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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
六章 楔の塔の秘密
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【10】見据える未来


 朝、夜明けより早く目を覚ましたティアは、セビルを起こさないように気をつけながら、部屋を出た。

 別に悪いことを考えているわけじゃない。昨日は色々なことがあって、頭がまだスッキリしていないから、散歩をしたかったのだ。

 早朝だから歌声は鼻歌程度に抑え、ティアは塔の外をブラブラ歩く。


(昨日は魔法戦して、あの男を見つけて、あの男の弱みを掴もうって決めて……)


 あの男──メビウス首座塔主。ティアの風切り羽根を奪った男。

 見つけた瞬間、殺意を覚えた。だけど、自分は我慢した。あの男を殺さなかった。

 何故、我慢したのか不思議だったけれど、散歩しながら歩いているうちに、ようやく理解した。


(あの時、あいつを殺してたら、きっとレンやセビルと一緒にいられなくなるからだ)


 あの男を殺すことより、レンやセビルの方が大事だ。

 何かが、自分の中で変わっている気がする。それが何かは分からないけれど。

 その何かを手探りで探していたら、頭上で声がした。


「おはよう、ライバルさん」


「あ、フレデリクさん!」


 見上げた空から、ヒラリと音もなく降りてきたのは、槍を手にした薄茶の髪の青年──ニコニコノッポさんこと、フレデリク・ランゲだ。


「お散歩?」


「うん。フレデリクさんも、お空のお散歩?」


 フレデリクは「そう」と頷き、はにかむように笑った。


「ちょっと、空を飛ぶの楽しくて」


「ペフフッ、楽しいよねぇ」


「前はね、別に楽しくて飛んでたわけじゃないんだよ」


「そうなの?」


 空を飛ぶのはこんなに楽しいのに!

 琥珀色の目を丸くするティアに、フレデリクは憑き物が落ちたように穏やかな顔を向けた。


「今はちょっと楽しいよ。また競争しよう?」


「ピョッ! うん。わたしもね、競争、はじめて楽しいって思ったの。フレデリクさんに負けたくないって思ったら、楽しかった。だから、またやりたいな」


「そうなの?」


「そうなの!」


「じゃあ、一緒だ。僕もティアに負けたくないから」


 空を飛ぶことを楽しいと思っていなかったフレデリク。

 誰かと競争をすることに興味がなかったティア。

 今は二人とも、競争して、空を飛ぶのが楽しいライバルだ。


(気持ちが同じになると、ちょっと嬉しいんだ)


 また飛びたいな、と思う。ただ、飛行用魔導具は現在、お手入れ中なのだ。

 まだ、いつでも自由自在に飛べるわけではないのが悔しい。

 二人は他愛ない話をしながら、塔のそばを歩く。


「昨日のうちあげ、差し入れたくさん、アリガトウ!」


「どういたしまして。迷惑かけたのはこっちだから、あれぐらいしないとね」


 昨日の午後は、教室に軽食やお菓子を持ち込んで、うちあげをしたのだ。

 セビルが言うには「祝賀会」とか「お疲れ様会」とか、色々な呼び名があるらしいが、とにかく、魔法戦頑張ったぞ! というのをお祝いする会であるらしい。

 その際に、討伐室の三人──フレデリク、リカルド、ヘレナも手土産を抱えて顔を見せた。

 三人で金を出し、フレデリクが飛行魔術でひとっ飛びして、近くの町で菓子の買い出しをしたらしい。


「ゲラルトとゾフィーね、食べるの大好きだから、すっごく喜んでた! ロスヴィータも甘いの大好きだから、こっそりマントの中におやつを隠してたよ」


「前髪長い子と、呪術師の子と……ロスヴィータはとんがり帽子の子かな? 喜んでくれたなら良かった」


「木の実入ってるの美味しかった!」


「ティアは、あんまり食べていなかったと思うけど、体調悪かった?」


「ピヨ? いっぱい食べたら、飛びづらいよ?」


「……ふふ、そうだね。僕と同じだ」


 人間らしい会話の正解を、ティアは知らない。

 ただ、フレデリクとの会話は楽しいし、テンポが合うのだ。

 感じたことをそのまま口にするような素朴さは、弟のオリヴァーと同じだが、硬質でどっしりとしたオリヴァーの声と違って、フレデリクの声はフワフワしている。その違いが面白い。


「それじゃあ、またね、ライバルさん」


「うん、またね、フレデリクさん」


 少し歩いたところでフレデリクと別れ、今度はなんとなく庭園の方を目指してみる。

 昨日、レンやセビルと話をしたあの庭園だ。

 その途中で、ティアは前方に見覚えのあるモジャモジャと黒髪を見つけた。


「ローズさん、ゲラルト!」


 二人は草むしりをしていたらしい。ティアが声をかけると作業の手を止めて、こちらを振り向く。


「やぁ、ティア! 昨日はお疲れ様!」


「……おはようございます」


 朗らかなローズの横で、ゲラルトもボソボソと挨拶をして頭を下げる。

 そういえば、ローズが畑仕事をしているのは前からだが、ゲラルトが手伝っているのを見るのは初めてだ。


「ゲラルト、ローズさんのお手伝いしてるの?」


「……はい」


 ゲラルトはゴシゴシと顔を伝う汗を拭う。その拍子に長い前髪が少し持ち上がって、目元が見えた。

 狼みたいに鋭い、灰色の目だ。ティアがジッと見ていると、ゲラルトは気まずそうに前髪を直し、ボソボソと言った。


「僕は好きなことが、ないのですが……食べるのは好きだな、って昨日の打ち上げで気づいて」


「いっぱい食べてたね」


 ティアが素直な相槌を打つと、ゲラルトは恥ずかしそうに「……面目ないです」と小声で言う。


 ──いつも前髪が長い寡黙なゲラルト。レンのルームメイトで、剣を持ってる人。見習いで一番体を動かすのが上手で、食いしん坊。


 魔法戦を経て、見習い同士の交流が増えて、相手を知る機会が増えた。

 ……ただ知るだけじゃなくて、もうちょっと知ってみたいな、と思う気持ちも。

 だから、ティアはゲラルトに訊ねた。


「ゲラルトは、食べ物を作る人になりたいの?」


「はい。ローズさんは、貧しい土地でも育つ植物の研究をしているらしいんです。そういう植物が、増えたらいいなって」


「食べ物は大事だから、すごく偉いと思う」


 思ったことをそのまま口にしたら、ゲラルトはホッとするみたいに笑った。

 そのやりとりを眺めていたローズが、のんびりと口を挟む。


「オレはさ、実は〈楔の塔〉にいられるの、一年ぐらいなんだ」


 ティアはペフッと息を吐いて目を丸くする。

 少し意外だったけれど、思えばティアだって、ずっと〈楔の塔〉にいるつもりはないのだ。


(人間は、ずっと〈楔の塔〉にいるんだって、思ってた)


 驚くティアに、ローズがモジャモジャのヒゲを揺らして言う。


「家族とそういう約束でさ。来年はここにいないんだよ。だから、ここに美味しい物をたくさん植えておいたら、収穫する時、オレのこと思い出してもらえるかな、って」


 ティアは喉を鳴らすことも忘れ、口を半開きにしてローズを見上げた。

 未来を生きる人のために、何かを残す。覚えていてもらいたいと願う。


 ──それは、なんてドキドキすることだろう。


「ゲラルトがオレの畑を引き継いでくれると嬉しいぜ!」


「どこまでできるか分かりませんが……」


 ローズも、ゲラルトも、先に広がる未来を見ている。

 多分それは、ハルピュイアであるティアが見据える未来よりも、ずっとずっと遠くの未来なのだ。

 ティアは、再び空を飛ぶ未来が欲しかった。それより先なんて、考えていなかった。精々、お姉ちゃん達に会いたいなぁ、ぐらいで。


(また飛べるようになった未来の、先の、先に……レンとセビルはいるのかな。ヒュッター先生の面白いお話、もっと聞きたい。フレデリクさんと競争するのだって……)


 人とハルピュイアは違う生き物だということを、初めて痛感した気がした。


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