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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【21】記憶の中の男


 ──耳の奥がジンジンする。


 意識を取り戻したティアが真っ先に思ったのは、そんな感想だ。

 両手を持ち上げて耳に触れたティアは、そこで自分がベッドに横たわっていることに気がついた。


「ペヴヴヴ……」


「やー、起きたぁ?」


 ティアの顔を覗き込んだのは、眼鏡をかけた黒髪の女──第一の塔〈白煙〉医務室第二分室の分室長マイネだ。

 白衣の下に着ているシャツは、ボタンが微妙にずれている。いつもどこかだらしない分室長は、ベッドを仕切るカーテンをめくった。


「おーい、美少年〜。お友達が起きたよーい」


 捲られたカーテンの向こう側、隣のベッドではゴロゴロしているレンの姿があった。


「よっ、ティア」


「レン。魔法戦はどうなったの?」


「覚えてないのか?」


 ティアはピロロロロ……と喉を鳴らしながら、己の記憶を辿る。

 魔法戦に勝利した後、ヘレナが暴走。そんな中、ティアはフレデリク、レンと力を合わせて、気絶していたオリヴァーを回収しようとし……。


(そうだ。泡が、近づいてたから……)


 ヘレナが操る古代魔導具〈嗤う泡沫エウリュディケ〉の泡に触れそうになった時、ティアは咄嗟に歌声を発した。

 ハルピュイアの姿なら、ティアは魔力を込めた歌を放つことができる。だが、人間の姿の時は歌声に魔力をのせるのが難しい。


(それでも、あの時……わたし、声に魔力を込めてた)


 歌声に、何か特別な効果を持たせたわけじゃない。ただ、声に魔力をのせただけだ。それも、ほんの少しだけ。

 たったそれだけのことが、あの瞬間は功を奏した。

 ヘレナが操る泡は、魔力を帯びたものを包み込んで、破裂するものだ。その際、強い魔力を包み込むほど、破裂時の破壊力が増すという性質がある。

 ならばフレデリクがしていたように、低威力の攻撃を泡で包ませて、どんどん破壊してしまえば、ダメージは最小限で済む。

 あの瞬間、ティアの発した歌声は弱い魔力を帯びていた。

 ヘレナの泡は、歌声ごと魔力を包み込み、低威力で炸裂したのだ。

 結果、ティアとレンは大したダメージにならなかったが、音の大きさで耳をやられて気絶した。

 そうして医務室送りになったらしい。


(わたし、人間の体の使い方に慣れてきてる気がする……)


 それは体の動かし方、手足や指の使い方だけじゃない。発声もだ。

 ハルピュイアの発声を忘れないようにするために、こまめにピロピロと声を出し続けた甲斐があった。

 ティアが〈楔の塔〉に来たのは、空を飛ぶ手段を得るためであって、人間だの魔術師だのになりたいわけではない。

 今回の飛行用魔導具は、まだ長距離飛行に耐えられないし、まして跳躍用魔導具なんて絶対に必要なものではない。

 それなのに、不思議な充足感がティアの中にあった。


(……できることが増えるって、すごく嬉しい)


 確かな手応えを噛み締めているティアに、レンがベッドの上であぐらをかいて、状況を教えてくれた。


「魔法戦はオレ達見習いの大勝利! 脱落した奴は全員元気だし、オリヴァーさんも、あのあとすぐに起きて、先に教室に戻ったよ。お礼は美少年讃歌頼むぜ、って言っておいた」


 先に脱落した、フィン、ローズ、ゾフィー。それと最後にギリギリで脱落したゲラルトも、魔力切れで体調を崩すことはなく、ピンピンしているらしい。


「フレデリクさんと、ヘレナさんはどうなったの?」


「駆けつけたハイドン室長が止めに入って、終了」


「ピヨ? ハイドン室長って、えぇと……」


「討伐室室長! フレデリクさん達の上司!」


 レンは泡の衝撃を受けて軽い脳震盪を起こしていたが、完全には意識を失っておらず、あの後の出来事も見ていたらしい。

 そのレンが言うには、駆けつけたハイドンが上空から雷の雨を降らせて、フレデリクとヘレナを無力化。

 その後、二人を引きずって、レームに頭を下げに行ったらしい。


「レーム先生、静かにめちゃくちゃ怒っててさぁ……」


「ペフゥ……レーム先生が……」


 指導室のアンネリーゼ・レームは前髪が短くてちょっと子どもっぽいが、優しくて親切な先生である。

 そのレームが討伐室に対し、静かに深く怒っていたらしい。



 * * *



 討伐室室長ハイドンは、金髪の大柄な男である。

 全身を無駄なく鍛え上げた戦士の風格があり、討伐室の室長に相応しい佇まいであった──が、ハイドンはその大きな体を縮こめてレームに頭を下げていた。


「……俺の部下が、すまなかった」


 いつも穏やかで人当たりの良いレームが、その時ばかりは腕組みをし、ジトリとした目でハイドン、フレデリク、ヘレナ、リカルドを睨んでいた。


「まず、ヘレナちゃん。古代魔導具使いとしての自覚が足りません。いたずらに後輩を傷つけることは、貴女の仕える神が望むことではないでしょう」


「はい、悲しいです……」


「本当に悲しいのは、貴女に傷つけられた人達です。私も悲しいわ。貴女を信じて生徒達を託したのに」


「…………」


 ヘレナは真っ青な顔で震え、「悲しいです」の一言すら言わなくなった。


「次にフレデリク君。魔法戦終了の合図を無視した挙句、ヘレナちゃんを暴走させるわ、余計に煽るわ……」


「それはヘレナが……」


「後輩を傷つけるのが貴方の本意?」


「…………」


「反省は?」


「……します」


 続いて、レームはリカルドを睨んだ。

 リカルドは暴走などしていないが、連帯責任ということらしい。


「自分も、叱られる感じすか……」


「二人の暴走を止められなかったことは、貴方の落ち度でもあるわ。一歩下がって傍観者に徹しすぎるのは、貴方の悪い癖ね。決断が遅い人間は、現場で判断を誤るわよ」


「……はい」


 討伐室の三人を叱った後、レームはハイドンに向き直る。

 レンが今までに見たことがないぐらい、冷ややかな顔だった。


「最後に、ハイドン室長」


「あ、あぁ……」


「今回の件は、後日書面にて、正式に抗議させていただきます」


「…………」


 ハイドンの背中には、哀愁が漂っていた。



 * * *



「まとめるとだ…………レーム先生、すげー怖かった」


 レンの統括に、ティアはペフゥ……と喉を鳴らす。

 上手く想像できないけれど、怒ったら怖いだろうな、というのはなんとなく分かる。レームは間違いなく、強い魔術師だ。


「まぁまぁ、君達のために怒ってくれた、良い先生じゃんか〜」


 医務室分室長のマイネが、椅子にもたれながらヘラリと笑った。そんな彼女の作業机はとても汚い。明らかに医薬品とは無縁のお菓子が散らばっている。

 ふと気になって、ティアは訊ねた。


「他の人は、医務室来なくて平気なの? フレデリクさんとか……」


「平気平気〜。討伐室は鍛え方が違うもん。お兄さんのほうのランゲ君、君のこと心配してねぇ、さっきまで医務室にいたんだよ。結局、おっかなおじいちゃんに引きずられていっちゃったけど」


「ピロロ……おっかなおじいちゃん?」


 首を傾げるティアに、マイネは食べかけのビスケットをサクサク齧りながら言う。


「第二の塔〈金の針〉のローヴァイン塔主のこと。ローヴァイン塔主は、昔指導室にいたこともあって、フレデリク君達はローヴァイン教室だったの」


 つまりはヒュッター教室における、ヒュッターとティア、レン、セビルのような関係であるらしい。

 ふと思い出したような顔で、マイネは付け足した。


「そうそう。おっかなおじいちゃんのローヴァイン塔主が、見習いさん達のこと褒めてたよ。ガッツがある。いつでも第二の塔に来いって」


 褒められたのは嬉しいが、フレデリクはさぞ複雑な心境だろう。

 なにせ、オリヴァーの討伐室入りを阻止したくて揉めたのが、この魔法戦の原因なのだ。


「他の見習いさん達は、教室で今日の講評を聞いてるんじゃないかな。歩けそうなら、顔出しておいでよ。メビウス首座塔主も来てるみたいだし。顔を覚えてもらうチャンスだよ〜」


 マイネの言葉にレンが「マジか!」と声をあげて、ベッドから降りる。


「ティア、急ごうぜ! 美少年を売りこまねーと」


「はーい。マイネさん、オジャマシマシタ」


 メビウス首座塔主──つまり、この〈楔の塔〉で一番偉い人で、女子会でロスヴィータが言っていた好きな人だ。

 ロスヴィータが言うには、メビウス首座塔主はとっても素敵な人らしい。

 二人は廊下を早足で歩き、いつも使っている教室を目指す。

 ところが教室が見えてきたところで、扉が開いて、中から大人達が出てきた。講評が終わってしまったのだ。

 教室から出てきたのは、指導室室長ヘーゲリヒと管理室室長リンケ……それともう一人。

 背の高い銀髪の男だ。年齢は四十代半ば。硬質な雰囲気と鋭い眼光。

 そして、腰には剣を下げていて…………。


「あの人がメビウス首座塔主だな。講評終わっちゃったのかぁー……ティア、挨拶だけでもしとこうぜ」


「ヴヴヴ……」 


 ティアの喉が低く震える。

 レンがティアを振り向き、不安そうに眉根を寄せた。

 きっと、今、ティアはとても恐ろしい顔をしている。恐怖と怒りと屈辱と、そして殺意を滲ませて。


「ティア?」


「……あいつだ」


 忘れるものか、あの絶望を。

 ティアの翼に振り下ろされた剣。あの剣だ。あの剣が、ティアの風切り羽根を切ったのだ。

 本来、風切り羽根は切り落とされても自然に生えてくる。

 だが、あの剣で切られた傷は治らない。切り落とされた羽は二度生えてこない。


「あいつが……わたしの羽根を切った人間だっ」


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