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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
六章 楔の塔の秘密
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【2】『可哀想なハルピュイア』


 ──ティアの恩人であるカイは、明確な悪意をもって、ティアを〈楔の塔〉に送り込んだのではないか?


 レンがその予感に背筋を震わせていた時、ティアもまた同じことを考えていた。

 監禁されていたティアが逃げ出した時の状況を考えれば、そう考えるのが自然なのだ。


 ──自分から羽を奪ったのは、〈楔の塔〉のトップである、メビウス首座塔主だった。


 ──ティアを救ったカイは、それを分かった上で、ティアを再び〈楔の塔〉に送り出した可能性が高い。


「……なにから話せばいいか、分かんない。頭、グルグルしてきた」


 ティアが怒りを向ける相手は変わらない。

 自分から風切り羽根を奪い、閉じ込めた連中だ。自分を所望し、無邪気に笑うあの子だ。

 ただ、そこにカイがどう関わっているのかが分からない。

 ティアがペヴヴヴ……と喉を震わせていると、セビルを挟んで向こう側にいるレンが言う。


「おい、ティア。オレを見ろ」


「ペウウ……? 見たよ?」


 ティアが首を捻ってレンを見ると、レンはバッチーンと音がしそうなウィンクをした。


「どうだ、美少年ヒーリングパワー」


「びしょーねんひーりんぐぱわー」


 なんとなく口に出してみたい単語だったので、ティアはおうむ返しに呟く。

 美少年ヒーリングパワー。なんだかとってもレンらしくて楽しい単語だ。

 言葉の響きを噛み締めるティアに、レンはフフンと鼻を鳴らす。


「少しは落ち着いたろ?」


「うん、いつものレンだなぁ、って落ち着いた」


「おぅ。オレはいつも美少年だからな」


 グルグルしていた頭を、美少年ヒーリングパワーでリセットしたところで、セビルが言う。


「ティア、こういう時は時系列順に整理するのだ」


「ピロロ……じけーれつじゅん?」


「お前が人間に捕まった時のことは、どこまで思い出せる?」


 辛いことは思い出さなくていい、とセビルは言わなかった。

 辛くても、これは必要な行為だと分かっているのだ。

 ティアは目を閉じ、ペフッペフッと一定のリズムで声を発した。そうして忘れっぽいティアなりに、頑張って過去を振り返る。


「ペフッ、ペフ……あの日は……一緒に飛んでたお姉ちゃんと、はぐれたの。嵐が近づいてて、お姉ちゃん大丈夫かなって心配で探してて……」


 首折り渓谷のハルピュイアの中でも特に力の強いティアは、飛ぶのも得意だった。

 だから、自分の心配なんてこれっぽっちもしていなくて、姉は無事だろうかと気を揉みながら、曇天の空を飛び回っていた。


「そしたら、地面から鎖がギャリギャリって飛んできて、地面に引きずり落とされたの」


 鎖を操っていたのは、露出の少ない黒い服を着て、頭巾を被った金髪の女だった。

 あの時のティアは、その服のことを知らなかったけれど、今なら分かる。あの子の部屋の本で読んだ。

 あれは、修道女が身につける服と頭巾だ。


「地上には銀髪で剣を持った男と、金髪の修道女がいて、銀髪が剣でわたしの羽根を……」


 あの日のことを思い出したら、また怒りが込み上げてきた。

 シュウシュウと喉を鳴らすティアの肩を抱き、セビルが「ふむ」と唸る。


「その銀髪の男が、メビウス首座塔主か。ならば、金髪の修道女はミリアム首座塔主補佐の可能性が高いな」


「ちょっと待った」


 セビルの呟きに、レンが口を挟む。

 また美少年ヒーリングをするのだろうか、とティアがレンを見ると、レンは真面目な顔でティアに問う。


「なぁ、ティア。それって具体的に何年前の話だ? あー……羽を切られてから、春が何回きたか分かるか?」


 一応、人間の年月については理解しているが、あまり普段意識していない概念だ。

 ティアはウーウー唸りながら指を折る。二本、三本、四本目を折るか否かというところで手が止まった。


「ピロロ……多分、三年前ぐらい。ただ、閉じ込められてた場所は窓がなかったから……ちょっと自信ない」


「なるほどな。それで、その場所にいたのが、メビウス首座塔主と、ミリアム首座塔主補佐らしき女と……」


「あの子」


 レンの言葉の最後に、ティアは低い声で付け足す。

 忘れるものか。絶対に。


「そこに、あの子がいたの。フィーネっていう子。自分は神様の子だって言ってた…………キモチワルイやつ」


 ハルピュイアであるティアは、繁殖の対象として人間に執着するが、敵意を向けることはあまりない。

 そのティアが明確に嫌悪を抱いているのが、あのフィーネという少女なのだ。


「あの子が歌い鳥を……トモダチを欲しいって望んだから、わたしが差し出されたって言ってた」


 ティアの言葉に、レンとセビルが少し考え込むような顔をする。

 レンが慎重な口調で訊ねた。


「そのフィーネって奴とメビウス首座塔主達は、どういう関係なんだ? メビウス首座塔主と、ミリアム首座塔主補佐……二人の隠し子とか?」


「分かんない。ただ、銀髪と金髪はフィーネの世話をしてた。だから、フィーネが主人で、銀髪と金髪は使用人なんだって思ってた」


 この言葉に、レンもセビルも少し意外そうな顔をした。

 どうやら二人は、フィーネと首座塔主達の力関係を逆に考えていたらしい。

 ティアの見ている限り、大人二人はフィーネのことをとても大事にしていた。ただ、それは親が子に向ける愛情とは少し違う。

 あの三人の間には、身内に対する親しみも、砕けた雰囲気もなかった。

 それこそ人ではない強大な何かと向き合うように、大人二人はフィーネに対し、最大限の敬意を払っているように感じたのだ。

 一見、メビウスとミリアムが、フィーネを庇護しているようにも見えるが、本質的にはその逆のような、そういう独特の空気があの三人の間にはあった。


「あのさ、ちょっといいか。オレ、気になってたんだけど」


 レンが軽く片手を挙げて発言し、何故かセビルが鷹揚に頷いた。


「よろしい、発言を許可する」


「許されなくても訊くっつーの。えーっと、その時のティアはまだ、今みたいな人の姿じゃないし、魔力濃度の薄い土地じゃ生きられなかったんだろ?」


 ティアはコクンと頷いた。

 ハルピュイアはそんなに力の強い魔物ではないので、〈水晶領域〉を離れても多少は行動できる。ただ、一ヶ月もしたら流石に命に関わるだろう。

 だから下位種の魔物も、基本的に〈水晶領域〉を滅多に離れないのだ。


「ならさ、なんで監禁されてる間は平気だったんだ? そこそこ長い期間だったんだろ? 魔力濃度薄くて、具合悪くなったりしなかったのか?」


「ピロロロ……言われてみれば……」


 ティアはあの時のことを思い出す。自分が閉じ込められていた期間を正確には覚えていないが、一ヶ月や二ヶ月ではなかったのは確かだ。

 最低でも半年から一年は、閉じ込められていたと思う。

 それだけ長期間〈水晶領域〉から離れたら、下位種の魔物でも生き残るのは難しい。


「……わたしが閉じ込められてた部屋、魔力たっぷりだった気がする」


「そしたら、そのフィーネって子は、なんで平気なんだって話になるじゃん」


「ピヨッ、確かに……!」


 メビウスとミリアムは定期的に通っているだけで、あの部屋に住んでいるわけではなかった。

 だが、フィーネは──ずっと、ずっと、魔力濃度の濃いあの部屋にいたのだ。

 セビルが低い声で訊ねた。


「ティア、そのフィーネとやらは、確かに人間だったのか? 魔物ではなく?」


「……ピロロ……分かんない。ちょっと自信なくなってきた」


「ならば、フィーネとやらの考察は一度保留だ」


 セビルはあっさりそう言って、彼女の言う「時系列順」に話を進めていく。


「フィーネとやらの部屋に閉じ込められていたお前は、自力でそこから逃げ出したのだったな? その時のことは思い出せるか」


「ピロロ……んーっと……あの時、色々と力を制限する魔導具みたいのが着けられてて……」


 あの時のティアは足首に枷を、そして首には首輪を着けられていた。

 それ以外にも、フィーネの趣味で腕輪やら何やらつけられた気がする。「オトモダチのオソロイ」だ。ただ、それは魔導具ではなかった。

 拘束用魔導具の足枷は足の力を常時奪うもので、ティアはフィーネを蹴り殺すどころか、歩くことすらままならず、行動を大きく制限された。

 首輪はもっと最悪で、あの三人に逆らうとギュウギュウにしまる上に、謎の激痛が走るのだ。

 ハルピュイアの武器である魔力を帯びた歌声も、あの首輪に制限されていて、ティアは歌でフィーネ達を支配することはできなかった。


「足枷の破壊は難しかったけど、首輪ならギリギリで足の鉤爪が届いたから、壊したの」


「は? え?」


 レンが訝しげな声をあげ、ベンチに座ったまま左足を右の腿にのせた。そうして、上半身をグッと折り曲げ、足の爪が首に届くかを実験する。


「……いや、これ、無理だろ。相当体が柔らかくないと、足の爪で首輪を破壊とか……」


「ハルピュイアならできるよ。だって、鉤爪大きいもん」


「マジか。相当デカいんだな」


 あの連中も、ハルピュイアが足を限界まで動かし、足の鉤爪で首輪を削るなんて思っていなかったのだろう。

 首輪か足枷か、可能なら両方破壊したかったが、それだけの余裕はなかった。どちらかしか壊せないなら首輪だ。あれで首を絞められ、意識を失ったら、逃走は確実に失敗する。

 だからティアは首輪の破壊を優先した。


「わたし、頑張って首輪を壊して……真っ暗なところをいっぱい、いっぱい走ったの。でも、だんだん疲れて、眠くなって、バタンってしちゃったところで声がして……」


 ハルピュイアのティアは、暗いところでも割と目が見える。

 それでも、あそこが何だったのかはよく分からない。分かるのは暗くて細くてひたすら長い、人の手が入った通路だったことぐらいだ。

 足枷の破壊はできなかったから、足に力が入らなくて、ティアは壁に手を突きながら通路を進んだ。

 段々魔力濃度が薄くなり、目の前がクラクラして、全身に力が入らなくなって……その時、人の足音を聞いたのだ。

 最初はあいつらが追いかけてきたのかと思った。

 だが、足音は自分の前方から聞こえる。


『可哀想なハルピュイア』


 頭上で男の声がした。

 場違いなほど楽しげに弾む声で、男は──カイはティアにこう囁いたのだ。


『君を助けてあげるよ』


 それが、意識を失う前にティアが聞いた言葉だった。


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