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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
七章 北へ
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【11】詐欺師より詐欺師

 ゾフィーが「運命の出会い大作戦」を語った翌日の朝、指導室室長ヘーゲリヒからダーウォックの状況に関する説明があった。

 ダーウォック王城が魔物に占領されたこと。

〈楔の塔〉はイクセル王子を保護し、〈水晶領域〉及び国境付近に視察を出していること。

 この説明を聞いたティアは、あれぇ? と思った。

〈楔の塔〉の魔術師の一部は、既に国境を越えてダーウォック王城に向かっているとセビルから聞いたからだ。

 これについては、後でレンから教えてもらったのだが、人間は簡単に国境を越えてはいけないらしい。

 魔物風に言うのなら、他の魔物の縄張りに無断で入るのと同じだ。

〈楔の塔〉と皇帝は断絶状態にあるが、それでも皇帝に無断で他国に魔術師を派遣すると、面倒なことになる。

 だから、〈楔の塔〉上層部はダーウォック王城に魔術師を仕向けたことを、見習い達に大っぴらに話したりはしない。

 そもそも上層部は、ダーウォック王城奪還作戦に見習いを関わらせるつもりがないのだ。


「このような状況下であるため、諸君らには非常事態の訓練を行う。心して取り組むように」


 そう締め括ったヘーゲリヒ室長だが、非常事態の訓練というのも、実際のところは避難訓練である。

 緊急時の避難経路の確認がその日の共通授業の内容で、見習い達は前線に出さないという、ヘーゲリヒ室長達の強い意志を感じた。

 ティアは黒板に記された避難経路を見ながら考える。


(緊急避難することになったら、ちょっと困るなぁ……)


〈楔の塔〉の西には、あらゆる魔物達の侵入を防ぐ見えない壁がある。避難先の村は、その壁を越えた先にあるのだ。

 魔物であるティアはその壁を越えられないので、正体がバレてしまう。




 避難経路の確認が一通り済んだ頃、共通授業の教室にやってきた人物がいた。

 白髪混じりの黒髪の、小柄で上品な老婦人──第一の塔〈白煙〉塔主エーベルである。

 エーベルの来訪は、ヘーゲリヒ室長にとって予定外のことだったらしい。ヘーゲリヒ室長は目に見えて動揺しており、しきりに丸眼鏡を弄っている。


「授業中に失礼いたします」


 聞く者の心を落ち着かせる、穏やかで柔和な声だ。

 トゲトゲしたものを丁寧に削って整えた声は、彼女の笑顔とよく似ていた。

 エーベルはセビルを見て、告げる。


「イクセル殿下が『改めて、アデルハイト殿下と話をしたい』と仰っています。どうされますか、見習い魔術師セビル?」


 ヘーゲリヒ室長の顔が露骨に強張った。

 ろくなことにならないからやめてほしい、という悲壮さをヒシヒシと感じる。

 だが、それに気後れするセビルではない。寧ろ、イクセル王子の提案は好都合なのだ。


「応じよう」


 そう言ってセビルが唇の端を持ち上げる。

 あっ、とティアは気づいた。

 ゾフィー発案「運命の出会い大作戦」が始まるのだ。



       * * *



 第一の塔〈白煙〉最上階には、他の階と比べて、幾らか金がかかった内装の部屋がある。主に身分の高い客人をもてなすための部屋だ。

 そこが、セビルとイクセル王子の対談の場となった。

 まずは主役であるセビルとイクセルが、ソファに向かい合って座る。

 イクセルのソファの後ろには彼の部下である、中年の騎士が。そして、セビルのソファの後ろには三流詐欺師〈煙狐〉こと、カスパー・ヒュッターが控えている。


(……いや、いや、いや、つーか、なんで俺が立会人?)


 ヒュッターは内心冷や汗を流しつつ、真面目な男の顔を取り繕った。

 本来なら、セビル側の立会人になるのは、エーベル塔主かヘーゲリヒ室長あたりが妥当である。なにせ皇妹殿下と隣国の王子様なのだ。下っ端指導員に任せて良いことじゃない。

 これについては、最初にセビルが駄々をこねたのが原因だ。


『国の行末を決める大事な話をするのだ。帝国とダーウォック王国、両国の機密に関わることもあるので、まずは二人きりで話をさせてほしい』


 セビルの言うことには確かに一理あるやもしれぬが、〈楔の塔〉側としても、この非常事態に一対一での対談は許可しづらい。万が一、セビルとイクセル王子の身に何かあったら困る。

 そこでセビルは、すかさず譲歩案を出した。


『ならば、それぞれ一名ずつ立会人を出そう。わたくしの立会人は、ヒュッター先生を指名する』


〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターは、帝国魔術師組合から出向している魔術師であり、厳密には〈楔の塔〉の人間ではない。

 国の機密に触れた時、魔術師組合の人間らしい配慮をしてくれるだろう、という詭弁をゴリ押したのだ。

 一対一で話したい、という無理を突きつけ、譲歩したと見せかけて小さい要求を確実に通す──立派な詐欺師の手腕である。

 三流詐欺師は思った。


(セビルのやつ……俺より詐欺師の才能あるだろ)


「さて、それでは話し合いを始めるか」


 ソファにゆったりと腰掛けたセビルが、余裕たっぷりの態度で切り出す。

 向き合って座るイクセル王子は、「その前に」とセビルの言葉を遮った。


「先日の無礼を謝りたい。私はあろうことか、無関係な貴女に責任転嫁しようとした」


(あー、はいはい、セビルが結婚から逃げたから、父が道を踏み外した〜とかいうアレな)


 確かにあまり褒められた態度ではなかったが、セビルの態度も大概に失礼だったのだ。

 それでもイクセル王子は、セビルの無礼には言及せず、自分の失言を謝罪した。

 イクセル王子は、淡い金髪を束ね、眼鏡をかけた大柄な男だ。武人然としているが、同時に聡明さも感じる。決して、狭量な人物ではないのだ。


(そんなに悪い噂も聞かないし、そこそこ優秀な人物なんだろうなぁ)


 さて、そんなイクセル王子の謝罪に対し、セビルはどう切り返すのやら。

 お手並み拝見、とヒュッターは動向を見守る。


「謝罪は不要だ、イクセル殿下。わたくしも、貴方を試すような物言いをした」


(お、意外と殊勝じゃん)


 いやいや、まだ油断はできない。だって、セビルなのだ。

 殊勝な建前を口にした次の瞬間、ぶっ飛び発言をしてもおかしくはない。


「ここは一つ、腹を割って話し合いたい。イクセル殿下、貴方はダーウォック奪還を望んでおられるのか?」


 ダーウォック国王が魔物と手を組んで、新しい国教を作ったら、現王妃とは離婚。その息子であるイクセルの地位は危うい。

 故に、イクセルには、帝国に亡命するという選択肢もあることにはあるのだ。

 だが、イクセルはキッパリと断言した。


「無論。体勢を立て直したら、すぐにでも城に戻る算段です」


 なるほど、亡命は考えておらず、父王を止めるつもりらしい。

 イクセルが〈楔の塔〉に来たのは一時的な避難措置であり、同時に魔物の専門家である〈楔の塔〉の助力を得るためなのだ。


(ダーウォックは、王妃派がそこそこの勢力だったはず……国に戻って王妃派の連中と合流すれば、勝ち目はあるって算段か)


 ダーウォック国王が手を結んだ魔物の力が、どれだけのものか分からないが、王妃派が容易く諦めるとは思えない。

 ダーウォック新教を掲げる、ダーウォック国王と魔物達。

 それに反発する、王妃派と〈楔の塔〉。

 ここで大きな争いになった場合、黒獅子皇はどう動くだろうか?

 ヒュッターが勢力図を頭に描いていると、セビルがニコリと微笑んだ。

 親しみのある、セビルにしては覇気控えめの朗らかな笑顔だ。


「そうか、イクセル殿下は勇敢なのだな」


「一国の王族として、当然のことです」


「城に戻る意志があって何より。これで、こちらも本題に入れる」


 セビルは形の良い唇を持ち上げ、紫の目を細める。

 美しい笑顔だが、その目は獲物に狙いを定めた肉食動物のそれだ。


「イクセル殿下。貴方には、わたくしと運命の出会いをしていただきたい」


 ヒュッターは真面目な顔をキープしたまま、そっと胃を押さえた。


 ──また妙なことを言い出したぞ、このぶっとび姫!


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