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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
六章 楔の塔の秘密
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【おまけ】やぁやぁ我こそは……

 見習い対討伐室の魔法戦を数日後に控えた日の朝、ヒュッターがいつもより少し早く共通授業の教室を訪れると、室内はなにやら緊迫した空気に包まれていた。


(なんだなんだぁ?)


 ここ最近の見習い達は、少しずつだが団結し始めている。

 やはり、共通の課題をこなすことで、友情とか絆とか、そういうものが芽生えるのではないだろうか。

 この調子でいけば、ロスヴィータはツンツンを引っ込め、ユリウスの笑いは爽やかになり、大人組は空気の読み方を覚えるのではないか……と都合の良い展開を望んでいたのだが、教室の空気は穏やかではない。

 教室の中には見習い十二人が揃っていた。自分の席に座っている者もいれば、誰かの机に椅子を寄せている者もいる。

 そんな中、とんがり帽子がトレードマークのロスヴィータが、ルキエを睨みつけて喚き散らしていた。


「アタシがおかしいって言うの!? いいわ、これは派閥闘争よ。皆にも聞いてみましょう!」


 ロスヴィータにくってかかられているルキエは、興味なさそうな顔で、魔導具の設計図をサラサラと描いている。

 ヒュッターは近くにいたセビルに小声で聞いてみた。


「……何が原因で揉めてんだ?」


「個の在り方についてだ。これに関しては、確かに譲れぬものもあろう」


 深慮に満ちた真剣な口調である。

 なんだそりゃ、と思いつつ、ヒュッターは教壇の前に資料を置いて様子を見守る。

 ロスヴィータは教室の見習い達をグルリと見回し、声を張り上げた。


「寝る時に靴下を履くのって、変じゃないわよね!? アタシ以外にもいるわよね!?」


 誰も反応をしない。

 ロスヴィータの顔に焦りが生じる。

 その時、最年少のフィンが控えめに片手を挙げた。


「オイラも……」


「ほらね、やったわ! 今日からアタシ達は『寝る時は靴下党』よ!」


 ロスヴィータは小柄なフィンと無理やり腕を組み、謎の主張を始めた。


(く、くっだらねー……)


 ヒュッターは内心脱力する。

 おおかた、ロスヴィータの就寝スタイルにルキエがケチをつけて、反発したロスヴィータが騒ぎ出したのだろう。

 くだらない。くだらないが、そういうことを教室で話せるようになったのは、大きな変化だ。

 あのプライドの高いロスヴィータが、今は一番小さなフィンの腕を掴んで、「やった、やった」と仲間を見つけ、はしゃいでいるのだ。


「ほら、こっちの方って結構冷えるし。足が寒いと寝られないのよね。フィンもそうでしょ?」


「う、うん……そんな感じ」


「アタシ、真冬なら靴下二枚重ねたっていいわ! 寒いの大っ嫌い!」


 普段から魔術の話しかしなくて、古典魔術の派閥を作ることに必死だったロスヴィータが、靴下がどうのでワーワー騒げるのだ。


(教室全体の空気が変わったな)


 魔法戦という共通の目的が良い方向に働いている。

 以前は魔術に関する知識の有無がそのまま発言力になり、一部の者が会話にまざれていなかったのだ。今はそういった空気が、だいぶ払拭されている。


(まぁ、良い方向にまとまってきてるんだよな。なにより、なにより……)


 さて、そろそろ授業を始めるか、とヒュッターが教壇に向かったその時、セビルが早足で教壇の前に立った。

 彼女は美しい黒髪をなびかせ、凛とした眼差しで仲間達を見回し、声を張り上げる。


「わたくしは、『寝る時は裸党』だ! 我こそはと思う者は、名乗りでるがいい!」


「ピヨップ! わたしも、着ない方が楽チン!」


 セビルとティアの発言に、レンが頭を抱えて叫ぶ。


「お姫様が、そういう事情をあけっぴろげに語っちゃ駄目だろ!? ティアも同意すんな!」


 まったくもって、ヒュッターも同意見である。


(ここが安酒場なら、口笛吹いて盛り上がるんだがなぁ……)


 決して色気がないわけではないのだが、どうにもセビルは覇気が勝ちすぎるのだ。

 そんな覇気に満ちた姫君は、落ち着き払った態度で言った。


「騒ぐなレン。わたくしとて時と場所は弁えている。野営の際や冬場は自重しているぞ」


「ピヨ。最近は寒くなってきたから、寝る時も着てるよねぇ」


 ヒュッターは半笑いを浮かべた。


(うちの教室の三人は仲良しだなー……うん。ところで授業始めていい?)


 その時、また一人、立ち上がった者がいた。

 見習いの中で最も長身の男、オリヴァーである。

 オリヴァーは戦場で名乗りをあげるかのような勇ましさで吠えた。


「やぁやぁやぁ、我こそは、『寝る時は抱き枕党』だ! 兄者に安眠を供するために続けたこの研究。抱き枕の素材、大きさ、硬さ、仕込むポプリにもぬかりはない!」


「あ、そういや、オリヴァーのベッドにあったなぁ。やけに長いクマのぬいぐるみみたいなやつ」


 ローズがのほほんと呟いた。

 ヒュッターは想像してみる。デカい──というか、縦に長い男がクマさんの抱き枕。棒が二本並んでるみたいだ、とヒュッターは失礼な感想を抱く。

 その時、ルキエが設計図を書く手を止めて、ゾフィーを見た。


「あんたも寝てる時、ぬいぐるみ抱いてるじゃない。お仲間ね」


「やだぁ……! オリヴァーさんと一緒にされるの、なんかやだぁ!」


「ゾフィーよ、我らは仲間だ」


「違うもん、アタシはうさぎさんだもん!」


 靴下党、裸党、抱き枕党がそれぞれ名乗りあげたり、内輪揉めしたりで、三すくみとなった。

 レンが途方に暮れたような顔で呟く。


「オレは……普通だよな? なぁ、ゲラルト。オレ達は普通だよな?」


「普通の定義は分かりませんが……すみません。僕はどこでも寝られるので」


「あ、オレもオレも〜」


 ローズがニコニコと挙手をする。

 かくしてここに、ゲラルト、ローズの『どこでも寝られる党』が発足。

 取り残されたレンはユリウスを見た。

 ユリウスはいつもの薄ら笑いを浮かべている。


「ククッ、俺には関係のない話だな」


「ユリウスは時々、アグニオールにベッド占領されて、ベッドから落っこちてるよねぇ……」


 フィンの告発に、ユリウスはそっぽを向いて「クックックッ」と笑い続ける。

 レンは腕組みをして、うんうん唸りだした。真剣だ。


「美少年らしい寝方のこだわりってなんだ……あ、そうだ! ナイトキャップとか美少年っぽいよな。オレ、今日からナイトキャップ派になる」


 ヒュッターはボソリと呟いた。


「じゃあ、ヘーゲリヒ室長とお仲間だな」


 金髪おかっぱ眼鏡こと、指導室室長ヘーゲリヒは寝る時はナイトキャップ派である。

 レンが目を剥き、ヒュッターを見た。


「……ヒュッター先生、なんでそんなこと知ってんの?」


 詐欺師だからだよ、とは声に出さず、ヒュッターは軽く肩を竦める。

 レンは恐る恐るという口調で訊ねた。


「あのさ、ちなみに、ヒュッター先生は……?」


「特にこだわりはないが、まぁ、あえて言うなら横向き寝だな」


「あ、じゃあオレと一緒じゃん! 良かったな、ヒュッター先生。美少年とお揃いで……」


 ヒュッターはこれ見よがしに腰をトントンと叩いてみせる。


「仰向けで寝ると、腰にクるんだよ」


「オッサンと同類にされるの、やだぁー!」


「はいはい、授業始めるぞー、お前ら席に着けー」


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