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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
七章 北へ
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【幕間】ヒュッター先生と政治のお勉強


 午後の個別授業になると、最近は管理室か蔵書室に赴くレンだが、その日は他の塔には行かず、教室に残ってヒュッターに訊ねた。


「なぁ、ヒュッター先生の考える名君……良い皇帝や王様って、どんなん?」


 レンの質問に、ヒュッターは少し意外そうな顔をした。


「突然どうした。美少年目指すのやめて、皇帝にでもなる気か?」


「まさか。セビルじゃあるまいし」


「君主論だの帝王学だのを知りたきゃ、蔵書室に行け。そういう本も一応置いてるぞ」


〈楔の塔〉の蔵書はレンが想像していた以上に充実しているらしい。

 だが、ヒュッターの言葉にレンは首を横に振った。


「そういうんじゃなくてさ。ヒュッター先生って、よく授業で、『えー、帝国人なのにそれ言っちゃうー?』みたいな、ぶっちゃけた話するじゃん」


「最近の大学は、そんな感じだぞ。議論中は、まぁ自国への悪口が飛び出す飛び出す。五十年前とは違うんだよ」


 ふーん、とレンは相槌を打つ。

 レンは〈楔の塔〉以外の教育機関を知らない。ただ、〈楔の塔〉は保守的な古い組織なので、良くも悪くも、考え方が古臭いとは思う。

 特に指導室のヘーゲリヒ室長がそうである。自国への雑な評価に、良い顔をしない。


「ヒュッター先生は魔術師組合から来た人だから、〈楔の塔〉の大人とは、視点が違うんじゃないかと思ってさ」


「〈楔の塔〉でも、外部の魔術師養成機関出身者は多いんだがな。ヘーゲリヒ室長とか、ゾンバルト……先生とか」


 ヒュッターの言葉がレンには少し意外だった。

 特にヘーゲリヒ室長は、いかにも閉鎖的な〈楔の塔〉らしい頭の硬い人間だと思っていたのだ。

 ゾンバルトが外部機関出身というのは、なんだか分かる。ゾンバルトはあまり〈楔の塔〉の人間らしくないのだ。


「ふーん、それじゃ、レーム先生とアルムスター先生は?」


「レーム先生はお前ぐらいの頃に〈楔の塔〉入りしたんだったかな。アルムスター先生はよく分からん。あの人、話しかけるとすぐに痙攣して死にそうだから」


「へー。それで、話それちゃったけどさ、『良い皇帝、王様とは?』ってやつ。ヒュッター先生の考えを聞かせてよ」


 ヒュッターは腕組みをし、探るようにレンを見た。

 なお、ヒュッターはどこかくたびれた雰囲気のあるオッサンなので、難しい顔をしていても凄みはない。

 そういう「凄みのなさ」が、ヒュッターの良さでもある。おかげで、あまり気負わずに話せるからだ。


「さては、セビルとなんかあったな?」


「セビルと話してると、当たり前に政治の話がポロッと出てくるんだよ。だから、ちょっとは勉強しとこう、って思っただけ」


 ヒュッターは教卓にもたれると、眉間に皺を寄せて考え込む。


「名君なぁ……そもそもだ、望んで暴君になりたがる奴なんざ、そうそういないだろ。誰だって王になったからには、名君とか賢王って呼ばれたいし、自国を良くしたい」


「うんうん」


「ところがだ。どんなに王が清廉潔白だろうと、周囲の貴族が腐敗してたらどうにもならん。国内貴族の顔色をうかがいながら、他国の情勢も気にするわけだ。心労で禿げそうな話だろ」


 ヒュッターは眼鏡をクイッと持ち上げ、今日一番の真面目な顔で言った。


「これは俺調べだが、歴代皇帝はハゲが多い。黒獅子皇の将来が楽しみだな」


「先生、黒獅子皇嫌い?」


「これはあくまで政治的な議論であり、俺の好き嫌いは反映しないものとする」


 なるほど、議論の場ではその前置きがあれば、皇帝をボロクソに言っても許されるのだ。一つ勉強になった。


「話が逸れたな。名君とは何かだが……レン、お前は先帝を名君だと思うか?」


「思わない。だって、すげー評判悪いじゃん」


「じゃあ、先帝についてどれだけ知ってるよ?」


 先帝、つまりはセビルの父親だ。

 先々帝が戦争好きなら、先帝は大の戦争嫌い。

 戦争を回避するために、自国の土地を切り売りしたなどと揶揄されている人物だ。

 また、芸術品に目がなく、気に入った物には惜しみなく金を注ぎ込んだとも言われている。


「えーと、戦争嫌いで女好きで、芸術品に金を使いまくったとか……」


「そう。一般人が知ってることなんて、それぐらいだ。だけどな、実は地味に色々やってるんだぞ。税制の細かい改修とか、歴史的価値のある建造物や美術品の保護とか、爵位の生前譲渡制度導入とか。あとは、教育機関増やしたり、芋の病害調査に金出したり……」


 ヒュッターは先帝の政策や、実際に行なったことなどを黒板に書き込んでいく。

 それだけを並べると、なんだかとても真っ当な皇帝みたいではないか。


「……でも、女に手を出しまくった、色ボケジジイだったんだろ」


「兄弟が戦争と疫病で死にまくってるからなぁ。後継者を残すことに必死だったのかもしれん」


 今更レンは気がついた。

 自分はセビルの父を──先帝を悪者にしたがっているのだ。

 そうしたら、セビルは悪い父親に騙されていた被害者になるし、セビルに同情しやすくなる。

 ……だけど、現実はそう単純ではない。だから、セビルだって葛藤しているのだ。


「結局のところ、先帝が名君か暗君か、俺には断言できん。百年、二百年先の未来では、聡明な皇帝って扱いかもしれんぞ」


「……ふーん。でもさ、過去の皇帝と比較したら、やっぱ、それなりに評価って見えてくるじゃん?」


「それはそうだが……」


 ヒュッターは眉間に皺を寄せ、難しい顔をした。


「あのな、レン。お前は帝国史だけじゃなくて、他国の歴史ももうちょい触れとけ。シュヴァルガルト帝国が大国だって幻想は、そろそろ破綻するぞ」


「……え?」


 ヒュッターの言葉が、レンには予想外だった。

 レンは自国が──シュヴァルガルト帝国が、この大陸一の大国だと信じて疑わなかったのだ。

 勿論、周辺諸国が力をつけてきていることは知っている。それでも、自国が一番という考えを疑ったことはなかった。

 なんだか、ガツンと頭を殴られたような衝撃だ。

 絶句するレンに、ヒュッターは黒板の文字を消しながら言う。


「帝国が五十年以上前の戦争で勝利した時は、帝国の時代がきた! って感じだったんだけどな。今でも国際的な場での公用語は、大抵帝国語だし」


 帝国の周辺諸国──リディル王国やダーウォック王国の中上流階級の人間は、母国語以外に帝国語を学ぶ者が多い。それは、帝国語が国際会議等で使われる公用語だからだ。

 帝国は、この大陸で大きな影響を持っている。それは揺るぎない事実だと、レンはずっと思っていた。


「この五十年の間で、お隣のリディル王国に色々と追いつかれてる……どころか、追い抜かれてると俺は思うね。知ってるか? リディル王国って都市部じゃ平民でも水道が使えるんだぜ」


「それ、ローズさんも言ってたけど、マジ?」


「おう、マジマジ。俺も昔、ちょろっと滞在したことあるが、感動したもん」


 レンの父親は商人だ。なので、他の大人達と他国の情勢についてよく話している。

 その際に、リディル王国との取引が増えていることは耳にしていた。隣国の魔導具の技術が向上していることも。

 だが、向上しているのは魔導具だけではないらしい。


「最近は帝国も、医療用魔術を解禁したり、色々やってるから、これからどうなるかは分からんがな……これはあくまで俺個人の意見だ。いろんな奴の話を聞いとけ」


 レンはこの手の話題に関して、セビルとヒュッター二人の話だけで、それなりに圧倒されている。

 だが、世界にはもっとたくさんの視点があるのだ。レンの知らないことがあるのだ。


(……それは多分、〈楔の塔〉にいるだけじゃ、分からないんだ)


 それは前々から考えてはいたことだ。

〈楔の塔〉は閉鎖的で保守的だ。ここにしかない知識もたくさんあるが、同時に、〈楔の塔〉だけでは得られない知識と経験もある。

 レンは頬杖をつき、ヒュッターを見上げた。


「……ヒュッター先生、リディル王国行ったことあるんだ」


「あー、まぁ、仕事でちょっとな。向こうの国の王様は、色々上手いことやってるよ、いやほんと」


「それじゃあ、名君ってこと?」


「いや。リディル王国の現国王……アンブローズ陛下は、名君! って感じじゃないんだよ。あまり自分が前に出ないっつーか」


 アンブローズ陛下が即位したのは、リディル王国が帝国との戦争に負けて、それなりに経ってからだった。

 当時のリディル王国は斜陽国家で、国王より貴族の方が金と権力があると揶揄されるほど、国内情勢ははガタガタだったらしい。


「地道な根回しして、あっちの顔を立てつつ、こっちの顔も立てる……っていうのが、アンブローズ陛下は上手かったんだろうなぁ。そうして上手いこと国内外のバランスを取って、地道に国力を上げていったわけだ」


「へー。アンブローズ陛下って、なんかヒュッター先生みたいだな」


 レンの言葉に、ヒュッターは不意打ちをくらったような顔をする。

 してやったり、という気持ちで、レンはニヒヒと意地悪く笑った。







 ヒュッターは、あえてレンに言わなかったことがある。


『望んで暴君になりたがる奴なんざ、そうそういない』


 レンにはそう言ったが、ヒュッターは、望んで暴君の道を選んでいるのではないか、と疑っている人物がいる。

 ヒュッターを雇った人物。黒獅子皇レオンハルト。

 あの男は、自ら望んで暴君として振る舞い……帝国を解体しようとしているのではないか?


(それが、俺の妄想なら良いんだが……いざという時のことは、考えておかないとな)


 暴君と一緒に破滅するのだけは、ごめんだ。


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