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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
七章 北へ
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【13】異母兄弟


 ここ最近は、庭園のガゼボがティア、レン、セビルの作戦会議の場だ。

 三人が並んで座れるベンチには、大抵セビルが真ん中に座る。セビルは真ん中が好きなのだ。


「ゾフィーの『運命の出会い大作戦』、上手くいったぞ」


 ティアとレンは、「ピヨォ」「おぉ」と喜びの声をあげる。

 セビルとイクセル王子が運命の再会をし、二人の愛の力でダーウォック国王を説得する……というのが、ゾフィーの考えた「運命の出会い大作戦」だ。


「まぁ、作戦の一部はこちらで変えさせてもらったがな」


「ピヨ? どこが変わるの?」


 セビルは「うむ」と頷き、力強く言い放つ。


「ダーウォック国王を説得ではなく、討つか捕えることになるだろうな!」


「結局クーデターじゃん。なんでそんなにクーデター好きなんだよ」


 レンのツッコミに、セビルは「致し方あるまい」と軽く肩をすくめる。


「元より、イクセル王子達も〈楔の塔〉も、ダーウォック国王を野放しにはできんのだ」


 つまるところセビルは、イクセル王子と〈楔の塔〉が考えている、ダーウォック国王拘束作戦に、「運命の出会い作戦」で便乗を目論んだのだ。

 そうして、まずは自分がダーウォック王国に行く理由を作った。


「これでわたくしのダーウォック行きは決まった。ティアとレン、それとヒュッター先生を同行させたい旨も伝えてある」


 ティアとレンも連れていくと宣言したら、この二人に何かあるのではと疑われるかもしれない。

 だから、ヒュッターも巻き込んだのだ。そうして、「アデルハイト殿下はヒュッター教室全員でダーウォック王国に行きたがっている」と印象づけた。

 万が一、詳しい事情を聞かれたら、その時は「ティアの親族がダーウォックの方にいる」という作り話を仄めかせばいい。


「何事もなければ、出発は五日後だ。今日中にメビウス首座塔主が戻るので、そこから具体的な話を詰めていくらしい」


 メビウス首座塔主、の言葉に少しだけティアの顔が強張る。

 ティアの羽を奪った人間。魔物相手に治らぬ傷を与える古代魔導具〈離別のイグナティオス〉を持つ男。

 セビルはその僅かな表情の変化に気づいたのだろう。抱き寄せるみたいに、ティアの肩をポンと叩く。


「ここ数日は夜間も人が出入りする。庭園の調査は控えた方が良いだろう」


「ピロロ……うん」


「ダーウォック奪還作戦が始まれば、塔内は手薄になる。その隙にユリウスに調査してもらおう」


〈楔の塔〉の地下にあの子──フィーネがいるかもしれない。

 そして、地下に続く入り口が庭園にあるかもしれない。

 結局、あの晩の調査は中途半端なところで終わってしまったが、ユリウスという協力者ができたのは幸いだった。

 五日後、ティア達はダーウォックを目指すことになる。その間に、ユリウスに〈楔の塔〉の秘密を調査してもらう算段だ。

 ユリウスが〈楔の塔〉に来たのは、父が追放された理由を探るためである。だから、彼はダーウォックの事件よりも、〈楔の塔〉の秘密探しを優先させるだろう。


(やることいっぱいだぁ……)


 ティアはセビルにもたれながら、自分がやるべきことを考える。

 まずは、ダーウォックに行くまでの準備期間で、歌詠魔術の基礎を身につけたい。

 そして、ダーウォックに行って姉に会い、自分は元気だから、首折り渓谷に戻るまで待っていてほしいと伝える。

 ダーウォックから帰ってきたら、あの子──フィーネとメビウス首座塔主の関係を調べるのだ。そうして、メビウス首座塔主の弱みを握りつつ、空を飛ぶ手段を習得。


(空を自由に飛べるようになったら、首折り渓谷に……)


 それが自分の未来の着地点なのだ。そう考えた時、ティアの胸がモヤっとした。

 何故だろう。再び空を飛べるようになり、首折り渓谷に帰ることさえできれば、それで良かったはずなのに。

 歌うことと、空を飛ぶことだけが、ハルピュイアたるティアの全てだったのに。


(それでおしまい、でいいの?)


 人間は物語の終わりに「めでたし、めでたし」という締めくくりの言葉を使う。


 ──ハルピュイアのフォルルティアは、再び空を飛べるようになり、首折り渓谷に帰ることができましたとさ。めでたし、めでたし……。


 ティアは、その続きが欲しい。

 めでたし、めでたしの先にある未来で、レンやセビルと笑っていたい。


(でも、それは……)


 ティアが胸を押さえ、ペフゥ……と息を吐いたその時、足音が聞こえた。

 ティアは俯いていた頭を勢いよく上げる。


「あ、ヒュッター先生の足音!」


 レンとセビルがすぐに反応する。秘密の作戦会議は、ひとまず終了だ。

 そのタイミングで、木々の陰からヒュッターが姿を見せた。

 個別授業の時間、ヒュッターは大抵調べ物をしたり、他の塔に話を聞きに行ったりと忙しそうにしている。だから、庭園で見かけるのは少し珍しい。


「おーい、レン!」


 こちらに気づいたヒュッターが声を上げる。

 どうやら、レンに用事があって探していたらしい。

 レンはベンチから立ち上がり、ヒュッターと向き合う。


「なに、ヒュッター先生? 美少年に用事?」


 レンの軽口に、ヒュッターは珍しく真面目な顔を返した。つられて、ティアもなんとなく真面目な顔になる。

 多分、ヒュッターは大事な話をしにきたのだ。


「お前の兄を名乗る人物が、訪ねてきている」


 レンが僅かに目を見開く。

 確か、レンは裕福な商人の妾腹の子で、兄が三人いたはずだ。

 兄達は継母と一緒になって、レンとその母を苛めていたと聞く。

 レンは低く押し殺した声で、ヒュッターに訊ねた。


「……そいつの名前は?」


「ケヴィン・バイヤー」



       * * *



 ケヴィン・バイヤーは二十歳前後の、ふくよかな青年だ。栗色の髪に水色の目で、身につけているのは一目で上質と分かる服。

 だが、そんな立派な服や体躯と裏腹に、どこか気弱そうな雰囲気があった。

 ケヴィンが佇んでいるのは、〈楔の塔〉の正門前だ。門番に、レン・バイヤーに会いにきたと伝えたところ、ヒュッターという男が駆けつけてきて、ここで待っていてくれ、とケヴィンに言ったのだ。

 ケヴィンは俯き気味に佇み、ソワソワと服の飾りボタンを弄った。

 そういうみっともない振る舞いはやめなさい、もっと堂々としていなさい、貴方はバイヤーの息子なのだから──そんな母の言葉が頭をよぎる。

 母の叱咤を思い出し、大きな体を小さく縮こめていると、門の向こう側から懐かしい声がした。

 あれは異母弟の、レンの声だ。




 ティアはセビルと共に、レンを走って追いかける。

 ヒュッターに兄が来た、と言われたレンは、兄の名前を聞いた瞬間、正門の方に走っていってしまったのだ。

 ティアの横を走りながら、セビルが呟く。


「レンは、兄と不仲と言っていたな」


「うん。苛められてたって」


 セビルはそれ以上は言わなかった。だけど、何を言いたいかティアには分かったし、ティアも同じ気持ちだ。

 その兄がレンを連れ戻しにきたのなら、何か意地悪を言いにきたのなら……羽を広げて威嚇しなくては!


(でも羽はないから、腕を広げる!)


 フンフン、フンフンフン! と鼻息荒く意気込んでいると、前方の正門付近に見覚えのない人間の雄が見えた。立派な服を着ているけれど、上着がはちきれそうなほど肥えている。

 レンと全く似ていないが、あれがレンの兄のケヴィン・バイヤーであるらしい。

 前方を走っていたレンは更に加速すると、ケヴィン目掛けて突っ込んでいく。なるほど、体当たりで攻撃するのか、とティアは思った。

 レンは両腕を広げ、ケヴィンのふっくらとした体に飛びかかる──否、しがみつく。


「兄ちゃん!」


 その声に怒りや嫌悪はない。

 懐かしさと、喜びと、ほんのちょっとの恥ずかしさが混じった声だ。


「久しぶりじゃん、ケヴィン兄ちゃん! ていうか、オレが家出する前より太った? どうせ、オレに回してた菓子、自分で全部食っちまったんだろ。まったく、仕方ねーなぁ!」


 ティアとセビルは足を止め、驚きに目を丸くする。

 ケヴィンにしがみつき、笑いながら悪態をつくレンの姿は、兄に甘える弟の姿そのものだ。

 レンは兄と仲が悪いと聞いていたが、仲の良い兄もいたらしい。

 レンは今までに見たことがないぐらい、溌剌としていた。だが、レンにしがみつかれたケヴィンの表情は暗い。


「レン、どうか落ち着いて聞いてほしい」


 レンがパチンと瞬きをして、ケヴィンを見上げる。

 ケヴィンはキュッと眉根を寄せ、言いづらそうな口調で言った。


「カトリナさんが……君のお母さんが、亡くなった」



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