【12】〜運命の出会い、そして惹かれ合う二人〜
「イクセル殿下。貴方には、わたくしと運命の出会いをしていただきたい」
セビルの発言に、イクセル王子は怪訝そうな顔をしていた。当然だ。俺もその顔をしたい、とヒュッターは胃を押さえながら考える。
イクセルが押し殺した声で言った。
「……姫、仰っていることの意味が、分かりかねます」
「うむ。この度のダーウォック国王の判断は、クレヴィング姓を持つわたくしが、王家に嫁ぐ話がなくなったからこそ、であろう?」
「……貴女のせいにするつもりはありません」
責任の所在はどうあれ、ダーウォック国王暴走の切っ掛けが、セビルの失踪であることは事実である。
その上で、セビルは切り出した。
「では、失踪していたわたくしが見つかり、ダーウォックに戻る貴方に同行したら?」
部屋の空気が凍りつく。イクセルも、その部下も目を見開き硬直していた。
(その手があったか……!)
そもそも、イクセル王子とセビルの結婚を推し進めたのは、ダーウォック国王である。
セビルが失踪したせいで、ラス・ベルシュ正教のお墨付きが得られず、ダーウォック新教を作るという強硬手段に出たが、そのセビルが見つかれば、状況は変わってくる。
もし、イクセル王子が結婚相手のセビルを連れて帰ったら、ダーウォック国王は無下にはできない。
クレヴィング姓を持つセビルと、その配偶者であるイクセル王子を排除すれば、確実にラス・ベルシュ正教と帝国を敵に回してしまう。
動揺するイクセル王子に、セビルは余裕たっぷりの態度で語って聞かせる。
「わたくしの失踪の理由は何でもいい。賊に襲われて逃走中、怪我をして記憶喪失になり、〈楔の塔〉に保護されていた、などどうだ?」
発案者はゾフィーだな、とヒュッターは即座に理解した。
賊を斬り捨て高笑いする蛮剣姫に、この発想はできない。記憶喪失になって云々なんて、いかにもゾフィーが好きそうなロマンス小説の展開ではないか。
「そうして、〈楔の塔〉で過ごしていたわたくしは、イクセル殿下と運命の出会いを果たし、互いに惹かれ合う。そして、当初の予定通り結婚をするつもりだから新教は必要ないと、ダーウォック国王を説得するのだ」
──記憶喪失のお姫様と、国王に追われた王子様の運命の出会い! 惹かれ合う二人は、ダーウォック国王を説得するべく、手を取り合って国境を越えるのだった……二人の運命やいかに! キャー、ロマンティックー!
(……うん、ゾフィーなら言いそうだな)
ただ、この作戦には大きな問題がある。
即ち、ダーウォック国王を納得させるためには、セビルがイクセル王子に嫁ぐ必要があるのだ。
そしてセビルとイクセル王子が結婚したら、イクセル王子はルステリア教なので離婚ができない。
(……そんな案を、セビルが良しとするか?)
同じ疑問をイクセルも抱いたらしい。
イクセルは慎重な口調で、セビルに問う。
「……つまり、当初の予定通り貴女が私に嫁ぎ、父の説得を手伝ってくれると?」
「説得?」
そう呟き、セビルがプッと吹き出した。
「何を誤解している。貴方はわたくしを連れてヴァルデマル陛下に謁見し──陛下を討つのだ」
最後の一言だけ、低く鋭い声だ。
室内の空気が冷えた。ついでにヒュッターの肝も冷えた。
イクセル王子は真っ青な顔で、何か言い返そうと口をパクパクさせている。だが、イクセル王子が声を発するより早く、セビルが言葉を続けた。冷笑混じりの声で。
「わたくしが失踪しようが、しまいが、元より考えていたのであろう? ……王位簒奪を」
イクセル王子とその護衛の顔が、僅かに強張る。おそらく図星だったのだ。
(……多分、これはセビルのはったりだな。ただ、ダーウォックの状況を考えれば、あり得ない話じゃない)
王妃派が王の暗殺ないし拘束を目論んでいたから、それを察した国王が新教作りを急いだのか。
或いは、国王が新教を掲げたから、王妃派は王を討つことを決めたのか。
どちらが先かは分からないが、元より王妃派は現国王を玉座に座らせておくつもりなどないのだ。
セビルは己の胸元に手を当てて、薄く微笑む。
「ダーウォック国王が暴走しているこの状況、王を討つなり拘束するなりしなくては、収拾がつかぬ。円滑にそれができるよう、わたくしが力を貸そうと言っているのだ」
「……陛下を拘束した後、貴女はどうされるおつもりか」
「好きにさせてもらう。息抜きに北国観光をするのも悪くない」
そこまで言って、セビルは「あぁ」と何かを思い出したような口調で付け足す。
「運命の出会い云々は全て演技だ。わたくしは既に惚れている男がいるので、貴方を誘惑することはない。その点は安心して良いぞ」
(お前、それは失礼だろう……)
それにしても、セビルに好きな男がいるのは意外だった。好かれた方はさぞ苦労していることだろう。
そういう意味では、セビルに好かれなかったイクセル王子はまだ幸せなのかもしれない。
イクセル王子は険しい顔で、眼鏡を押さえている。その頬に汗が滲んでいるのをヒュッターは見逃さなかった。
イクセル王子は噛み殺すような口調で、セビルに問う。
「……つまり、これから私は貴女を連れて国に戻り、王に謁見する。そうして王に近づき、油断させたところを捕えると?」
「捕えるか殺すかは、そちらの判断に委ねよう。わたくしはどちらでも構わぬ」
物騒な提案が、ポンポンと飛び出してくる。三流詐欺師には胃の痛い局面だ。
(まぁ、どっちにせよ、魔物と手を結んだダーウォック国王は、〈楔の塔〉と対立することは確実。ダーウォック国王をどうにかするなら、セビルの作戦は悪くない)
イクセル王子はまだ葛藤しているらしい。彼はしばらく黙り込んでいたが、やがて苦悶の表情でポツリと呟く。
「……その作戦は、貴女に利益がありません」
父王の暴挙で国を追われ、神経がささくれ立っているようだが、本来イクセル王子は真面目で実直な人柄なのだろう。
ただ、王族として生きてくには太々しさが足りない──黒獅子兄妹のように。
イクセルの言う通り、セビルを結婚相手としてダーウォックに連れて行く作戦は、セビルに利益がない。
だが、セビルは組んだ足の上で、ゆっくりと指を組む。
「わたくしには、わたくしの事情がある。それに……貴方と〈楔の塔〉の双方に、貸しを作っておくのも悪くない」
単に血の気が有り余っていて、暴れたいだけじゃないだろうな、とヒュッターは邪推した。
(セビルは単純明快を好むが……時々、考えが読みづらいんだよな)
周りが価値なしとしたものに、価値を見出し固執する。
損得勘定をした上で、笑いながら損を取る。
情で動くために、打算を働かせる。
……そういう、ややこしい人間がたまにいる。セビルはその類だ。
「この作戦に、わたくしの仲間を同行させたい。偵察に長けた飛行用魔導具を使いこなす才女と、眉目秀麗な少年参謀……」
おそらく、ティアとレンのことだろう。才女と参謀とは大きく出たものだ。
ヒュッターが苦笑していると、セビルが片手を挙げてヒュッターを指す。
「そしてこの、帝国が誇る幻術使い。〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッター殿だ!」
(おぉい!?)
声をあげそうになるのを懸命に堪え、ヒュッターは押し殺した声でセビルに告げる。
「……初耳だが?」
「課外授業に行くのだ。担当指導員が同行するのは当然であろう?」
そんな物騒な課外授業、聞いたことがない。
悪びれる様子もないセビルに、ヒュッターは確信した。
セビルは最初からヒュッターを巻き込むつもりで、この場の立ち合いに指名したのだ。
そういうところまで、黒獅子皇そっくりである。
イクセル王子は胡散臭そうにヒュッターを見ていたが、セビルの手前か素直に頷いた。
「承知した。では、もう少し話を詰めて、ミリアム首座塔主補佐に提案してみよう」
「うむ!」
(うむ! じゃねぇぇぇ!! しれっと俺を巻き込むなぁぁぁ!!)