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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
一章 楔の塔
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【13】塔の役割

「諸君らはこの試験の最中に、何らかの形で、魔物と呼ばれる存在を目撃しているだろう。直接は見ていない者も、既に噂で聞いているのではないかね?」


 ヘーゲリヒの言葉に、合格者達の顔色が変わる。

 レンとセビルも同様だ。その様子を眺めながら、ティアは密かに思った。


(あぁ、やっぱり……この人達は、魔物を知っているんだ)


 魔物は旧時代の生き物であり、既に絶滅したと言われている……が、それは表向きの話。

 極々僅かではあるが、生き残りがいるのだ。

 ティア達、ハルピュイアのように。あるいは、あの黒い人狼のように。


「魔物は今も、密かに生きている。帝国北東部、ダグナズ山周辺の〈水晶領域〉で」


 ダグナズ山。懐かしい地名だ。

 ティアはダグナズ山にある、首折り渓谷の出身のハルピュイアだ。

 一年中乾いた冷たい風が吹くその渓谷は、落ちたら最期と言われており、その谷底には数多の生き物の亡骸が転がっている。

 ハルピュイア達は渓谷の横穴に巣を作り、そこでひっそりと暮らしている。

 ティアも、そうやって姉達と暮らしていたのだ。


「はい、質問。〈水晶領域〉ってなんですかー!」


 挙手をして発言したのは、レンだった。

 ヘーゲリヒは丸眼鏡をクイと持ち上げ、レンを見下ろす。


「君は水晶竜を知っているかね? かつて絶滅したと言われる上位種の竜だ。その鱗は美しい水晶でできており、強い魔力を帯びている」


「……ククッ、金になりそうな話だな」


 ボソリと言ったのは、蛇のような雰囲気の黒髪の少年だ。その一言には、人間の業が詰まっていた。

 ヘーゲリヒが苦々しげな顔で、額に手を当てる。


「受験番号三十八番ユリウス・レーヴェニヒ。君のようなことを考える人間が後を絶たないから、水晶竜は絶滅してしまったのだよ。実に嘆かわしいことだと思わんかね?」


 ユリウスと呼ばれた黒髪の少年は涼しい顔だ。それをヘーゲリヒが鋭く睨みつける。

 ヘーゲリヒに代わって、レームが説明を続けた。


「水晶竜に利用価値を見出したのは、人間だけではないわ。魔物もよ。絶滅の危機に瀕した魔物達は水晶竜を殺して、その亡骸の鱗を森にまき、魔力濃度の濃い領域を作り上げた……それが〈水晶領域〉よ」


 レームの説明に、ティアは「ほぁぁ……」と声を漏らし、素直に感心した。


(そうだったんだ!)


 ティアもまた、ダグナズ山に棲む魔物なので、〈水晶領域〉のことは知っている。ただ、その成り立ちまでは知らなかったのだ。

 少なくともティアが孵化した時には、もうあった。あっちこっちキラキラしている綺麗な森だ。

 あそこは魔力濃度が濃くて、とても居心地が良いが、その分、力の強い魔物達の縄張りになっている。

〈水晶領域〉に棲んでいるのは、本当に力が強い魔物ばかりだ。

 ティア達ハルピュイアは、魔物としてはそんなに強くないから、〈水晶領域〉の中心部から少し外れた、首折り渓谷の横穴に棲んでいた。


「力の強い魔物ほど、魔力濃度の濃い土地でしか活動できない。だから、基本的に〈水晶領域〉から出てくることはないわ。ただ、力の弱い魔物は時々、〈水晶領域〉を離れて人里に迷い込んでくることがある……」


 レームはそこで言葉を切り、ヘーゲリヒを見た。一番大事な決め台詞を、ヘーゲリヒに譲ろうとしているのだ。

 ヘーゲリヒはオホンと咳払いをし、言葉を引き継いだ。


「そこで、〈水晶領域〉の魔物を監視し、人里に現れた魔物を排除するのが、我ら〈楔の塔〉の魔術師の役割というわけなのだよ」


 あれー? とティアは思った。


(なんか、聞いてた話と違う……)


 風切り羽根を切られ、人に囚われ、命からがら逃げ出したティアを助けてくれた男は、こう言っていた。

〈楔の塔〉は、入門試験に合格すれば、誰にでも魔術を教えてくれる。〈楔の塔〉の魔術師になれば、飛行魔術を身につけて、再び飛べるようになるだろう──と。

 なのに、〈楔の塔〉は、なんだかとっても魔物に厳しい雰囲気だ。いや、そもそも人間は魔物に厳しいものだけど。


(魔物をはいじょするって、言ってた……)


 ピロロロロ……とティアが唸っていると、今度はセビルが挙手をする。


「質問が。〈楔の塔〉の魔術師が、あの羽根の生えた蛇の魔物を使役していた。つまり、〈楔の塔〉には魔物を使役する技術がある、ということだろうか?」


「あれは書物に特別な封印を施したものなのだよ。詳細はここでは言えんが、使役は不可能ではない、とだけ言っておこう」


 魔物を使役。嫌な言葉だ。ティアは、かつて人間に捕らえられたことがあるから尚のこと。


「無論、〈楔の塔〉の魔術師になったからとて、全員が魔物討伐に当たるわけではない。魔術の研究、保護活動、蔵書の管理などを仕事とする者もいるがね。それでも、〈楔の塔〉の存在意義は、魔術の保護と魔物の監視。それを理解した上で入門を希望するのなら、書類にサインをしたまえ」



 * * *



 試験の準備も慌しかったが、終わってからもやることは多い。

 試験官ヘーゲリヒが天幕の中を片付け、撤収の準備をしていると、受験者全員に確認をとっていたレームが戻ってきた。

 レームが簡易テーブルの上に書類を置く。


「合格者十二名。全員、書類にサインしました。負傷者から優先的に、〈楔の塔〉に案内しています」


「どれ」


 ヘーゲリヒは十二枚の書類に目を通すと、それをテーブルの上で三つに分けた。

 分類は左から順に、こうだ。


・魔術の名家、もしくは魔術学校出身(そこそこ見所あり)

・ポッと出の馬の骨(凡骨)

・こんなの一体どうしろと言うのかね君ぃ?(問題案件)


 その仕分けを見ていたレームが、何かに気づいたような顔で、凡骨案件の書類を一枚手に取る。


「あら、このレン・バイヤーって子……バイヤー商会のご子息じゃないですか? だとしたら、すごい御曹司ですよね。どうして〈楔の塔〉に……」


 ヘーゲリヒはフンと鼻を鳴らした。


「彼の服は見たかね?」


「えーと……上質な服でした」


「サイズが合っていなかった。おそらく妾腹の子だ。あの手の富豪が正妻の子を〈楔の塔〉に寄越すなんて、まずありえないのだよ、君ぃ」


 ヘーゲリヒはこの手の観察眼には自信があった。指導室室長は伊達じゃない。


「浅慮でした。すみません」


「まぁいい。問題はこの二人なのだがね」


 ヘーゲリヒは問題案件の書類を睨みつける。

 全くもって、どうしろというのか。頭を掻きむしりたくなるような案件だ。

 一人はユリウス・レーヴェニヒ。

 かつて〈楔の塔〉を追放されたザームエル・レーヴェニヒという魔術師の息子だ。

 そしてもう一人は……。


「よりにもよってだよ、君ぃ。とにかく、これは塔主に判断を仰がねばなるまい」


 これは緊急会議になること確実だ。

〈楔の塔〉の最高責任者である首座塔主と、三人の塔主はそれぞれなんと言うだろうか。


(あぁ、まったく……これでは近代派と古典派の対立が、ますます激しくなるではないかね)


〈楔の塔〉は決して一枚岩ではない。派閥の対立は頭の痛い問題だ。


「ヘーゲリヒ室長。ただいま戻りました」


 天幕に入ってきたのは、癖のある金髪を編んで垂らした四十歳過ぎの女、蔵書室室長のリンケだ。

 蔵書室は本来〈楔の塔〉に収蔵された本の管理をするのが役目だが、この試験では魔物を封印した書物を一時的に解放し、受験生を試す役割を担っていた。

 蔵書室室長のリンケは穏やかな女だが、書物に封印した魔物を使役できる数少ない人材だ。

 彼女はヘーゲリヒと同じ年だが派閥が違うので、実は微妙な仲である。

 ただ、職務の場に派閥争いを持ち込まない人間だ。そういう意味では信頼できる。


「討伐室の方が一通り森を見回ってくれたのですが、黒い人狼は見つからなかったそうです」


「調査が随分早いじゃないかね」


「飛行魔術が得意な方でしたので。ローヴァイン教室の……」


「あぁ、彼か。なるほど……」


 リンケが口にしたのは、〈楔の塔〉で一、二を争う飛行魔術の使い手であり、そして最も魔物に対して苛烈な人物だ。その調査は信用できる。

 ヘーゲリヒは丸眼鏡を指先で押さえて呟いた。


「人狼が〈水晶領域〉に戻ったか……或いは、そこらで野垂れ死んでくれていたら良いのだがね」


〈水晶領域〉を出た魔物は長く生きられない。魔物は魔力濃度の濃い土地でないと、長時間の活動が難しいためだ。

 中には魔力濃度の低い土地を彷徨って、衰弱死する間抜けな魔物も時々いる。

 ヘーゲリヒのぼやきに、リンケが穏やかだが厳しさの滲む口調で進言した。


「楽観は危険です。しばらくは、森の周囲と近隣の村を警戒した方がよろしいかと」


「あぁ、分かっている。守護室と討伐室には引き続き警戒を続けてもらおう。レーム君は各塔主に報告を。今年の合格者は曲者揃いだと!」


 その曲者達を指導するのが、指導室室長メルヒオール・ジョン・ヘーゲリヒの役目なのである。まったく、心穏やかじゃないにも程がある。



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