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【4】最強の男


 フレデリク達に迫り来る木々の枝。それらはヘレナが生み出した泡に触れた瞬間に、バァンと音を立てて爆ぜた。

 爆ぜた木片を別の泡が包み込み、プクリと膨らんで爆ぜる。

 どうやらあの古代魔導具の泡は、魔力を帯びたものを包み込んで爆ぜる性質があるらしい。

 魔物の残骸は魔力を帯びているから、それらを包み込むことで、更に炸裂の威力をあげているのだ。とんでもない。

 木の魔物の枝は、普通の枝とは違う。魔力を帯びていて、とても硬いのだ。フレデリクでも切断には苦労した。

 ……それが、いとも容易く木っ端微塵になっていく。

 ヘレナに「適度に発散しろ」とアドバイスをした男、フレデリク・ランゲは引きつり顔で呻いた。


「…………適度?」


「発散しろって言ったのフレデリクさんなんで。頑張って責任とってください」


「やだよ」


「自分もす」


 また一つ、枝が爆散した。その爆発に連鎖反応を起こして、泡が次々と爆ぜていく。どうやらあの泡は、連鎖反応を起こすことで、より威力を上げるらしい。

 敵が木の魔物で良かった。人や動物に似た魔物だったら、肉片が飛び散って大惨事だ。


(……ヘレナのことは、今後全てレーム先輩に丸投げしよう)


 フレデリクは他力本願なことを胸に誓う。

 その時、彼は気がついた。泡の幾つかがこちらに向かってきてるのだ。


「ちょっと、僕達を巻き込む気?」


 返事の代わりに、〈嗤う泡沫エウリュディケ〉が甲高い声でゲラゲラ笑う。

 ヘレナはホロホロと泣いていた。泣きながら、まるで引きつけでも起こしたかのように、体を痙攣させて笑っていた。


「ふふ、ふふふ、あぁ、悲しい…………あはっ、悲しいです……こんなところで魔物狩りをしなくちゃいけないなんて、あぁ、お風呂に入りたい……フカフカのお布団で眠りたい……悲しんでるんですよ? わたくし、とっても悲しいの……」


『キャハハ、ギャハハハハ! シネシネシネ! キャーッハッハッハ!!』


 ヘレナが〈楔の塔〉送りになった理由がよく分かった。

 聖女が使う古代魔導具にしては、あれは品がなさすぎる……なんてことを考えていたら、魔物の残骸がこちらにまで飛んできた。

 その残骸の魔力を求めて、泡がこちらに漂ってくる。


「ねぇ、嫌な予感がするんだけど」


「……自分もっす」


 魔物の残骸を包んだ泡が、バァンと爆ぜた。フレデリク達のすぐそばで。

 それと同時に、フレデリクとリカルドはその場を駆け出す。ヘレナから離れるように。


「あの馬鹿聖女、完全に暴走してるじゃない」


「適度な発散らしいすよ」


「我ながら余計なこと言ったなって、後悔してるよ」


 飛行魔術で逃げるべきだろうか。だが、リカルドを連れて速度を出すのは難しいし、飛行魔術の魔力に泡が引き寄せられる気がする。

 幸い泡の移動速度はそれほど速くないが、逃げ出すのが遅すぎた。既に二人の周囲は泡だらけになっていたのだ。

 最悪だ。フレデリクが歯噛みしたその時、頭上で声がした。


「二人とも、伏せろ──っ!」


 声と同時に、雷が空から降り注ぐ。

 頭上から降り注ぐ雷を、細く細く分割したその攻撃が、フレデリク達の周囲の泡に包まれる。

 泡が次々にパァンパァンと音を立てて爆ぜた。ただ、耳を塞ぎたくなるほどの音ではない。


(そうか、威力が低い攻撃を包めば、泡の威力も落ちるのか)


 地面に伏せたフレデリクは、上半身を傾けて空を見上げる。

 上空に飛行魔術で静止しているのは、剣を手にした金髪の大柄な男──フレデリク達の先輩魔術師ハイドンだ。

 ハイドンはフレデリク達の近くに着地すると、ピッと片手を一振りして、小さな雷の矢を飛ばした。

 その雷の矢はジグザグと泡の隙間を縫うように飛び、ヘレナの背中に刺さる。

 感電したヘレナがガクガクと体を震わせて、地面に崩れ落ちた。

 低威力の雷の矢──だが、その操作精度と射出速度が桁違いだ。さすが、〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームと並ぶ実力者なだけある。

 ヘレナが倒れるのと同時に〈嗤う泡沫エウリュディケ〉も沈黙し、周囲の泡は音もなく爆ぜて消えていった。

 ヘレナの脅威は去った──が、窮地であることに変わらない。

 木の魔物が、弾け飛んだ枝を再生させて、再びこちらに迫りつつある。

 ハイドンはフレデリク達を安心させるよう、力強い口調で言った。


「大丈夫だ、最強の助っ人が来たからな」


 まさか、ダマーとか言わないだろうな、とフレデリクは内心失礼なことを考える。

 魔物の枝はキシキシとしなり、勢いを増してこちらに伸びてきた。

 植物でありながら、そこには明確な殺意を感じる。人を殺して糧にする──人を食う魔物と同じ、人への執着だ。

 あの枝は魔力付与した武器でないと切断できない。フレデリクとリカルドが詠唱を口にすると、ハイドンが不要とばかりに首を横に振る。


「お前達、よく見ておけ」


 目の前を、銀の風が吹いた。

 そう錯覚したのは、あまりにも動きが速かったからだ。


(あれは……)


 銀の髪をした男が、銀色に煌めく長剣を振るった。

 あんなにも硬かった枝が、サクサクと小気味良いほど簡単に切り捨てられていく。

 魔物の枝は再生しない。

 どんなに再生力が強い魔物でも、あの剣で斬られた傷は回復しないのだ。


 ──古代魔導具〈離別のイグナティオス〉


 男は魔術を使っていなかった。

 フレデリクのように、飛行魔術と体術を組み合わせているのではない。

 純粋に剣の腕だけで、魔物を斬り伏せている。

 重く踏み込み、剣を振り下ろし、そこから次の動きに移るのが恐ろしく速い。剣を大きく振り下ろした後なんて特に狙われやすいはずなのに、まるで隙がないのだ。振り下ろした姿勢のまま切り上げ、次の攻撃に移る。

 ハイドンが誇らしげに言った。


「あれが、〈楔の塔〉最強だ」


〈楔の塔〉首座塔主クラウス・メビウスは軽やかに地を蹴り、振り上げた剣でトレントを真っ二つにした。

 フレデリクの横で、リカルドが「すご……」と呟く。

 フレデリクもまた、口を半開きにして、メビウスの剣技を見ていた。

 あんなにも重たげな長剣なのに、メビウスは軽々と扱っている。剣に振り回されることなく、時に己の手足の延長のように。


(僕が知る限り、近接戦闘をする魔術師で一番強いのは父様だったけど……)


 おそらく、メビウスの剣技はそれ以上だ。

 誰よりも速く、それでいて一撃一撃が力強く、重い。

 自分も槍で、あれができるようになりたい。

 また別の魔物を袈裟斬りにしたメビウスは、その残骸の陰で剣の持ち手を変えて、別の敵を斬り捨てる。どうやら両利きらしい。羨ましい。

 おそらく十体近くいた魔物を全て切り捨て、それでもメビウスは警戒を怠らず、周囲を見回した。


「こちらの掃討は完了した。ハイドン、後輩達を連れて離脱しろ」


「はい、首座塔主」


 ハイドンが一礼し、メビウスはフレデリク達に目を向ける。

 鋭い眼光の男だ。年齢は三十代後半だろうか。

 ゆったりとしたローブを着ていても、重心の移動や立ち姿を見れば、鍛えられた体であることが一目で分かる。


「討伐室の新人か」


 鋭い目が、フレデリクとリカルドを見る。

 ゾクリと背中が震えた。圧倒的強者の威圧感に気圧されそうだ。

 無様な戦いだったと叱咤されるだろうか。

 実際、今回の戦いぶりは、指導員のローヴァインに見られたらゲンコツ確実の酷いものだった。

 思わず首を縮こめるフレデリクに、メビウスは噛み締めるような声で告げる。


「……無事に生き延びてくれて、良かった」


 予想外の言葉にフレデリクが驚く間もなく、メビウスは低い声で続ける。


「アルニム班が全滅した。一時的に合流したダマーも、重傷を負ったらしい」


「え」


「〈原初の獣〉が現れたんだ」


 全身の血が、足下に落ちていく。

〈原初の獣〉は下位種でありながら、繁殖ではなく深淵より生まれし魔物だ。強敵との戦いを好み、気に入った人間の顔には傷痕を残すという。


(……アルニム班の人達は、生かすに値しないと言うのか)


 アルニム班は討伐室でもベテランが多い、安定した実力者達揃いの班だ。フレデリク達のことを、いつも気にかけてくれていた。

 それが、全滅。


 ──魔物め。


 瞼の奥がチカチカと赤くなる。


 ──赤い赤い赤い世界で蜘蛛女が笑いながら、笑って、笑いながら、赤い赤い手を伸ばして……。


『×××の味はどうかえ、ぼうや?』


(殺してやる殺してやる殺してやる)


 父を喪った時と同じ怒りが、殺意が、つま先から指先まで満たしていく。


(怒りを燃やせ、憎悪の火を絶やすな。でないと、恐怖に呑まれてしまう)


 ギシリ、と歯を軋ませるフレデリクの視界を、大きな手が遮った。父に似ている大きなその手は、メビウスの手だ。


「その怒り、今は胸の奥に収めておけ──いずれ報いは受けさせる」


 メビウスの手が離れる。

 少しだけ冷静さを取り戻したフレデリクは、メビウスを見上げた。

 精悍な男の顔には、静かで、苛烈な怒りがあった。

 この人もフレデリクと同じだ。

 あれは、魔物に沢山のものを──大事な人を、尊厳を、人生を奪われてきた人間の眼だ。


「人を脅かす魔物を、我ら〈楔の塔〉は決して認めない。根絶やしにする。必ずだ」


 その言葉をフレデリクは胸に刻んだ。

 魔物は悪辣な生き物だ。いびつに人に執着し、邪気なき悪意で人をなぶる。

 吐き気がするほど醜悪で、残忍で、おぞましい。あれは人を苦しめるだけの生き物だ。

 だから、フレデリク・ランゲは魔物を認めない。許さない。根絶やしにしなくては、安心して眠れる日は来ない。


 噛み締めた唇の端が切れ、血の味がした。

 これは自分の血の味だ。そう分かっているのに、えずきそうになった。


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