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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
七章 北へ
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【18】悪い大人の喫煙会議


 レンの異母兄ケヴィンが〈楔の塔〉を発った──その報告手続きを終え、指導室に戻る途中のヒュッターに声をかける人物がいた。


「ヒュッター先生(センセ)、一服どうですか?」


(親しげにセンセとか呼ぶんじゃねぇよ)


 苦々しく思いながら振り向くと、いつ見ても胡散臭い笑顔がそこにあった。

 同じ指導室の魔術師、爽やかゲス野郎のゾンバルトである。

 全力で断りたいところだが、ゾンバルトにはヒュッターが本物の〈夢幻の魔術師〉ではないことがバレている。

 ここで断って、いちいち騒ぎ立てられるのも面倒臭い。

 ヒュッターは無言で、ゾンバルトについて行った。

〈楔の塔〉には喫煙者がそれなりにいるが、指導室、医務室、蔵書室は室内禁煙である。

 後者二つは医療行為の場、書物を管理する場であることを思えば当然だが、指導室は単純にヘーゲリヒ室長が煙草嫌いだからだ。

 ゾンバルトは第一の塔〈白煙〉の裏手に移動すると、煙草のケースを取り出し、ヒュッターに一本差し出す。


「自分のがあるからいい」


 タダなら貰っておきたいところだが、ゾンバルトからは何も貰いたくなかった。

 ローブから煙草のケースを取り出し咥え、マッチで火をつけたヒュッターは、ふと気がつく。ゾンバルトが煙草を吸っているところを、見たことがない。


「お前、煙草吸うの?」


「どっちかというと、悪い大人に吸ってほしいから、いつでも差し出せるように持ってる感じですね!」


「…………」


 貰わなくて良かった。


「ヒュッター先生は、結構頻繁に吸われるんですか? カペル室長と一緒にいる時とか、よく吸ってますよね?」


「まぁ、そうかもな」


 適当な相槌ではぐらかし、ふぅっと紫煙を吐く。

 ヒュッターは酒も煙草も嗜んでいるが、詐欺の仕事をする時は状況によって使い分けていた。

 酒や煙草があった方が円滑に交流できる相手もいれば、逆に忌避されることもある。

〈楔の塔〉では、所属先の上司であるヘーゲリヒ室長が煙草嫌いなので、ヒュッターは積極的に吸わないようにしていた。今は情報交換の場だから、やむなしだ。

 一向に煙草を吸う気配のないゾンバルトをチラリと見て、ヒュッターは話を切り出す。


「それで? 好んで煙草を吸わないくせに、わざわざ誘ったからには、何か訊きたいことがあるんだろ?」


「レン君のお兄さん、バイヤー商会の三男ですよね。そんな人物を味方につけるなんて、今度は何を企んでいるんです?」


 こちらに探りを入れる口調というよりは、ウキウキを隠せない子どもの口調である。


(何も企んでねーよ! 身内の重い話聞かされたから、良い感じにふわっとまとめただけだよ!)


 ……という言葉を飲み込み、ヒュッターは真面目な男の顔で返した。


「これからも、レンの味方でいてほしいと頼んだだけだよ」


「なるほど! レン君を介して、バイヤー商会を味方につける判断ですね」


「レンは妾腹だ。バイヤー商会の影響はまずない。ヘーゲリヒ室長も同じ考えのはずだ」


 これは本当のことである。

 ヘーゲリヒ室長はレンの素性に気づいた上で、バイヤー商会に与える影響はないと判断している。

 とりあえず、ヘーゲリヒ室長の名前を出したことで、ゾンバルトを黙らせることには成功したらしい。

 これでおしまいにして良いだろうか、と少し短くなった煙草を眺めていたら、ゾンバルトが口を開いた。


「ダーウォック行き、決まったらしいですね」


「……お姫様のご指名でな」


「そうなるように、仕向けたんじゃないですかぁ?」


 俺にセビルを動かせるわけねーだろうが! あのセビルだぞ!? と怒鳴りたくなるのを、ヒュッターはグッと堪えた。

 セビルを手のひらに転がせる奴なんて、それこそ黒獅子皇ぐらいのものである。

 ヒュッターは渋面のまま、目だけを動かしゾンバルトを睨む。


「……俺がダーウォックに行って、何の得がある」


「ダーウォックの最新情報を手に入れられるのは、ヒュッター先生にとって得では?」


 まぁ、間違ってはいない。ただ、それ以上にかかる労力が馬鹿らしい、というのが本音である。

 いっそ、ダーウォックに亡命してしまいたい。今のうちにダーウォック語も勉強しておこう。


 ダーウォック行きは五日後。

 メンバーはイクセル王子と、そのお付きの人間。

 ヒュッターとヒュッター教室の三人。それと、ティアの飛行用魔導具の調整のため、ルキエが同行することになっている。これは、ルキエが自ら志願したらしい。

 更に、イクセル王子やセビルの護衛のために、〈楔の塔〉の魔術師が数人、同行する。そこそこの人数だが、王族の護衛であることを考えれば少ないぐらいだ。

 更にこの一団を護衛する魔術師達が、目立たないよう個別に配置される予定らしい。


「ねぇ、ヒュッター先生。イクセル王子は、黒獅子皇に助けを求めると思いますか?」


「……イクセル王子()、黒獅子皇を頼らないだろうな」


 イクセル王子は結婚相手のセビルに逃げられているので、黒獅子皇にも良い印象を抱いていないだろう。

 また、〈楔の塔〉と黒獅子皇は断絶状態なので、両方に頼るのは難しい。

 ダーウォック国王を倒すのなら〈楔の塔〉に、倒すことを諦め亡命を望むなら黒獅子皇に助けを求めるのが妥当だ。

 ……が、それはあくまでイクセル王子の事情である。


「あ、そっか。ダーウォックを脱出した他の王妃派の人間が、黒獅子皇に助けを求めるのはあり得ますもんね。そしたら、黒獅子皇のダーウォック派兵も、ありそうですねぇ」


「それはないな。少なくとも、黒獅子皇はすぐに動くことはない」


 ヒュッターは既に、黒獅子皇との連絡係──眉毛の太いハイディ嬢と接触して、ダーウォック王国が魔物に占領されたこと、イクセル王子の要請を受け、〈楔の塔〉は秘密裏にダーウォック奪還作戦を計画していることは伝えている。

 それに対する、ハイディのコメントは実に簡潔だ。


『分かりました。貴方はこれまで通り、自分の任務に従事してください』


 つれないにも程がある。

 使い捨ての詐欺師に、情報を寄越すつもりがないのだ。ただ、ヒュッターなりに、黒獅子皇の動向は推測している。

 ダーウォック王国が魔物と手を組めば、それは帝国にとって脅威になりえる。

 だが、現時点でダーウォック王国側が帝国に攻撃の意思を見せていないのであれば、帝国側から仕掛けるのは、何かとリスクが多い。

 だから、黒獅子皇はすぐに動かない。そう断言するヒュッターに、ゾンバルトがニコニコしながら言った。


「ラス・ベルシュ正教は、魔物は悪であると明確に定めていますよね? ならば、帝国が悪を討つため、ダーウォックに派兵する大義名分は充分では?」


「それだと、竜信仰の国がダーウォック側につくだろ」


「……?」


 ヒュッターの指摘に、ゾンバルトは虚を突かれたような顔をする。


「さてはお前、ラス・ベルシュ正教の教典、読み込んでないな?」


「教典だと、悪い大人は破滅するじゃないですか。いえ、破滅は良いんですけど、破滅の仕方に美学が足りないっていうか……」


「お前の趣味の話はしてねーんだよ」


 なお、ヒュッターは教典をそこそこ読み込んでいる。聖職者を騙る詐欺をしたことがあるからだ。

 その気になれば、本職聖職者の経典解釈談義に付き合える。


「いいか、ラス・ベルシュ正教では魔物は明確な悪と定義してるな? じゃあ、竜はどうだ?」


「どうでしたっけ? 竜は、あんまり登場しないですよねぇ」


「教典では竜は災害と同じものとして扱うことが多い。神が与えた試練って感じでな。つまり、魔物みたく明確な悪とは断言してないわけだ。だから帝国は、竜信仰の国ともお付き合いできてる」


 北方連合には、竜を神として崇める竜信仰の国が幾つかある。

 帝国にしてみれば、とるに及ばぬ小国が殆どだが、団結して抵抗されるとそれなりに面倒な相手だ。


「……で、ダーウォックの話に戻すが、ダーウォック国王が掲げる新教とやらは、魔物を神として崇めてるわけじゃない。あくまで、『魔物を悪としない』だけだ。それなのに、攻め込んだら竜信仰の国はどう思う?」


 ゾンバルトが、ようやく合点がいったような顔をする。

 ダーウォック新教は、あくまで「魔物を悪としない」だけであって、魔物を神として崇めるわけではない。

 それなのに、魔物と協力体制にあるからと、帝国がダーウォックに派兵したら、竜信仰の国々はどう受け取るか?


 ──おそらく、帝国を脅威に思うはずだ。


 ダーウォックは魔物と協力体制にあるから、帝国に攻め込まれた。

 ならば、竜を神と崇める自分達も、攻撃対象になるのではないか? 帝国では、竜は信仰対象外、寧ろ駆逐対象なのだ。


「黒獅子皇がダーウォックを攻めると、北方連合の他の国まで敵に回すことになる。だから、黒獅子皇は表立ってダーウォック攻めはしない。以上が俺の見立てだ」


 ──と、ここまで格好良く断言した後、ヒュッターはこっそり考えた。

 あの、覇気溢れる黒獅子皇なら、


『構わん。北方連合全て帝国の領土にしてくれるわ! わはははは!』


 ……ぐらい言いそうだなー、と。

 どうかそうなってくれるなよ、と内心願っていると、ゾンバルトが目を爛々と輝かせた。


「つまりヒュッター先生は……黒獅子皇を唆してダーウォックを攻めさせ、周辺諸国を巻き込んだ宗教戦争を始めるつもりなんですね!」


「よくわかった。お前の理解力は見習い魔術師以下だ」


 最近頑張ってるティアを見習え、とヒュッターは本気で吐き捨てた。



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