的な馬車酔いとはどうあるべきか」を検証し、実践しているらしい。あまり、「おぇぇ……」と言わなくなった。

 今も頬にかかる金髪を緩く耳にかけて、いかにも儚げな顔で言う。


「あと、何日かかるんだっけ……」


「この調子なら、あと二、三日もすれば、国境に着くだろうな。そこから、王城まで約二日というところか」


「長っ……なぁ、オレ思ったんだけどさ、花を敷き詰めた箱に寝かせてもらって運ばれるのって美少年的じゃね?」


 それは、人間の埋葬方法ではなかっただろうか。

 ティアは直接見たことはないけれど、一応本で読んで知っている。

 レンの提案に、セビルが「やめておけ」と釘を刺した。


「馬車で横になるのは、あまり勧めんぞ」


「ピロロ……全身でガタガタを感じるもんねぇ」


「うむ、尻だ。尻を鍛えろ、レン」


 皇妹の口から飛び出した「尻を鍛えろ」の言葉に、同乗している魔術師達の何人かが、肩を震わせる。

 レンはもうすっかり慣れた態度で、唇を尖らせた。


「尻がムキムキは、美少年じゃないだろぉ……」


 三人のやりとりを、同じ馬車の大人達はどこか微笑ましげに、或いは楽しげに見守っていた。〈楔の塔〉の魔術師達は基本的に見習いに優しいのだ。

 ヒュッターはこれだけ揺れても気にせず、目を閉じて寝ているし、ルキエは馬車の外を無言で見ている。

 そのルキエが、何かに気づいたような声をあげた。


「誰か飛んでくる」


「ピヨッ!」


 つられてティアも、空に目を向ける。

 細長いシルエットと、手にした槍──ランゲ兄弟のどちらかだ。ただ、ティアはすぐにそれがどちらかを察した。


「オリヴァーさんだ!」


 風を無視して直線的に飛ぶその飛行方法は、オリヴァーが最近開発した、真上に飛んだ後で方向転換をし、真横に飛ぶ方法である。同じ横移動でも、フレデリクはもう少し風の流れを意識する。

 飛び方の違いは、ハルピュイアであるティアにはハッキリ分かるのだ。

 地面とほぼ水平に飛んでいたオリヴァーは、やがてティア達が乗る馬車に追いつき……そして、減速できずに馬車を追い抜かして、目的地である町に突っ込んで行った。



 * * *



 民家の屋根に直撃して墜落した男オリヴァー・ランゲは、その後、〈楔の塔〉の魔術師達に回収され、宿に連れて行かれた。

 どうやらオリヴァーは本人の希望どおり、連絡係に任命されたらしい。〈楔の塔〉は基本的に見習い魔術師を現場に出さない方針だが、今はあまりにも人手が足りないのだ。

 ティアがレン、セビルと一緒に、食堂で少し遅めの昼食を食べていると、上の階からオリヴァーが下りてきて姿を見せた。ヒュッター達への報告が終わったらしい。


「オリヴァーさんだ! ピヨップ!」


「うむ、ピヨップ」


 真面目にピヨップ返しをするオリヴァーに、レンが脱力した顔になる。

 煮込み料理の肉を頬張っていたセビルが、きちんと飲み込んでから口を開いた。


「連絡係で来たと聞いたが、このままダーウォックに同行するのか?」


「否。俺はランゲの里との連絡係だ」


 ランゲの里──つまりは、オリヴァーの故郷であり、魔物狩りの一族が暮らす土地である。

 ダーウォックに魔物が姿を現した今、〈楔の塔〉は魔物達が〈水晶領域〉外に出てくることを警戒していた。

〈水晶領域〉は帝国の最東端にあり、〈楔の塔〉はその南西部に位置する。

 そして、〈水晶領域〉と〈楔の塔〉の間には幾つか人里があるのだ。その中でも、一際〈水晶領域〉に近いのが、魔物狩りの一族達が暮らす小さな里だ。

 討伐室のフレデリク・ランゲと弟のオリヴァー・ランゲの故郷である、ランゲの里。

 討伐室のリカルド・アクスの故郷であるアクスの里。

 これらの里は、魔物達が〈水晶領域〉から出てきた時、最前線になる場所でもある。故に、〈楔の塔〉は討伐室の魔術師達を派兵していた。

 当初、ランゲの里にはフレデリクが向かい、そのまま滞在することになっていたらしい。

 ただ、それだと連絡役が足りなくなるので、少し遅れてオリヴァーが派兵されたというわけだ。


「じゃあ、オリヴァーさんはランゲの里に行って、それから、わたし達のところに来たの?」


 ティアは少し驚いた。オリヴァーが、〈楔の塔〉から真っ直ぐにティア達を追いかけてきたのだと思っていたからだ。

 一度ランゲの里に行き、それからティア達のいる場所まで飛んできたとなると、相当な移動距離だ。


「あぁ。魔物の動向に関しては、ダーウォック奪還組とも細かな情報共有が必要だろう」


 オリヴァーの言葉に、レンが声をひそめて問う。


「……ランゲの里周辺に、魔物っていた?」


「否、里の者にも確認したが、ここ数週間、魔物は見かけていないらしい」


 ティアは以前見せてもらった地図を思い出した。

 ランゲの里は、〈水晶領域〉から最も近い人里の一つだったはずだ。


(……オリヴァーさんとフレデリクさんの故郷、実は魔女様の家と近いんだよね)


〈水晶領域〉と人の領域の境界線上には、境界の森と呼ばれる森がある。

 境界の森は魔力濃度がまちまちで、魔女の家は境界の森の中でも、比較的魔力濃度が濃い場所にあった。

 そして、この境界の森を抜けて少し行った辺りにあるのが、ランゲの里なのだ。

 空を飛べるハルピュイアの感覚だと「すぐそこ」である。

 ただ、魔女の家周辺には魔物が近づかないから、魔物狩りであるランゲ一族も、魔女の家に近づくことはないだろう。


「なぁ、オリヴァーさん。ランゲの里ってさ、普段はどのぐらいの頻度で魔物が出んの?」


 レンが険しい顔で訊ねる。

 オリヴァーは、細い顎に指を添えて少し考え込んだ。


「俺が故郷にいた頃は、月に一、二度程度だっただろうか。出ない月もある。ただ……ここ数週間、魔物がいたと思しき痕跡が見当たらないのだ」


 たとえ魔物を見かけずとも、足跡や爪痕など、魔物の痕跡が残ることはある。

 ランゲ一族は、そういったものを常に探して、魔物の動きを追っているのだ。

 だが、ここ最近はそういったものすら見つからないのだという。

 レンの懸念を察したのか、セビルも眉間に皺を寄せた。


「……なるほど。魔物達が一斉に、ダーウォックに向かっている可能性もあるな。既にダーウォック国王は、魔物と結託している。ならば、魔物を集めて軍隊を作ることも、視野に入れているやもしれぬ」


 魔物を集めて軍隊に。

 そんなことできるのかな、とティアは思う。

 レンやセビルが思っている以上に、魔物というのはまとまりのない生き物なのだ。

 同じ深淵から生まれしものなれど、人に対する執着の形は違う。求めるものが違うから、いまいち団結できない。端的に言うと獲物の取り合いになる。

 ただ、〈水晶領域〉周辺で不自然に魔物が減ったなら、ダーウォックに集まっている可能性が高いのは事実。

 だからこそ、〈楔の塔〉の最高戦力であるメビウス首座塔主がダーウォックに向かっているのだ。


(……お姉ちゃんも、ダーウォックで、人間と一緒にいるのかな)


 ティアはピョロロロロ……とか細く喉を鳴らす。

 その時、オリヴァーが何かを気にするように辺りを見回し、訊ねた。


「そういえば、ルキエはいないのだな。ダーウォックに向かう見習いは、ルキエも含めて四人だった筈だが」


 オリヴァーの言う通り、ルキエはサッと食事を済ませて、宿を出ていた。

 ただ、それは皆と食事をするのが嫌だったからではないことを、ティアは知っている。


「ルキエはお散歩に行ったよ。歩いてる時の方が、作りたい物のアイデアが浮かぶんだって」


 そこでティアはペフフンと喉を鳴らし、内緒話をするように声をひそめた。


「あのね、ルキエはレンに影響受けたんだって」


「へ? オレ? ……オレの美少年っぷりに、創作意欲を刺激された?」


「ルキエはレンみたいに、色んなことしてみたいんだって。だから、今回ダーウォック行きに同行したんだって」


「……??」


 ティアの言いたいことが、レンには微妙に伝わっていないらしい。

 どう言えば良いかな、とティアが考えていると、セビルが「なるほど」と笑い、レンを見て片目を瞑った。


「ルキエは、お前の挑戦性に触発されたのだ、レン」



       * * *



 町を歩いていたルキエは、ちょうど良い木陰を見つけ、そこに座ってスケッチブックを広げた。スケッチブックはルキエのアイデア帳だ。作りたい魔導具や装飾品のアイデアを思いつくままに書き込んでいる。

 これまでに書いてきた物は、金属加工した物と、組紐を編んだ装飾の物が多い。

 金属加工か織物や編み物か、どちらか一本に絞った方が良い気もするし、どちらも続けてみたい気持ちもある。

〈楔の塔〉に来てからは特に、自分はどれか一本に絞らねば、他の職人には追いつけないという焦りがあった。


(……でも、心が定まっていないなら、無理にどちらか一本に決める必要はないわ)


 両方続けてもいい。他の選択肢を選んでもいい。色んなやり方を試していい。

 自分にはこれしかない、こうするしかない、と決めつけるのは勿体無い──討伐室と魔法戦をした頃から、レンに影響されている。


(アイデアが欲しいなら、作業室にこもっているだけじゃ、駄目なんだわ)


 今、自分がいる町だってそうだ。帝国南部育ちのルキエは、〈楔の塔〉より北の地域に来たことがなかった。

 複数の小国が集まってできた帝国は、土地が変われば文化も変わる。建物も、服も、当然に変わるのだ。

 故郷より寒冷なこの土地は、目の詰まった織物が多い。その模様の細かさが、ルキエは気に入っていた。


(これだけ細かい模様ができるなら、全体は同系色でまとめて、少しずつ色糸を変えるのも良いわね……でも、大胆な構図を入れるのも面白いかも)


 一通りアイデアを書き込んだところで、一度この町の景色を眺めようと顔を上げる。

 そんなルキエの視界に真っ先に飛び込んできたのは、白い髪だった。誰かがルキエの前にしゃがんで、スケッチブックを覗き込んでいたのだ。

 その真白い髪故に、最初はティアだと思った。だがよく見ると違う。別人だ。

 年齢はルキエと同じぐらいだろうか、ほっそりとした顎の辺りで切り揃えられた白髪、整った顔は中性的で、男にも女にも見える。

 ルキエが驚いていると、その人物はスケッチブックからルキエに視線を移した。


「それは、何を描いているのだ?」


 溺れそうなほど美しい銀色の目が、ルキエを見た。


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