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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
七章 北へ
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【10】見習い達の晩餐(後編)


(この気持ちはなんだろう……うーん……そうだ。負けないぞ! だ)


 帝国の北の国ダーウォックに魔物が現れた。その魔物の中に、姉らしきハルピュイアがいるという。

 ティアはダーウォックに行って、姉に会いたい。会って、自分は元気だと伝えたい。

 そのためには、ダーウォックに行けるだけの理由がいる。


(歌詠魔術も使えるようになりたいけど、空を飛ぶ方も……もっと、できるようにならないと)


 飛行魔術の使い手は貴重だ。

 仮に飛べる時間が短くとも、崖や段差を越えることができるだけで、移動時間は大幅に短縮できる。

 ダーウォックに魔物が現れた非常事態の今、飛行魔術が得意なことをアピールすれば、ダーウォックに派遣してもらえるかもしれない。

 問題は、ティア自身には飛行魔術が使えず、現状、飛行用魔導具の性能に依存しているという点だ。

 その飛行も、ティア一人ではできない。オリヴァーにおんぶしてもらい、起動してから風に乗るまでの上昇を手伝ってもらう必要がある。

 改めて、飛行魔術の勉強をするべきだろうか。ただ、あれは本当に簡単なことではないのだ。歌詠魔術より遥かに、ずっと難しい。一年、二年で習得できるようなものではないだろう。

 ティアがパンをちぎりながら、ペヴヴヴ……と唸っていると、静かにスープを飲んでいたルキエが、ふと思い出したような顔で言った。


「そうだ、ティア。飛行用魔導具だけど」


「ペフッ!? いっぱい飛べるようになった?」


「……の前に、飛行用と跳躍用を切り替えできるようになるかもしれない。だから、一応伝えとこうと思って」


 ティアはキョトンと目を丸くした。

 飛行用と跳躍用を切り替え。の意味がすぐに分からなかったのだ。

 察したルキエが、言葉を付け足す。


「この間の魔法戦では、飛行用と跳躍用と、二つ持って行かなきゃいけなかったでしょ」


「うん」


 飛行用魔導具は羽が大きく、跳躍用魔導具は羽が短い。それぞれ出力や風の方向なども違う、よく似た別物だ。

 先日の魔法戦では、ルキエはこの二つを持ち込み、状況に合わせて使い分けていた。


「この二つの魔導具をくっつけて、一つの魔導具にするの。そうしたら、いちいち取り替えなくていいし……」


 ルキエはチラリとオリヴァーを見る。

 オリヴァーは黙々とバランスの良い食事をしていた。


「飛行用魔導具を起動する時、今まではオリヴァーさんの飛行魔術で補ってたでしょ」


「うん。上に飛ぶの手伝ってもらってた」


「最初に跳躍用で上に飛ぶ。充分な高さまでいったら、飛行用に切り替え……ってすれば、オリヴァーさんに頼らなくても、あんた一人で飛べるでしょ」


 ペッペポー! とティアの頭で音が響いた。感動の音だ。


「わたし、一人で、飛べる……?」


「まだ、動力源の問題があるけどね。どうしても、魔導具って燃費の良い物じゃないから」


「ピヨップ! ルキエ、ルキエ、ありがとう! わぁぁぁ」


 テーブルから身を乗り出して礼を言うティアを、エラが控えめに諌める。


「ティアさん、食事中は大声出しちゃダメですよ」


「はぁい。ペフフフフ……そっかぁ、飛べるんだぁ……」


 上機嫌に笑っていたティアは、ふと、エラが手に包帯を巻いていることに気がついた。フォークが使いづらそうだ。

 人間の振りを始めた頃は、あの布の意味が分からなかったけれど、今は知っている。


「ピヨッ、エラ、怪我したの?」


「いえ、ちょっと検査をしてもらったんです」


「検査……?」


「魔力管の異常を調べる検査です。もし、手術が成功したら、魔力放出ができるようになるかもしれなくて……」


 見習い達が少し驚いた様子でエラを見る。

 手術。知っている。ティアがハルピュイアから人間に形を変えてもらったのも、ある意味では手術だ。

 気の小さいフィンが、オロオロとユリウスに訊ねる。


「ユリウス、手術って……怖いの?」


「くく、そうだな。おそらく、皮膚を切って、縫合することになるだろう」


「ひぃぃぃ……」


 フィンがカタカタ震えてエラを見る。

 エラはそんなフィンを安心させるように微笑んだ。


「大丈夫ですよ。その際は、トロイ室長が執刀してくださるそうなので。ただ、今はちょっと塔内がバタついているみたいで……手術はもう少し先になりそうです」


「ねっ、ねっ、バタついてるのってさ、ダーウォックの王子様の件だよね? お城に魔物が現れた……って噂、本当かな?」


 ゾフィーが声音を落として囁く。

 ダーウォックの王子が〈楔の塔〉を訪れたことは、今朝伝えられたが、魔物が現れた件はまだ見習い達には伝えられていない。明日の朝伝える予定だと、ヒュッターは言っていた。

 ただ、午後の個別授業の時間に他の部屋を出入りしている者達は、ある程度事情を耳にしていたのだろう。

 そんな中、オリヴァーが無表情のままカッと目を見開き、呟く。


「そうだったのか……!」


 どうやら何も知らないまま、兄のフレデリクを追いかけようとしたらしい。


「こうはしていられぬ。俺も兄者のもとに馳せ参じねば……!」


「でもさぁ、オレら見習いが、行かせてもらえると思う?」


 レンが口を挟んで、ティアとセビルに目配せをした。

 これはおそらく、頭脳派美少年タイムだ。

 ロスヴィータが怪訝そうにレンを見た。


「アタシは魔物を倒すために、〈楔の塔〉に来たんだから、当然行きたいわ。でも、あんたは違うでしょ?」


「実は……」


 レンはスッと視線を斜め下に落とし、一瞬だけ意味深にティアを見た。

 そして影のある表情で、静かに呟く。


「ティアの家族が、ダーウォックの方にいるらしくてさ……」


 ピョフッ、と声を上げそうになるのをティアは咄嗟に堪えた。

 これはおそらく、ティアがダーウォックに行きたいと言い出しやすくするための演技だ。

 それにしても上手いのは、レンの言い回しである。

 ハルピュイアが暮らす首折り渓谷があるのは、〈楔の塔〉の北。ダーウォックの方、という言い方はまるっきり嘘ではない。

 レンの演技に、見習い達は驚きつつも同情的な空気になった。

 そんな中、今度はセビルが声を上げる。


「そうだったのか。ならば、ダーウォックの異変、さぞ不安なことだろう」


「うん……わたし、お姉ちゃんに会いたい」


 嘘は言っていない。姉に会いたいのは事実である。

 レンとセビルの誘導のおかげで、ティアがダーウォックに行きたがるのも当然、という空気ができた。

 あとは、どうやってそれを〈楔の塔〉の上層部に認めさせるかだ。


「くくっ……俺が聞いた話だと、ダーウォックの国王が乱心したらしい。どうやらラス・ベルシュ正教への改宗に失敗したのが原因らしいな」


 ユリウスの言葉に、エラが大変気まずそうな顔でセビルを見る。


「あ、あの……ダーウォック国王が、ラス・ベルシュ正教への改宗に失敗した理由って……」


「うむ、鋭いなエラ」


 セビルは腕組みをして一つ頷き、不敵に笑って宣言した。


「わたくしが、イクセル殿下との結婚話を蹴ったからだ!」


 わぁ……という空気が、一同の間に立ち込める。

 レンが頬杖をついて「悪びれないんだよなぁ」と呟いた。これは演技ではなく、本音だろう。

 なんとも言い難い微妙な空気の中、呪術師のゾフィーが場違いに明るい声で言った。


「あ、じゃあさ、こういうのはどうかな? 名付けて、運命の出会い大作戦!」



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