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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【18】すごいすごい(雑)


 ティアを小脇に抱えたフレデリクは、飛行魔術で泡を回避しながら低空飛行する。

 泡は一つ一つの動きは速くないが、とにかく量が多い。直線的な飛び方になるティアでは回避は難しいのだ。

 ティアの後方で泡がパチンと爆ぜる。ハルピュイアのティアは、人より魔力の動きに敏感だ。だから、あの泡の仕組みがなんとなく分かった。


(あれ、魔力を帯びた物を包んで、バァン! って弾けるんだ)


 だから泡は、リカルドが生み出した土の壁に集中的に集い、爆ぜていく。

 そして次に狙われるのが、魔力を帯びた人間──特に飛行魔術を使って魔力放出をしているフレデリクだ。

 ティアは小脇に担がれながら、フレデリクを見上げた。


「フレデリクさん、走って逃げた方がいいんじゃないかな?」


「そうだね、リカルド達に追いついたらそうする」


 泡が多い領域では、走るより飛行魔術で一気に脱出したい、という考えらしい。小回りの効くフレデリクだからこそできることだ。

 泡の多い領域を抜けて、木々の奥に逃げ込むと、前方を走るリカルド達が見えた。

 リカルドに先導されて走っているのは、レン、ユリウス、ロスヴィータ、エラ、ルキエ。

 獅子形態のアグニオールの背に乗っているのは、セビルとゲラルトだ。

 一行の背後からは、フワフワと泡が飛んできては、パチンパチンと音を立てて爆ぜていく。

 リカルド達に追いついたところで、フレデリクは飛行魔術を解除し、小脇に抱えていたティアを下ろすと、赤い獅子を見る。


「その精霊は契約石に戻した方がいい。大きな魔力反応があるほど、あの泡は集まってくる」


 セビルとゲラルトが赤い獅子の背中から下り、ユリウスが指輪を撫でて、「戻れ、アグニオール」と命じる。

 赤い獅子の姿が消えて見えなくなったところで、フレデリクはリカルドをジトリと睨んだ。


「……なんでヘレナのガードしなかったの」


「フレデリクさんが脱落寸前だから、フォローがいるかと思ってたんすよ。というか、ヘレナさんに攻撃当てたの、フレデリクさん……」


「不幸な事故だったね」


「ヘレナさんを攻撃しないでくださいって、見習いさんにお願いしたのに……フレデリクさんがぶち当ててちゃ、世話ないすよね」


 恨めし気なリカルドの言葉に、フレデリクは苛立ちを隠さず、片手で髪をグシャリとかいた。


「あぁ、もうっ、僕が悪かったよ。ヘレナなんてどうでもよくて、視界に入らなかったんだ」


「そういうこと言うから、ヘレナさんがますますキレるんすよ」


「ろくにフォローをしないで、のんびり観戦してたくせに……」


 走りながら恨み言をぶつけあう二人に、レンが「あのさぁ」と低い声で割って入る。

 頭脳派美少年は下唇を突き出して、フレデリクとリカルドを交互に睨んだ。


「な、ん、で……見習い相手の魔法戦で、古代魔導具なんてもん持ち込んでんだよ! 置いてきてくれよ!」


 正論である。

 見習い達の気持ちを代弁するレンに、リカルドがボソボソと謝る。


「すみません……宗教上の理由で、肌身離さず持ってないといけないらしいです。あの人、ラス・ベルシュ正教の聖女なので」


 ラス・ベルシュ正教、それがこの国の国教だということぐらいはティアも知っている。

 だが、聖女とはどういうものなのか。ティアには馴染みのない言葉である。

 役職の名前かなー、などとティアが考えていると、ロスヴィータがギョッとした顔で叫んだ。


「ラス・ベルシュ正教の聖女ヘレナ!? 嘘でしょ!? 確かにもう何年も話に聞かないけど……まさか、聖女ヘレナが〈楔の塔〉にいるなんて……」


 ロスヴィータだけではなく、見習いの殆どが驚いているのを見るに、聖女ヘレナとはかなりの有名人らしい。

 セビルが喉を仰け反らせて笑う。


「っはは! よもや聖女ヘレナがいるとは……まったく、〈楔の塔〉はわたくしを退屈させぬな!」


「ピロロ……聖女って、すごいの?」


 ティアはペタペタと走りながら、フレデリクを見上げて訊ねる。

 フレデリクは穏やかな笑顔に、なんとも言い難い苦味を滲ませた。


「ヘレナに、すごいって言葉使うの嫌なんだけど、まぁ、古代魔導具に認められた聖女だから、すごいと言えばすごいよね。うん、すごいすごい。性格終わってるけど」


 背後でパァン、パァン! と泡の爆ぜる音が響き、フレデリクがしかめっ面で耳を塞ぐ。

 魔法戦でヘレナを攻撃しないでほしい、とリカルドが頼んできた理由をティアは理解した。なるほどこれは、手に負えない。

 泡が爆ぜる音に負けない大声で、レンが叫んだ。


「あの古代魔導具の能力! オレ達、聞く権利あるよなぁ!?」


「〈嗤う泡沫エウリュディケ〉……魔力を帯びた物を包み、爆ぜる泡を大量に生み出す古代魔導具だよ」


 フレデリクは詠唱をし、背後に向かって風の刃を飛ばした。

 ティアはてっきり、風の刃が泡を切り裂くのだと思ったが、驚くことに風の刃を受けた泡は割れることなくグッとへこみ──そのまま、風の刃を中に取り込む。

 数秒後、その泡はバァンと音を立てて爆ぜた。泡の中に取り込まれた風の刃が周囲に飛び散る。


「ピョエェェェ……」


「爆ぜる時の威力は、泡で捕らえたものの魔力が多いほど強くなるんだ。僕の風は、そんなに高威力じゃないけど、それでもあれぐらい派手に爆ぜる。巻き込まれたらひとたまりもない」


 泡が炸裂した時の衝撃は、泡の内側にあるもの、外側にあるものの両方を傷つけるらしい。

 この手の物に疎いティアでも、それがいかに殺傷力が高いかぐらいは分かる。

 泡に閉じ込められても死、爆ぜる泡に触れても死。

 しかも魔力の多いものを狙うということは、真っ先に魔力量の多い魔物から狙うということだ。


 ──つまり、あれは対魔物用殺戮兵器である。


 ティアは、恐々とフレデリクに訊ねた。


「ピロロ……あの泡の攻撃……魔法戦の結界の中なら……死なない?」


「ちょっと保証できないかも。相手は古代魔導具だし……」


「ピヨッ。じゃあ、助けに行かないと」


 ティアの言葉に、周りの者がキョトンとする。

 どうやら皆、忘れているらしい。ティアは声を張り上げる。


「オリヴァーさん! 気絶してたもん。多分、逃げられてないと思う」


 フレデリクがピクリと頬を引き攣らせる。

 きっとフレデリクは、オリヴァーを助けることを良しとしないだろう。

 だから、ティアは勝手に行動することにした。


「わたし、オリヴァーさん起こしてくる! みんなは先行ってて!」


 ティアはペタペタ走りで、泡を大きく迂回してオリヴァーのもとへ向かう。

 ヘレナの泡は、魔力量の多い者や、魔力を放出している者から狙うらしい。つまり、気絶しているオリヴァーは、比較的狙われにくいはずだ。


(跳躍用魔導具を使ったら、多分、泡がこっちにきちゃう)


 だからティアは、魔導具を使わずにペタペタ走った。

 ところが少し走ったところで、長い腕がティアを捕まえて小脇に抱える。フレデリクだ。

 てっきり、ティアを連れ戻しに来たのかと思いきや、フレデリクは飛行魔術を発動して、オリヴァーのいる方向に向かった。

 飛行魔術の魔力に反応して泡が幾つか飛んでくるが、フレデリクの飛行魔術の速度には追いつけない。


「フレデリクさん、どうして……」


「ヘレナの暴走は僕のせいだからね。これぐらいの働きはしないと……」


 そこまで言って、フレデリクは無表情にボソボソと付け足す。


「……いや、やっぱヘレナの暴走はヘレナのせいだから、ヘレナが痛い目見ればいいのにとは思うけど」


 フレデリクはヘレナに対する不満を吐き出し、ティアを抱え直した。

 そうしてチラリと己の背後を見る。


「金髪の子とお姫様が、君を追いかけようとしたんだ」


 金髪の子とお姫様──レンとセビルのことだろう。

 二人とも、ティアのことを心配してくれたのだ。


「でも、ヘレナの泡を避けながらオリヴァーを回収するなら、少人数の方が良いからね。僕が行くと言って、説得したんだよ」


 ティアはペヴヴ……と声を漏らした。不満の声じゃない。

 ちょっと悪いことしてしまったな、と申し訳なく思っている呻きだ。


「フレデリクさんは、オリヴァーさんを助けるの嫌なんでしょ?」


「…………」


 ティアが飛び出したことで、オリヴァーを助けることをフレデリクに強要してしまった。

 そのことが、申し訳ない。


「無理しなくていいよ。わたし、オリヴァーさんを助けるって、自分で決めたから、自分でやるよ?」


 フレデリクはどこか困ったように、苦く笑っていた。

 彼は、オリヴァーに対して怒っている。だけど、きっと、それだけではないのだ。


「誤解しないでほしいんだけど」


「ピヨッ?」


「オリヴァーにきつく当たっているけど、本当は可愛がっているとか、大事に思っているとかじゃないんだ。好きとか嫌いとかじゃなくて、ただただ腹が立つ」


 そこまで言って、フレデリクはため息をついた。

 苦笑と苛立ちと、他にもいろんな感情をギュッと丸めて吐き出すみたいに。


「……腹が立つけど、それでも、何かあったら寝覚めが悪いんだ。嫌になるね、仲が良かったのなんて、子どもの頃だけなのに」


 自分の手で痛めつけて、骨の一本でもへし折って、家に送り返してやりたいぐらいに腹が立つのに、何かあったら寝覚めが悪いらしい。

 きっとフレデリクの中には、他人には見えない線引きがあるのだろう。


「ピロロ……寝覚めが悪いのは、良くないね」


「そうだね」


「じゃあ、フレデリクさんの安眠のために、オリヴァーさん助けに行こう!」


 ティアの提案に、フレデリクは「いいね、それ」と言って笑った。

 肩の荷が、一つ下りたような笑い方だった。

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