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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
七章 北へ
157/201

【2】信用されている男


 ヒュッターはなりふり構わず走っていた。

 この状況はまずい。まずすぎる。どう考えても「指導員である君の監督不行届きなのだよ、君ぃ?(byヘーゲリヒ室長)」案件である。

 こういう時はもう、何はなくとも謝罪だ。先手を取って謝って、自分は教師として誠意のある行動をしてますアピールをするしかない。


(うぉぉぉぉ、頑張れ俺の足ぃぃぃ)


 階段を二段飛ばしで駆け上がる。中年の足腰にピキピキときた。辛い。

 やがて見えてきた会議室の扉は既に開いていて、黒髪をなびかせた男装の麗人の背中が見える。

 覇気に満ちたセビルの声は、廊下まで響いた。


「初めましてだな、イクセル殿下。わたくしがアデルハイト・セビル・ラメア・クレヴィング──貴方に嫁ぐ予定だった、草原の国トルガイの民を母に持つ蛮剣姫だ」


 間に合わなかった、いや、まだだ。諦めるな俺! 頑張れ頑張れ〈煙狐〉!

 ヒュッターは会議室に飛びこみ、セビルの前に飛び出して、彼女を背中に隠すように立った。


「はーい、はいはいはいはい、いやーすみませんねうちの生徒が!」


 ヒュッターの大声に、刺すような視線が集中した。特にヘーゲリヒ室長の視線が怖い。こめかみに青筋が浮いている。

 まずはこの場にいる人間の顔ぶれを確認、瞬時に力関係を把握。

 その上で、客人であるイクセル殿下と、この場の最高責任者であるミリアム首座塔主補佐に頭を下げる。


「いやもうほんと! 自分の監督不行届きで、大変申し訳ありませんでしたっ!!」


 きっちり三秒頭を下げた後は、勢いよくセビルを振り返る。

 そして、厳しい教師の顔を取り繕って告げた。


「セビル、今のお前は見習い魔術師だ。お前が何者であろうと、俺の生徒であるからには、指示に従ってもらう。授業に戻れ」


 ……と、きちんと教師の顔をしておいた方が、この場では受けが良いだろうな〜、と思ったのである。ついでにセビルも、こういう時は厳しく言った方が案外すんなり受け入れる。

 予想通り、セビルは感心した様子でヒュッターを見ていた。


「今のはなかなか良かったぞ、ヒュッター先生。媚びへつらうだけの宮中教師どもに見習わせたい。わたくしの教師として合格だ」


「……そうやって教師を値踏みするの、やめような? ほら、教室に戻れって」


 ヒュッターが手をパタパタ振って、戻れのジェスチャーをすると、セビルは首を横に振る。


「すまないが、わたくしはイクセル殿下に話がある。そちらも、わたくしに言いたいことがあるのであろう?」


 そちら、と言ってセビルが視線を向けた先では、淡い金髪の男が眼鏡越しに鋭い目でこちらを見ていた。

 ……否、正確にはヒュッターではなく、セビルを睨んでいる。

 ヒュッターは素早く頭を回転させた。


(あれが、セビルが嫁ぐ予定だったイクセル殿下か……セビルがクーデター未遂やらかして家出した原因だな)


 気になるのは、先ほどのセビルの口上だ。セビルは「初めましてだな、イクセル殿下」と言った。つまり、セビルとイクセルは面識がないのだ。

 面識がない者同士で婚約をするのは、上流階級では珍しいことではない。ただ、気になるのはイクセルの反応だ。


(どう見ても、好意的じゃねぇよな、これ……というか、なんとなく読めてきたぞ、結婚騒動の裏事情……)


 問題はイクセルが〈楔の塔〉に来たことと、ヒュッターの任務が関係あるかどうか、だ。


(今朝の指導員会議で聞いた話じゃ、ダーウォック王城が魔物に占領されたってことだが……)


 ヒュッターの任務は、「先帝と〈楔の塔〉の断絶理由の調査」である。

 おそらく、このイクセルの件とあまり関係はない……が、本題の調査が進んでいない今、首の皮を繋ぐための情報がほしい。

 つまりは「任務が進んでないけど、ダーウォックとイクセル殿下の情報を差し出すから、もうちょっと待ってね♡」という、黒獅子皇へのご機嫌取りだ。


(できれば、ここで話を聞きたいが……〈楔の塔〉上層部のご機嫌取りをするなら、セビルを連れて退室した方が心象が良い。さぁて、どうすっかな……)


 ヒュッターが迷っていると、ミリアム首座塔主補佐が静かに告げた。


「構いません、見習い魔術師セビルの着席を許可します。ヒュッター指導員。貴方も彼女の指導員として同席してください」


(やった、ついてる!)


 ヒュッターは密かに拳を握りしめたが、それにイクセル王子が渋い顔をする。

 まぁ、当然と言えば当然だ。向こうにしてみれば、「なんだこいつ」といったところだろう。

 イクセルが疑念に満ちた声で問う。


「……この者は、信用に足る人物なのですか?」


 大正解。だって詐欺師だし……などとヒュッターが胸の内で呟いていると、ミリアム首座塔主補佐が静かに断言した。


「〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターは、信用に足る人物です」


 ミリアム首座塔主補佐の言葉に、室内の空気が変わる。他の塔主や室長達が、一斉に驚愕の目でヒュッターを見た。

 なお、ヒュッターを知る守護室のベル室長は「流石ヒュッター先生ね」と言いたげな顔をしており、管理室のカペル老人は口笛を吹こうとし、アルト塔主に肘で脇腹を突つかれている。

 ヒュッターの表向きの立場は、「魔術師組合から出向してきた近代派魔術師」だ。そんな人間が何故、ミリアムに信用されているのか不思議なのだろう。

 一番驚いているのはヘーゲリヒ室長で、目玉が溢れ落ちそうなほど目を見開いていた。真っ当な反応で、逆に安心する。

 驚愕の目で見られながら、ヒュッターは考えた。


(ミリアム首座塔主補佐、そんなに気に入ったのか……蜂蜜飴)


 ちょっと高いけど美味いと評判の店で買って良かった。ありがとう、蜂蜜飴。

 今後もあの飴は常備しよう、と心に決めつつ、ヒュッターはセビルと共に会議机の端に着席する。

 まだ会議室はざわめきと動揺に支配されていて、仕切り直しという空気にはなっていない。

 それでもイクセルは、すかさず口を開いた。


「……何故、貴女が〈楔の塔〉におられる、アデルハイト殿下。よもや、我が城への魔物の襲撃を予見していたとは言うまいな?」


 低く絞り出すようなイクセルの言葉に、セビルは余裕たっぷりの態度で黒髪をかきあげる。

 美しい顔に浮かんだ笑みは冷笑だ。


「北の方は、なにやら誤解をしておられるらしい。わたくしは魔術を学ぶためにここにいるのだ」


(あー、良かった……「お前との結婚が嫌で家出したんだよ」とか言わないだけの常識はあるんだな)


 そう思った矢先に、セビルが肩を竦めて言う。


「なにせ、兄に見合いを強要されてな。つまらぬことになりそうだから、自ら家を出たのだ」


 空気が一層張り詰める。

 覇気を隠さないセビルと、鋭い眼光のイクセル。

 どちらも、互いに好意がないことだけは一目瞭然である。

 イクセルがブルブルと拳を震わせていた。疲弊しやつれた顔には、明確な怒りが浮かんでいる。


「よくも、そのような口を利けたものだ……貴女が結婚から逃げたせいで、父は道を踏み外したというのに!」


 セビルの形の良い眉がピクリとはね上がる。


(……今のは、「逃げた」発言にイラッとしたんだな)


 セビルが何か言い返すより先に、場の空気を読むエーベル塔主が穏やかに訊ねた。


「ヴァルデマル陛下に何があったのですか?」


「我が父……ダーウォック国王ヴァルデマル陛下は乱心された……」


 イクセルが両手で頭を抱え、血を吐くように悲痛の声で叫んだ。


クレヴィング(、、、、、、)を迎え入れることに失敗した陛下は、新しい国教を作るため、魔物に魂を売ったのです!」


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