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【5】とても悪い魔術師の企み


 薄く雲の広がる午後、第一の塔〈白煙〉塔主ザームエル・レーヴェニヒは、〈楔の塔〉敷地内の庭園を一人歩いていた。

 ザームエルは〈楔の塔〉に来て、僅か一年足らずで〈白煙〉塔主に就任した異例の経歴の持ち主だ。

 そんなザームエルのことを、〈楔の塔〉の魔術師達は警戒している。その警戒は正しい。

 ザームエルは金の力で〈楔の塔〉を掌握し、帝国中の魔術の知識を手に入れようとしている悪い魔術師なのだから。


「レーヴェニヒ塔主」


 声をかけられ、ザームエルは足を止める。

 振り返った先では、三十代ほどの男が佇んでいた。

 切り揃えたまっすぐな金髪に、丸眼鏡──指導室所属の魔術師ヘーゲリヒだ。


「クク……なんだ貴様か、ヘーゲリヒ。俺の派閥に入る覚悟が決まったか?」


 揶揄うようなザームエルの言葉に、ヘーゲリヒは顔をしかめる。すぐ顔に出る癖は、魔法学校にいた頃から変わらない。

 やりたくもない派閥争いを実家に命じられ、それでも真面目に遂行しようとし、そしてザームエルにやり込められて失脚した。実に可愛い後輩だ。

 ヘーゲリヒはしかめっ面のまま、苦々しげに言葉を返す。


「……貴方は今や〈白煙〉塔主。迂闊な発言は避けられた方がよろしいかと」


「迂闊か、あぁ、そうかもしれんな。俺はお前を割と気に入っているのだ。だからこうして懐を開いて話をしている」


「私はもう、派閥争いは懲り懲りです。家とも縁を切りました。今の私には、意欲ある若者達に知識を伝えることこそが使命です」


 派閥争いは懲り懲り、とヘーゲリヒは言うが、それでも〈楔の塔〉に所属している限り、いずれ派閥争いに巻き込まれることになるだろう、とザームエルは予想している。

 近代魔術の大天才と呼ばれるザームエルの目から見ても、ヘーゲリヒは優秀な魔術師だ。いずれ、〈楔の塔〉で要職を与えられるだろう。

 現在の〈楔の塔〉では、近代派と古典派が水面下で勢力争いをしている。近代派の魔術師であるヘーゲリヒは、古典派に目をつけられ、何かと肩身の狭い思いをしているらしい。

 ザームエルの庇護下に入れば色々と融通を利かせてやれるのだが、ヘーゲリヒはザームエルを見ると、それはもう嫌そうに距離を取るのだ。

 どうやら、アースラー魔法学校時代に苛めすぎたらしい。


「ククッ、難儀なことだ。それで、俺に用事があるのではないか?」


「ミリアム首座塔主補佐が、貴方を探しておられました。メビウス首座塔主が留守だから、守りを固めたいのでしょう」


 少し前、討伐室が〈原初の獣〉と遭遇したとの報せが届いた。

 それを受け、メビウスは古代魔導具〈離別のイグナティオス〉と共に現場に向かっている。

〈楔の塔〉の頂点に立つ男が、そう簡単に現場に出歩いて良いものかとも思うが、古代魔導具〈離別のイグナティオス〉を使いこなせるのが、メビウスしかいないのだから仕方がない。

 メビウスが留守にしても問題なく〈楔の塔〉を機能させるために、第一から第三の塔主がいるのだ。


「ククッ……そうか。では、戻るとしよう」


 探し物の続きは、今夜にしよう、とザームエルは決める。

〈楔の塔〉には大きな秘密がある。

 その秘密は本来、首座塔主、首座塔主補佐、そして第一から第三の塔主達の間で共有されるものだが、ザームエルにだけはその秘密を伏せられている。

 おそらく、金の力で強引に塔主の地位についたザームエルを警戒しているのだろう。実に正しい。

 だが、隠されれば暴き、そして利用したくなるのが悪人というものだ。

 首座塔主のメビウスが留守にしている今は、その絶好の機会である。調査をしない手はない。


「俺の部下になりたくば、いつでも言うが良い。お前なら、俺の右腕として重用してやろう」


「既に貴方は〈白煙〉塔主……指導室所属の私は、貴方の部下です。レーヴェニヒ塔主」


「俺はいずれ〈楔の塔〉を掌握し、首座塔主になる男だぞ?」


 高慢なザームエルに、ヘーゲリヒは理解できないものを見るような目を向けた。ヘーゲリヒはいつも、そういう表情を隠さない。

 全身から、「理解できません」という拒絶を滲ませ、ヘーゲリヒは問う。


「貴方は既にアースラー魔法学校の理事を買収し、実権を掌握していたではありませんか。それなのに、何故……」


「足りんからだ」


 帝国でも五本指に入る名門アースラー魔法学校の全てを、ザームエルは掌握した。

 そこにある人も、知識も、全てをだ。


「あそこにある知識は全て手に入れた。だから次は〈楔の塔〉の全てが欲しい。古典も近代も関係ない。俺は全てが欲しいのだ、ヘーゲリヒ」


 クックックと喉を震わせるザームエルに、ヘーゲリヒはいよいよ顔をしかめた。

 ヘーゲリヒは知っているのだ。ザームエルが有言実行を貫く時は、周りの迷惑も、誰かの犠牲も顧みないことを。



 * * *



 夜、ザームエルの私室に、遣いにやっていた契約精霊アグニオールが戻ってきた。

 アグニオールは赤い毛並みの獅子の姿で、尻尾をペフンペフンと左右に揺らす。


「ザームエル君、今夜も調べ物ですか?」


「あぁ、メビウスがいない今が、絶好の機会だからな」


「わたしも連れて行ってくださいよー。冒険したいですー」


 アグニオールは極めて力の強い炎霊だ。

 その戦闘力は貴重だが、〈楔の塔〉では制限が多い。

〈楔の塔〉はその性質上、至る所に封印結界が張られている。殊に、魔導具の材料や魔導書の類は、精霊の影響を受けやすいので、精霊が出入りできない結界を張っていることが多いのだ。

 下手にアグニオールを連れ歩くと、結界が反応してしまう。


「クックック……ミリアム首座塔主補佐周りの使用人を買収してな。あの女が、夜な夜な出歩いていることは分かっている。今夜は後をつけるから、身軽な方が良い」


「つまり、わたしはお留守番ですかー。じゃあ、帰ってユリウス坊ちゃんと遊んでますね」


「ならば、これを持って行くが良い」


 ザームエルはタンスを開けると、中から採点済みの課題と、新しい課題、それと基礎魔術学の本と冒険小説の続きと新しい子ども服と菓子の包みを取り出し、ドスンとテーブルにのせる。


「ククッ、課題の量に絶望するユリウスの顔が目に浮かぶな……クハハハハ!」


「ユリウス坊ちゃん、喜んでましたよ! もっとお家に帰って遊んであげたらいいのにー」


「あぁ、〈楔の塔〉を掌握したら、ユリウスにここで学ばせるのも良いかもしれんな」


 少し前に養子にしたユリウスは優秀だ。教えたことをどんどん吸収していく。いずれ、名のある魔術師になるだろう。


「そろそろ、杖も用意してやるか」


「あっ」


 ザームエルの呟きに、アグニオールが声をあげる。

 なんだ、の意味を込めて目を向けると、アグニオールが獅子の顔でニコニコしながら言った。


「ユリウス坊ちゃんが言ってたんですよ。『ザームエルが杖を託したら、持ってこないでくれ』って」


「……どういう意味だ?」


 ユリウスの真意が理解できず、ザームエルは眉根を寄せる。

 真紅の獅子はフスーと鼻から息を吐いて、得意げに言った。


「ユリウス坊ちゃんは、ザームエル君から、直接貰いたいんですよー!」


「…………」


「杖って一人前の証ですよね? わたし知ってるんですよ! えっへん!」


 ザームエルはククッと喉を震わせ、片手で顔を覆う。


「クックックックック……」


 ならば、次に帰る時は杖を土産にしよう。

 或いは、一緒に買いに行くのも良いかもしれない。その時は、どうユリウスを試してやろうか。

 この杖の価値を当ててみろ、或いはそれに見合うだけの魔術とは何か答えよ、という問いも良いかもしれない。

 どんな難問にも、きっとユリウスは答えるだろう。

 何故なら、ユリウス・レーヴェニヒは、世界一悪い魔術師ザームエル・レーヴェニヒの息子なのだから。


大変お待たせいたしました。次回から本編に戻ります。

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