【おまけ】やぁやぁ我こそは……
見習い対討伐室の魔法戦を数日後に控えた日の朝、ヒュッターがいつもより少し早く共通授業の教室を訪れると、室内はなにやら緊迫した空気に包まれていた。
(なんだなんだぁ?)
ここ最近の見習い達は、少しずつだが団結し始めている。
やはり、共通の課題をこなすことで、友情とか絆とか、そういうものが芽生えるのではないだろうか。
この調子でいけば、ロスヴィータはツンツンを引っ込め、ユリウスの笑いは爽やかになり、大人組は空気の読み方を覚えるのではないか……と都合の良い展開を望んでいたのだが、教室の空気は穏やかではない。
教室の中には見習い十二人が揃っていた。自分の席に座っている者もいれば、誰かの机に椅子を寄せている者もいる。
そんな中、とんがり帽子がトレードマークのロスヴィータが、ルキエを睨みつけて喚き散らしていた。
「アタシがおかしいって言うの!? いいわ、これは派閥闘争よ。皆にも聞いてみましょう!」
ロスヴィータにくってかかられているルキエは、興味なさそうな顔で、魔導具の設計図をサラサラと描いている。
ヒュッターは近くにいたセビルに小声で聞いてみた。
「……何が原因で揉めてんだ?」
「個の在り方についてだ。これに関しては、確かに譲れぬものもあろう」
深慮に満ちた真剣な口調である。
なんだそりゃ、と思いつつ、ヒュッターは教壇の前に資料を置いて様子を見守る。
ロスヴィータは教室の見習い達をグルリと見回し、声を張り上げた。
「寝る時に靴下を履くのって、変じゃないわよね!? アタシ以外にもいるわよね!?」
誰も反応をしない。
ロスヴィータの顔に焦りが生じる。
その時、最年少のフィンが控えめに片手を挙げた。
「オイラも……」
「ほらね、やったわ! 今日からアタシ達は『寝る時は靴下党』よ!」
ロスヴィータは小柄なフィンと無理やり腕を組み、謎の主張を始めた。
(く、くっだらねー……)
ヒュッターは内心脱力する。
おおかた、ロスヴィータの就寝スタイルにルキエがケチをつけて、反発したロスヴィータが騒ぎ出したのだろう。
くだらない。くだらないが、そういうことを教室で話せるようになったのは、大きな変化だ。
あのプライドの高いロスヴィータが、今は一番小さなフィンの腕を掴んで、「やった、やった」と仲間を見つけ、はしゃいでいるのだ。
「ほら、こっちの方って結構冷えるし。足が寒いと寝られないのよね。フィンもそうでしょ?」
「う、うん……そんな感じ」
「アタシ、真冬なら靴下二枚重ねたっていいわ! 寒いの大っ嫌い!」
普段から魔術の話しかしなくて、古典魔術の派閥を作ることに必死だったロスヴィータが、靴下がどうのでワーワー騒げるのだ。
(教室全体の空気が変わったな)
魔法戦という共通の目的が良い方向に働いている。
以前は魔術に関する知識の有無がそのまま発言力になり、一部の者が会話にまざれていなかったのだ。今はそういった空気が、だいぶ払拭されている。
(まぁ、良い方向にまとまってきてるんだよな。なにより、なにより……)
さて、そろそろ授業を始めるか、とヒュッターが教壇に向かったその時、セビルが早足で教壇の前に立った。
彼女は美しい黒髪をなびかせ、凛とした眼差しで仲間達を見回し、声を張り上げる。
「わたくしは、『寝る時は裸党』だ! 我こそはと思う者は、名乗りでるがいい!」
「ピヨップ! わたしも、着ない方が楽チン!」
セビルとティアの発言に、レンが頭を抱えて叫ぶ。
「お姫様が、そういう事情をあけっぴろげに語っちゃ駄目だろ!? ティアも同意すんな!」
まったくもって、ヒュッターも同意見である。
(ここが安酒場なら、口笛吹いて盛り上がるんだがなぁ……)
決して色気がないわけではないのだが、どうにもセビルは覇気が勝ちすぎるのだ。
そんな覇気に満ちた姫君は、落ち着き払った態度で言った。
「騒ぐなレン。わたくしとて時と場所は弁えている。野営の際や冬場は自重しているぞ」
「ピヨ。最近は寒くなってきたから、寝る時も着てるよねぇ」
ヒュッターは半笑いを浮かべた。
(うちの教室の三人は仲良しだなー……うん。ところで授業始めていい?)
その時、また一人、立ち上がった者がいた。
見習いの中で最も長身の男、オリヴァーである。
オリヴァーは戦場で名乗りをあげるかのような勇ましさで吠えた。
「やぁやぁやぁ、我こそは、『寝る時は抱き枕党』だ! 兄者に安眠を供するために続けたこの研究。抱き枕の素材、大きさ、硬さ、仕込むポプリにもぬかりはない!」
「あ、そういや、オリヴァーのベッドにあったなぁ。やけに長いクマのぬいぐるみみたいなやつ」
ローズがのほほんと呟いた。
ヒュッターは想像してみる。デカい──というか、縦に長い男がクマさんの抱き枕。棒が二本並んでるみたいだ、とヒュッターは失礼な感想を抱く。
その時、ルキエが設計図を書く手を止めて、ゾフィーを見た。
「あんたも寝てる時、ぬいぐるみ抱いてるじゃない。お仲間ね」
「やだぁ……! オリヴァーさんと一緒にされるの、なんかやだぁ!」
「ゾフィーよ、我らは仲間だ」
「違うもん、アタシはうさぎさんだもん!」
靴下党、裸党、抱き枕党がそれぞれ名乗りあげたり、内輪揉めしたりで、三すくみとなった。
レンが途方に暮れたような顔で呟く。
「オレは……普通だよな? なぁ、ゲラルト。オレ達は普通だよな?」
「普通の定義は分かりませんが……すみません。僕はどこでも寝られるので」
「あ、オレもオレも〜」
ローズがニコニコと挙手をする。
かくしてここに、ゲラルト、ローズの『どこでも寝られる党』が発足。
取り残されたレンはユリウスを見た。
ユリウスはいつもの薄ら笑いを浮かべている。
「ククッ、俺には関係のない話だな」
「ユリウスは時々、アグニオールにベッド占領されて、ベッドから落っこちてるよねぇ……」
フィンの告発に、ユリウスはそっぽを向いて「クックックッ」と笑い続ける。
レンは腕組みをして、うんうん唸りだした。真剣だ。
「美少年らしい寝方のこだわりってなんだ……あ、そうだ! ナイトキャップとか美少年っぽいよな。オレ、今日からナイトキャップ派になる」
ヒュッターはボソリと呟いた。
「じゃあ、ヘーゲリヒ室長とお仲間だな」
金髪おかっぱ眼鏡こと、指導室室長ヘーゲリヒは寝る時はナイトキャップ派である。
レンが目を剥き、ヒュッターを見た。
「……ヒュッター先生、なんでそんなこと知ってんの?」
詐欺師だからだよ、とは声に出さず、ヒュッターは軽く肩を竦める。
レンは恐る恐るという口調で訊ねた。
「あのさ、ちなみに、ヒュッター先生は……?」
「特にこだわりはないが、まぁ、あえて言うなら横向き寝だな」
「あ、じゃあオレと一緒じゃん! 良かったな、ヒュッター先生。美少年とお揃いで……」
ヒュッターはこれ見よがしに腰をトントンと叩いてみせる。
「仰向けで寝ると、腰にクるんだよ」
「オッサンと同類にされるの、やだぁー!」
「はいはい、授業始めるぞー、お前ら席に着けー」