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【2】リカルド・アクスの同期達

 リカルド・アクスが〈楔の塔〉の入門試験を受けて合格したのは、十二歳の時のことだった。


 ──もう、妹のような犠牲は出さないために、一流の魔物狩りになりたい。


 ──そしてできれば……尊敬するあの人のように、誰かを笑わせてあげられる優しい人間でありたい。


 そんな決意を胸に、ローヴァイン教室で修行に励んでいたリカルドだったが、このローヴァイン教室の同期二人、なんとも癖が強かった。


 まずは一人目、フレデリク・ランゲ。アクスと同じ魔物狩りの一族の人間だ。

 フレデリクはリカルドより一歳年上の十三歳なので、リカルドは彼のことをフレデリクさんと呼んでいる。

 フレデリクはいつもニコニコしているが、口数は少ない。話しかけても「ふぅん」「そう」と、どこかフワフワした相槌が返ってくる。

 そんな彼が、初の魔法戦演習でリカルドに向けて言った言葉がこれだ。


「僕の足を引っ張らないでね?」


 嫌な奴である。それ以外は何を言っても言われても、やっぱりフワフワした返事が返ってくる。

 宿舎でも同室になったが、フレデリクが部屋で何かしているところをリカルドはあまり見たことがない。訓練の時以外は飛行魔術でフラフラ飛んでいて、フラリと帰ってきたら寝る。

 身の回りの整理整頓には無頓着で、私物は大抵床に落ちている。ランゲの跡取りだから、身の回りの世話は誰かにされていたのだろう。

 たまには掃除してください、と言ったら、フレデリクはなにやら不思議そうにキョトンとして言った。


「そういうのは、年下がやるものでしょ」


 ろくでもない。

 それならばと、リカルドは訊ねた。


「床に落ちてるフレデリクさんの私物、ベッドに投げ込んでいいすか」


「好きにして」


 以降、リカルドは床に落ちている物は全部フレデリクのベッドに投げ込んでいる。

 その結果、ベッドは私物で溢れたが、フレデリクは気にする様子もない。眠くなったらその辺で寝るか、医務室のベッドを勝手に使っているらしい。やっぱりろくでなしだ。

 ただ、フレデリクは滅法強かった。特に飛行魔術の扱いにかけては天才的と言っていい。

 飛行魔術使いは貴重だ。魔物の中には空を飛ぶものもいるから尚のこと、空中戦のできる魔術師は重宝された。

 だから、フレデリクはそれを鼻にかけているのだ。ランゲの家ではさぞ甘やかされてきたのだろう……などと思ったりもしたが、すぐにそれは間違いだと気がついた。

 ある日、フレデリクがあまり食事をしていないことに気づいたリカルドが、それを指摘すると、フレデリクは顔をしかめてこう言ったのだ。


「……だって、食べるところは少ない方がいいじゃない」


 多分それは、一般人が聞いたら何の話だと首を傾げたことだろう。

 だが、魔物狩りの一族であるリカルドは、すぐにその言葉の意味を理解してしまった。


 ──魔物に食べられる部位は少ない方がいい、と彼は言っているのだ。


 肉がついていると、脂がのっていると、人肉を食らう魔物が喜ぶから。

 だから、魔物から見て、不味そうな体でいたい。

 ……それは、人肉を喰らう魔物を知っている人間の発想だ。多分この人は、目の前で人が喰われるのを見たことがあるのだろう。


(そういえば、何年か前に、ランゲの人間が酷い死に方をしたって聞いたな)


 アクスとランゲは接極的に交流するほどではないが、同じ魔物狩りの一族なので、多少は情報共有をしている。

 その際に、ランゲの人間の戦死を小耳に挟んだのだ。ただ、詳しい話は聞いていない。

 たとえ魔物狩りの一族でも、子どもに聞かせたくないような死に様だったのだろう。


「フレデリクさんは……」


「なに」


 返す言葉に詰まったリカルドは、結局思い浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「……魔物狩りの人間なんすね」


 魔物狩りの一族は、魔物の恨みを買っている、魔物に狙われやすい一族だ。

 長い手足のランゲ、褐色の肌のアクス──どちらの家も、目印のように同じ特徴の人間が生まれる。まるで、魔物に狙われるために生まれてきたみたいだ。


「食べられるのは、誰だって怖いでしょ。それなのに、勝手に背は伸びていくんだ。嫌になるね」


 どんなに食事を減らしても、彼の体は痩せたまま、身長ばかりが伸びていく。まるで呪いのように。

 リカルドもまた、褐色の肌のアクスと呼ばれる一族だ。生まれ持って肌の色が濃い。


「諦めて食事したらどうっすか」


「いらない。体が軽い方が、飛行魔術に有利だから」


 彼が身の回りのことに無頓着で、私生活に安らぎも豊かさも求めないのは、魔物を殺すことしか考えていないからだ。

 誰よりも速く飛んで、攻撃をかわし、魔物を殺す。そのためだけの生き物──それがフレデリク・ランゲだった。





 続いで二人目の同期、ヘレナ。

 ラス・ベルシュ正教の大教会から送られてきた、正真正銘の聖女である。

 ラス・ベルシュ正教は魔物を絶対悪としており、魔物討伐にも積極的だ。それ故、代々魔物討伐に適正のある人間を〈楔の塔〉に送り出しているらしい。

 ただ、その中でもヘレナは、かなり特殊な例だ。本来、大教会は聖女を簡単には手放さない。ただ、ヘレナは訳あって大教会に置いておくには都合が悪いから、〈楔の塔〉送りになったのだという。


 ──そもそも聖女とは何か?


 昔、リカルドの父は皮肉まじりにこう言った。


『聖女ってのは、ラス・ベルシュ正教にとって都合の良い称号だ』


 本来は、ラス・ベルシュ正教に貢献し、聖人認定された女性を聖女と呼ぶ。

 だが時代の流れとともに聖女の在り方は変化し、現代ではラス・ベルシュ正教が所有する古代魔導具の使い手である女性を、聖女と呼ぶようになった。

 古代魔導具は、時に使い手の寿命を削るものであり、使い手は古代魔導具の生贄も同然。だが、聖女という称号を与えて、それらしく奉り上げれば、教会の人気と体裁は保たれる。

 更に、古代魔導具の使い手=聖女、という印象を強めれば、ラス・ベルシュ正教が古代魔導具という兵器を所有する正当性を主張できるというわけだ。

 現代の聖女には、どこまでも政治的事情がつきまとう。

 例えば、古代魔導具〈ベルンの鏡〉を管理する、アッヘンヴァル公爵家の銀の聖女。

〈ベルンの鏡〉は本来、アッヘンヴァル公爵家が所有するものであり、つまりはその上に立つ皇帝が運用を指示するものだが、〈ベルンの鏡〉の所有者を聖女とすれば、ラス・ベルシュ正教も古代魔導具の運用に口を挟める。

 そういう政治的意図や駆け引きが、聖女の裏側にはあるのだ。

 それは、聖女ヘレナも変わらない。


「あの、ヘレナさん。今日の実戦演習なんすけど」


「…………」


「あらかじめ、打ち合わせをしておきたくて」


「……全ては神の仰せのままに」


 ヘレナはフレデリクと同じ十三歳。儚げで繊細で美しい少女だ。

 いつも伏目がちで、細く華奢な指を祈るように体の前で組んで、ジッとしている。あまりに動かないから、作り物なのではと疑いたくなるぐらい彼女は美しく、そして人間みが薄かった。

 たまに口を開いたと思えば、「神の思し召しです」とかなんとか、そういう発言ばかりで、意思疎通をしようという気配を感じない。

 私語をしないというより、知らないという風に感じた。

 ヘレナは自らの意思で〈楔の塔〉に来たのではなく、訳あって〈楔の塔〉送りになった、という噂がある。

 本来、ラス・ベルシュ正教にとって、古代魔導具に選ばれた聖女は貴重な存在だ。簡単に〈楔の塔〉に派遣させるような存在ではない。

 だが、ヘレナは大っぴらにはできない醜聞沙汰を起こし、〈楔の塔〉に押しつけられたのだ。

 古代魔導具〈嗤う泡沫エウリュディケ〉の能力を十全に使いこなす才能を持ちながら、大教会の手に余る。醜聞もあるので教会に置きづらい。

 それなら〈楔の塔〉に貸し出して、貸しを作ろう──というのが大教会側の意思らしい。

 全部、噂の話である。



 いつも笑顔でフワフワした返事しかしないフレデリクと、無表情で無口で人形のようなヘレナ──二人は似てないけれど、似ている。

 十代前半という若さでありながら、本来持っていたであろう人間性が希薄になり、目的を遂行するためだけの生き物であろうとしているところが、特に。

 フレデリクにしろ、ヘレナにしろ、とにかく会話が続かない。続けようという努力をしない。

 リカルド自身もあまり口数が多い方ではないので、ローヴァイン教室はいつも静かだと他の同期からは言われていた。

 魔法戦の演習の時も、事前の打ち合わせではろくに会話にならない。

 フレデリクは「僕、突っ込むから。あとよろしく」しか言わないし、ヘレナは無言で目を閉じて祈るばかり。

 困ったことに、この代の見習い達には、まとめ役がいなかったのだ。

 だから、フレデリクやヘレナが好き勝手に動いても誰も止めない。

 連携なんてろくにできるはずもなく、それでも個々の戦闘能力は高いものだから、三人は同期の中でも「変わり者だけど優秀」と言われていた。

 リカルドにとって、甚だ不本意な話である。


 変わり者はフレデリクとヘレナの二人だけだ。


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