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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【15】ライバル二人、空の上


(戦闘中のフレデリクさんが、あんな風に笑うの、初めて見た……)


 討伐室側の魔術師リカルド・アクスは斧を担ぎ直し、目の前に広がる光景を眺めた。

 それなりにひらけていて、大型生物が走りやすい空間。それでいて、周囲には程よく木々が生えていて、そこにロープを張り巡らせることができる。

 見習い達がここに移動したのは、この布陣を作り上げるためだったらしい。確かにあの巨体の獅子は、木々が密集した場所では走り回れないだろう。

 あの獅子が走り回れるだけの広さがあれば、セビルの剣技が活きる。騎乗戦闘の強さは、わざわざ移動するだけの価値があるのだ。


(槍使いのフレデリクさんと、曲刀使いのセビルさん……この二人が魔術無しで地上で戦った場合、勝つのはフレデリクさんだ)


 だが、セビルが騎乗すれば、戦力差は一気にひっくり返る。

 剣の腕は良いが馬の扱いが下手な者、剣の腕はいまいちだが馬の扱いが上手い者。

 この両者が戦った場合、勝つのはどちらか──一般的に、勝つのは後者だと考えられている。リカルドも同感だ。それだけ、乗り物の力というのは脅威なのだ。

 アグニオールは炎霊としての力を発揮しなくとも、その巨体と移動速度だけで充分に脅威だった。そこにセビルの剣の勢いが乗ると、更に脅威が増す。一足す一が五ぐらいになるのだ。

 何よりセビルに勢いがつくと、全体の士気が上がる。彼女が先陣を切ると、それだけで仲間達の空気が変わるのだ。

 自陣を鼓舞する覇気と闘志。それは間違いなく彼女の才能だ。


(これでもう、フレデリクさんは飛行魔術を切らせなくなった)


 赤い獅子に乗ったセビルの機動力は脅威だ。地に足をつけたら、たちまち討ち取られてしまう。

 それでいて高い位置に飛ぼうとすると、張り巡らされたロープと、その間を跳躍するティアが飛びかかってくる。

 セビルとティアの攻撃は素早いが直線的だ。目が慣れれば避けるのは難しくない。

 だが、その間を縫うように、炎の矢と水の魚が曲線の軌道で攻めてくる。

 射出速度が速く、連射性能があるのは炎の矢。

 速度は劣るが一撃の威力が大きく、また生きた魚のように滑らかな動きをするのが水の魚。

 これら全てをフレデリクで捌ききるのは、流石に難しいだろう。

 リカルドは斧の柄を握り直す。


「……俺、そろそろ援護に入ります」


「あぁ、わたくしも支援をしなくてはならないのですね……悲しいです、とても……わたくし、悲しんでいるんですよ。本当に本当に悲しいんです……」


 あ、これマズイかもしれない。とリカルドは密かに顔を強張らせた。

 悲しんでいることを強調する時ほど、ヘレナは精神状態が良くないのだ。


 ──クスクスクス……クスクスクス……。


 どこからともなく、笑い声が聞こえる。耳をすまさないと聞こえない微かな声だ。

 その声を掻き消すように、ヘレナは「悲しいです、悲しいです」を繰り返す。


(残り十五分強……保ってくれるといいんすけど……)




 * * *



 地上でアグニオールに追い回されたフレデリクが、飛行魔術の高度を上げるのと同時にティアが動いた。


「ピョフフッ!」


 ティアが縄に足を引っ掛けクルンと回り、その勢いのまま高く飛ぶ──否、高く跳ぶ。

 あれは飛翔ではなく跳躍だ。

 下から追いついてきたティアが手を伸ばしてフレデリクの足を掴もうとする。


「残念」


 フレデリクはグルンと体を捻り、頭を下、足を上に、体を斜めに傾けた。

 そうして、不自然な体勢のまま勢いよく槍を突き出す。オリヴァーを撃ち落とした、捻れる風を纏った一撃だ。


「ピロロロロォ……!」


 ティアは空中でグッと膝を折り曲げ、攻撃をかわす。回避しても捻れる風がティアを巻き込み態勢を崩そうとする。だが、ティアは両腕を広げ、グッと胸を張って体を回す。

 フレデリクの渦巻く風と、反対方向に体を回すことで対抗したのだ。そうして足を下に、安定した体勢のままロープの下に落ちる。


「……やるね」


 避けられたのに、不思議とフレデリクの心は高揚していた。

 飛行魔術なんて、逃げるために身につけたのに。戦うのなんて好きじゃないのに。

 空を飛ぶことを競い合うのが、この魔法戦の時間が──楽しい。

 足から落下したティアは、ロープの上に着地、そしてまた跳躍する。だが、今度の跳躍はフレデリクに届かない。


(さぁ、どうするの。ライバルさん?)


 ティアがグッと体を縮め、伸ばす。伸ばした瞬間に合わせて跳躍用魔導具を発動。

 まるで空中に見えない足場があって、それを踏んだかのように、ティアは大きく跳躍した。

 二段ジャンプ──誰にでもできることじゃない。

 跳躍用魔導具が最も強く発動する瞬間に合わせて体のバネを伸ばし、そしてバランスを取る。奇跡のような技だ。


「ピヨッ! 捕まえ、たぁ」


 ガクン、と槍が傾く。

 ティアはフレデリクの槍を回避し、そのまま素足で槍の柄を掴んだのだ。

 さながら、鳥が止まり木に足をのせるかのように。


「器用なことするね」


「ピロロ……この状況で飛んでられるフレデリクさんがおかしい! すごい!」


「この状況で槍にとまれる、君もね」


 ティアは奇跡のようなバランス感覚で、槍の柄にとまっている。

 一方フレデリクは、飛行魔術と槍の穂先への魔力付与で二手使っている状態。

 槍を手放し、ティアごと地面に落とすという手もあるが、自分が丸腰になってしまう。

 フレデリクが槍を握ったまま飛行魔術で旋回し、ティアだけを振り落とそうとする。ティアは槍の柄に足の指で止まったままフレデリクに手を伸ばす。その指先が掠めたのは、フレデリクの腕輪だ。


(なるほど……腕輪を外したら、どれだけ魔力が残っていても脱落だ)


 フレデリクは素早く腕を引っ込めた。ティアの指先が空を切る。


「ぺうっ、残念……ぺふふふふ」


 残念と言いながら、ティアは笑っていた。楽しそうに。

 気がつけばフレデリクも笑っていた。魔物に向ける憎しみに満ちた笑みとは違う笑い方で。


「ふふっ、惜しかったね、ライバルさん」


「ぺふふふふ、もういっかーい! たぁっ!」


「はい、残念」


 空中でもつれあう二人に、水の魚が飛来した。ロスヴィータの魔術だ。術者から離れるので威力が落ちるが、ここは狙い目だと考えたらしい。


(正解)


 見習い魔術師の中でも近接戦闘をするのが、ティア、オリヴァー、セビル、ゲラルトの四人。

 この四人がフレデリクと近距離戦闘をしている時、ユリウスは攻撃をしてこない。仲間に誤射する可能性があるからだ。

 だが、ロスヴィータの魔術は、とにかく操作精度が抜きん出ている。


「──穿ちて施せ!」


 ロスヴィータが小枝を追加で投げた。三匹の水の魚が、フレデリク目掛けて飛んでくる。

 フレデリクは槍にティアをぶら下げたまま、ため息をついた。


(……見習い達はこんなに頑張ってるのに、こっちの仲間ときたら……)


 地面から大きな水柱が伸びる。噴水のように湧き上がる水は、その先端がパッと細かく裂けて細い水の蛇になった。ヘレナの魔術だ。

 水の蛇が素早い動きで、水の魚をからめとる。

 同時に、リカルドが詠唱をして斧の柄で地面を突いた。

 地面が隆起し、セビルと赤い獅子の進行方向に土の壁ができる。これには流石に、獅子の猛進が止まった。


(……仕事を始めるのが遅いったら)


 胸の内でボヤキながら、フレデリクは槍の付与魔術を解除。

 飛行魔術を維持しながら詠唱をする。


ティア(この子)には、攻撃手段がない)


 フレデリクは積極的に情報収集をしたわけではないが、見習い達の情報はある程度把握している。

 見習い達は筆記魔術を主武器としている。紙に魔術式を書き、筒に詰め、魔力を込めて投げつけるという手順だ。

 だが、この「魔力を込める」という作業をできない者が二人いるという。それが、ティアとエラの二人だ。


(どこで聞いたんだっけ……まぁ、いいや)


 残りの魔力量を考えると、レンとゲラルトは脱落寸前。魔力を込める余裕も無いはず。

 ユリウスとロスヴィータは自分の魔術で手一杯。実質、筆記魔術に魔力を込められるのはルキエだけ。

 筆記隊は、ほぼ機能していないと考えて良いだろう。


(ならば高度を落としてでも、遠距離攻撃の二人を先に仕留める……!)


 詠唱が終わった。フレデリクは槍にしがみついているティアに、風の塊を叩き込む。だが、攻撃が当たる直前にティアは槍の柄からヒラリと落ちた。

 見える範囲にロープはない。このままだと墜落してしまう。先ほどのように空中二段跳びで対処できるかもしれないが、念のため風の魔術で助けるべきだろうか?


(いや、落下地点に誰かいる。あれは……)


 前髪の長い黒髪の少年ゲラルトと、金髪の少年レンだ。

 あの二人は残り魔力量が少ない。できることなど、殆どないはず。


「ティア、書き上がったぜ! ぶちかませ、美少年砲!」

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