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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
122/199

【16】空に咲く、赤い花


 上空のフレデリクは見た。

 地面に落ちていくティアが、クルリと体を回して、足から地面に落ちるように体の向きを調節する。

 そして足から落下していくティアの真下で、ゲラルトが両手を体の前で組み、腰を落とした。

 ティアがゲラルトの手の上に着地する。


「ティア、頼んだぜ!」


「ピヨップ!」


 着地の一瞬、レンがティアに何かを渡す。今までの木製の筒とは違う、銀色の筒。

 ティアは銀の筒を握りしめて、跳躍用魔導具を発動した。

 そのタイミングでゲラルトが大きく腕を振り上げる。

 振り上げた腕の勢いと、跳躍用魔導具の力を借りて、ティアは今までにない速度で高く飛翔した。


 ──迎撃か、回避か。


 選ぶ余地など与えぬとばかりに、ユリウスがありったけの炎の矢を放つ。威力は最小限で、数を増やせるだけ増やしたのだろう。大量の炎の矢が、空を埋め尽くす。

 炎の矢を回避した先の空で、フレデリクは再びティアとあいまみえた。

 ティアが握っているのは銀の筒だ。中に丸めて詰めているのは、筆記魔術の紙。

 だが、ティアは筆記魔術の発動ができないはず。


(いや、待て……)


 ティア・フォーゲルと、エラ・フランクの二人は、筆記魔術の発動ができない。フレデリクはそう聞いていた──だが、どこで?

 ティアとエラの二人が筆記魔術の発動役になれない。それは、おそらく事実なのだろう。


 ……だが、その情報が意図的に流されていたとしたら?



 * * *



 高く跳躍するティアを見上げ、レンは祈った。


(決まれ決まれ決まれ──!)


 ティアに渡した銀の筒。

 あれもまた、ルキエが作った秘密兵器だ。効果は三つ。


 一つ、筆記魔術の紙に流し込む魔力量が適切になるよう調節する。これで、ティアでも筆記魔術の発動ができる。

 二つ、書き上がった筆記魔術の保存。筆記魔術は書き上がったら即発動する必要があるが、この筒に入れると数分だけ保存が効く。そして、魔力を込めれば任意のタイミングで発動できる。

 三つ、筆記魔術の威力を増幅する。


 あの銀の筒は、筆記魔術を強化するための魔導具である。

 ただし、これ一個を作るのに、まぁまぁ手間がかかる。なにせ金属製のれっきとした魔導具だ。

 大量には作れない。それなら、一個だけ作って切り札にすればいい。

 そのために、レンは意図的に噂を流した。


 ティア・フォーゲルと、エラ・フランクの二人は、筆記魔術の発動ができない──と。


 そうすれば、対戦相手はティアとエラは筆記魔術を発動できないと思い込む。

 案の定、ティアに攻撃手段がないと思い込んでいたフレデリクは、ティアの接近を許してしまった。


「ピヨップ! 美少年砲、ドッカーン!」


 ティアが筒に魔力を込めて、フレデリクのすぐそばで手放す。

 たちまち筒が発光し、そこから魔法陣が広がる。魔法陣に触れたフレデリクに雷撃が放たれた。

 レンが時間をかけて書いた高威力の雷撃を、魔導具で更に増幅したものだ。直撃したらひとたまりもない。


「──っ、ぎ、ぐぅ……」


 フレデリクは確かに感電したのだろう。

 だが、間一髪のところで、水の蛇が銀の筒を叩き落とした。ヘレナの援護だ。


「あぁ、見習い達の努力の結晶を……集大成をこの手で阻止する……心が痛みます……悲しいです……」


「悲しまなくていいよ、おねーさん」


 レンはニヤリと笑った。


「よく見ててくれよ。うちのリーダーの力作」



 * * *



 高威力の雷撃を、短時間だが喰らってしまった。

 フレデリクは痺れる手で槍を取り落とさぬよう、しっかりと握り直す。


(飛行魔術の持続時間が、残り少ない)


 飛行魔術はそれなりに消耗する魔術だ。このままだと、飛んでいるだけで脱落になってしまう。

 こうなったら、地上に降りるべきだろう。赤い獅子に乗ったセビルは脅威だが、そこはリカルドに頑張って防いでもらうしかない。

 やむをえず高度を下げたその時、視界の端に何かが見えた。今まで見た中で一番小さい水の魚は、その口に何かを咥えている。

 木の筒だ。そういえば、筒には全て水を弾く薬が塗ってあった。水が染み込まないように──全ては、この時のためだったのだ。

 ロスヴィータがとんがり帽子の縁を持ち上げ、高らかに告げる。


「エラ、見てなさいよ! あんたが書いた魔術で、派手に決めてあげる!」


 筆記魔術は魔力を込めてから、発動するまでにほんの少しだけタイムラグを作ることができる。

 おそらく、地上でロスヴィータが魔力を込めて、水の魚に咥えさせて飛ばしたのだ。

 ユリウスが放った大量の炎の矢は、この魚に意識が行かないようにするためだろう。


(ここは間違いなく、一番高威力の魔術が来る!)


 ヘレナの水の蛇が、筒とフレデリクの間に割って入った。ヘレナの水なら、多少は威力が緩和できるはず。

 フレデリクも筒に意識を向けて、回避体勢に入った。筒の中で紙が発光する。どんな魔術が来る、と思った瞬間、衝撃は背後から来た。

 焼けつくような痛み、削られる魔力。


「………………え」


 振り返り、見上げた空。ユリウスが放った大量の炎の矢が、一斉にこちらに向かってくる。


(あれは、牽制や目眩しのためじゃ……)


 そもそもフレデリクに当たるような軌道ではなかった物まで全て、一つ残らず、フレデリクに向かってくるのはどういうわけか。


(──この筒の魔術、()()()()かっ)


 それは魔力を引き寄せる魔術だ。ただし、高威力の魔術には使えない。

 発動が難しい割に、低威力の魔術でないと引き寄せられないので、実戦向きではないとされている弱い術。

 だが、周囲に低威力の攻撃魔術が大量に放たれている状態で使ったらどうなるか?

 大量の炎の矢がフレデリクに──正確には、フレデリクの近くにある筒に向かって集結する。



 * * *



 エラの書いた魔術が、ユリウスの炎の矢を集める。

 その光景は、大量の流れ星が空に赤い軌道を描きながら一箇所に収束していくようだった。エラが憧れた、とびきり派手な魔術だ。

 空を見上げ、エラは胸の前でキュッと拳を握りしめる。

 今はまだ、自分一人では派手で格好良い魔術なんてできない。

 この光景は、ユリウスの炎の矢と、ロスヴィータの水の魚の力があってこそだ。


(それでも……あの魔術式は、私が書いた)


 その事実が、胸を熱くする。

 これは、エラ・フランクが〈楔の塔〉で踏み出す最初の一歩だ。

 喜びを噛み締めるエラの横で、レンが得意気に呟く。


「決まったな、美少年砲」


「最終的には、エラが書いた誘導術式が決め手じゃない」


 ルキエの指摘に、レンはフフンと鼻を鳴らした。


「いーの。敵陣に筆記魔術の情報流したり、金属筒を囮にしたり、そういうオレ発案の小細工、全部含めての美少年砲だから」


「そうですね。レン君が沢山考えてくれたおかげです」


 エラは作戦会議を思い出す。

 作戦会議で、レンは次々とアイデアを出してくれた。


『ユリウスが終盤で、いきなり大量の炎の矢を出したら、何か来るな? って警戒されちゃうだろ。だから、序盤から牽制用の炎の矢をバンバン使ってほしい。低威力で分割数多いやつ。敵に、ユリウスは牽制役だって印象を植え付けたいんだ』


『ロスヴィータの魚はかなり操作精度高いし、筒を届ける役もできるけど、序盤は温存しようぜ。小さい魚を作れるのも隠しとこう。その方が不意打ちになるしさ』


『でっかい雷撃と、誘導術式、どっちも書くのに時間かかるから分担しよう。ゾフィーが雷撃、エラが誘導術式、オレは状況に合わせて使い分け。大丈夫、どっちの術式も完璧に真似……じゃなかった、完璧に書けるから』


『重要度の高い金属の筒や跳躍用魔導具は、いつでも出せるようにルキエが持っててほしいんだ。ゲラルトは筆記隊を守る時、貴重品持ってるルキエを優先的に防御。ルキエはもし脱落したら、さりげなく荷物をその辺に隠しておいてくれ。手の空いた奴が回収する』


『オレが美少年砲って叫んだら、それ陽動な。オレが美少年パワーで敵の意識を惹きつけてる隙に、エラとロスヴィータで誘導術式を打ち出してくれ』


 レンが出したアイデアに誰かが難色を示したり、ユリウスとロスヴィータが衝突しかけたりすることも何度かあった。そういう時、間に入るのがエラだ。

 レンがアイデアを出し、エラが全体をまとめ、現場では実戦に強いセビルが指揮を執る。

 今回はそういうスタイルに落ち着いたが、エラにはまだできることがあるはずだ。


(今までの私は、知識を集めることばかりだった)


 魔術に関する知識量だけなら、エラはレンよりずっと多い。

 だけど、レンは知識が足りずとも、試行錯誤と柔軟な発想で、やりたいことを叶える力がある。

 ただ知識を増やすだけでなく、その知識をどう活かすか──それが、次の自分の課題なのだとエラは思う。


(……嬉しいな)


 以前、魔法学校に通っていた頃は、何を課題にすれば良いか分からなくて、がむしゃらに知識を詰め込んだ。

 自分にできることを手探りする度、本当はできることなんてないんじゃないかと、不安だった。


(課題があるということは、可能性があること)


 絶対に諦めるものか。とエラは密かに拳を握り、己を奮い立たせた。



 * * *



 周囲に漂っていた小さな炎の矢が、一斉にフレデリクに降り注ぐ。ヘレナが水の蛇を飛ばしてフレデリクのフォローに入ったが、あれだけで防ぐのは無理がある。

 流石にこれはまずいと、リカルドは詠唱をし、斧の柄で地面を突いた。

 地面が隆起し、壁になる。フレデリクは飛行魔術を解除し、その壁の陰に身を潜めた。

 大量の炎の矢は、誘導術式を仕込んだ筒に向かって真っ直ぐに飛んでいるので、障害物があれば、身を守るのは難しくない。


(だけど、フレデリクさんはもう、飛行魔術を維持できない。脱落は時間の問題だ……)


 どうフォローに入るか悩んでいたら、振動を感じた。巨体の赤獅子が地を駆ける振動だ。

 リカルドは咄嗟に、セビルの進行方向にも土の壁を作る。

 だが、赤い獅子の上でセビルは不敵に笑った。


「わたくしに不可能はない! 跳べっ、アグニオール!」


「跳びますよ! 大きいお方──!」


 赤い獅子は高々と跳躍し、土の壁を乗り越える。

 跳躍する赤獅子と、その背で黒髪をなびかせ、曲刀を振り上げる姫──躍動感と力強さに満ちた、戦場を駆ける軍神の絵のようだった。



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