表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
一章 楔の塔
12/185

【12】野ウサギさんの如く

〈楔の塔〉入門試験最終日の昼前、試験会場である森の出口には、試験官と合格者達が集っていた。

 同じく合格者であるモジャモジャ赤毛のジョン・ローズは切り株に腰掛けて、合格者の顔ぶれを見回す。

 今のところ、合格者は彼を含めて八人だ。その中に、試験前に言葉を交わした少女──ティアの姿はない。


(あの子、間に合わなかったのかなぁ)


 試験終了まであと十分。

 間に合って欲しいなぁ、と森の方を見ていると、「ねぇ」と背後から声をかけられた。

 振り向くと、まっすぐな金髪にターバンを巻いた、細身の女が佇んでいる。

 身につけているのはゆったりとしたズボンと、袖が細くポケットの多い上着だ。腰に下げたポーチからは、工具の柄が覗いている。


「やぁ、君は……」


「ルキエ・ゾルゲ。試験の時はどうも。ローズさん」


 ルキエは試験初日に森の中で出会った受験者だ。

 見るからに華奢な彼女は、他の受験者に襲われていて、そこをローズが助けに入ったのだ。


「いやぁ、オレ、防御結界しか使えないから、役に立てて良かったぜ」


 ルキエを襲った受験者が攻撃魔術を使ってきたので、ローズは敵が諦めるまで、ひたすら防御結界で攻撃を防いだ。彼がしたのは、本当にそれだけなのだ。


「寧ろ、オレの方こそ助かったよ。君が作ってくれた(、、、、、、)鍵のおかげで、すぐに金庫を開けられたから」


 ルキエは魔術こそ使えないが、魔導具職人志望で非常に手先が器用だった。

 そんな彼女は適当に拾った木を削って、僅か数時間で円形の鍵を作ってくれたのである。

 鍵がないなら作ればいい──実に盲点であった。

 ローズは、ルキエが金庫を開けて〈楔の証〉を手に入れるまで護衛し、森の入り口まで見送った後、ルキエから使用済みの鍵を受け取って、別の金庫を開けたのだ。


「あの時は、ありがとな!」


「どういたしまして」


 朗らかなローズの礼に、ルキエは素っ気なく返す。

 森の中で行動を共にした時もこんな感じだった。ルキエはあまり愛想が良くないのだ。だが、ローズはあまり気にしていなかった。

 鍵が完成した時、「私が先に〈楔の証〉を手に入れるけど、いいの?」とわざわざ確認する辺り、真面目な良い奴なんだなぁと思っている。

 ローズは真面目な良い奴が大好きだ。


「それより、訊きたいんだけど。貴方、この場所に戻ってきたのは、いつ頃?」


「えーっと、二日目の午前だったかな」


「……だったら、森で一晩明かしているのよね?」


 ルキエは周囲を見回し、他の者と距離があることを確かめてから、ローズの隣に腰を下ろす。

 そして、小声で訊ねた。


「夜になると森に魔物が現れた……って噂を聞いたんだけど、私、初日の日暮れ前に合格したから見てないのよ。貴方は見た?」


「あっ、見た見た。羽の生えた蛇! あれ、すっげーカッコ良かったなぁ」


「…………」


 能天気なローズの言葉に、ルキエは呆れ顔で閉口した。

 野宿をしている最中に現れたその蛇に、ローズはビックリこそしたが、それほど危機感は覚えなかった。

 あれは受験者を襲うためではなく、脅すために徘徊させているのだと、すぐに気づいたからだ。流石にこちらから襲いかかったら、反撃ぐらいはされていたかもしれないが。


「なんか、目撃証言がバラバラなのよね。羽の生えた蛇を見たって奴もいれば、あっちの……ほら、灰色のローブを着た眼鏡の子は二足歩行の獣だった、って言うし」


 ルキエが言うには、その魔物と遭遇して、試験を棄権した者も複数いるらしい。


「それに、なんだか、試験官がバタついているのよ。さっき、試験官じゃない〈楔の塔〉の魔術師が、複数森に入っていくのを見たわ」


「えぇっ、じゃあ、なんか良くないことがあったのかなぁ……」


 心配になったローズが森の方に目を向けると、森の奥から人影が見えた。ギリギリで間に合った合格者だ。


(あれは……)


 姿を見せたのは、槍を手にし、薄茶の髪を逆立てた長身の男──再々々受験の男、通称〈赤き雨〉のオリヴァー・ランゲだ。

 試験官のヘーゲリヒが、オリヴァーに声をかける。


「〈楔の証〉はあるかね?」


「険しき道を跳び越えて、この手に掴みし栄光の証、それはここに……」


 オリヴァーが懐から、スッと何かを取り出す。食べかけの携帯食糧だ。

 ヘーゲリヒが黙り込む。

 オリヴァーは何事もなかったかのように右手を懐に戻し、今度こそ赤胴色のメダルを取り出した。


「険しき道を跳び越えて、この手に掴みし栄光の証……」


「二回も言わなくて良いのだよ。確かに本物だ。間もなく終了時刻となる。そうしたら合格者への説明を始めるから、その辺にいたまえ」


 オリヴァーは辺りを見回し、ローズに気づくと、切れ長の目を少しだけ見開く。

 ローズは親しげに片手を持ち上げた。


「やぁ」


「赤きモジャモジャよ、お前も受かったか」


「ジョン・ローズだよ。さっきの口上カッコ良かったな! でも、なんで『険しき道を跳び越えて』なんだい? 乗り越えて、の方が自然じゃないかな」


 ローズの疑問に、オリヴァーは小さく首を横に振る。


「否。跳び越えたのだ。野ウサギさんの如く」


「そっかぁ。なんか可愛いな、野ウサギさん」


 のんびり言葉を返していると、試験官のレームが天幕のそばに設置した鐘に向かうのが見えた。いよいよ、試験終了の鐘が鳴るのだ。

 だが、レームが鐘から伸びる紐に手を伸ばすより早く、森の方から声が聞こえた。


「ピヨッ、ピヨッ、ピヨッ」


 歌うような節をつけた声の合間に、フゥフゥと苦しげな呼吸音がする。

 森の奥から姿を見せたのは白髪の少女──ティアだ。

 驚くことに、その華奢な背中に金髪の少年と黒髪の女の二人を背負っている。

 ティアは森を抜けると、ふぃーっと息を吐いて、己の体に巻きつけていた蔦をガジガジ噛んだ。

 蔦がブツリと切れると、背負っていた二人の体がズルリと傾く。

 ティアは二人の体が地面に落ちないよう支えながら、ヘーゲリヒに宣言した。


「ピヨップ! 〈楔の証〉持ってきました! 三つ! ちゃんと、わたしもレンもセビルもある!」


 ティアは背負っていた二人を地面に座らせる。すると、二人とも苦しげに呻きながら薄く目を開けた。


「あーくそ、全身痛ぇ……おいティア、貴重な苦しげ美少年だぞ。これは金取る価値のあるやつだから、しっかり目に焼き付けとけ……」


「それだけ喋れるなら、問題あるまい。ティア、あの黒い獣は……」


 黒髪の女が、掠れた声でティアに訊ねる。

 黒い獣、の一言にこの場にいる何人かが反応した。その一人であるヘーゲリヒが素早く三人の〈楔の証〉を確かめる。


「ふむ、確かに本物だ。合格を認めようじゃないかね。レーム君、鐘を」


 ヘーゲリヒに促され、レームが天幕付近に設置された鐘を鳴らす。

 リィン、リィンと澄んだ音が、周囲に響き渡った。



 * * *



 美少年とは、苦しむ姿も美少年なのである。

 ──という信念に則り、全身の痛みに唸りながら、苦しむ美少年をしていたレンだったが、リィンリィンと響く鐘の音でハッと我に返った。


「……ここ、どこだ?」


「集合場所。わたし達、合格したんだよ、レン」


 身を起こしたレンの前で、しゃがみこんだティアがニコニコしながら言う。

 合格。〈楔の塔〉の入門試験に合格した。杖もローブも魔術の知識もない、この自分が。


「マジか……マジかぁ……」


 思わず顔をクシャクシャにして喜ぶレンと、しゃがんでニコニコするティア。

 そんな二人の肩を、セビルが抱き寄せる。セビルの顔には誇らしげな笑みが浮かんでいた。


「ティア、よくぞここまで運んでくれた。深く感謝する。レンも、あの魔物の攻撃から、わたくしを庇おうとしたのだろう? 二人とも、ありがとう」


「えっへへへへ。頑張ったよ! おんぶって大変だねぇ」


「おんぶぅ!? オレ達のことおぶってここまで来たのか?」


「うん。でも、セビルは背が高いから、足引きずっちゃった。ゴメンネ!」


「構わぬ。よくぞ、ここまで辿り着いた。褒めてつかわす!」


「褒められた! やったぁ!」


「お前、どんだけ力持ちなんだよ……」


「レンより力持ち!」


「オレは非力で良いんだよ、美少年だから!」


 三人が地面に座り込んで笑い合っていると、頭上でオホンと咳払いが聞こえた。

 試験官のヘーゲリヒだ。


「喜びを分かち合っているところ悪いがね、これより〈楔の塔〉に関する重要な説明を行う」


 ヘーゲリヒはその場にいる合格者達を見回す。

 その人数は合計十二名。


「諸君らは確かに、この試験に合格した。〈楔の塔〉への入門を認めよう。ただし、本当に門を潜るかを決めるのは、〈楔の塔〉の役割を聞いてからにしたまえ」


 なんだそれ? とレンは眉根を寄せる。

〈楔の塔〉の役割とは、旧時代から現代に至るまでのありとあらゆる魔術を収集、保護、そして研究するものではなかったのか。

 ふとレンの頭に、この試験で遭遇した魔物──羽の生えた蛇と、黒い人狼が過ぎる。

 蔵書室室長リンケは言った。


 ──魔物はいますよ。今も、まだ。


 ──そのことを理解してもらうための、試験です。


 多分、それと無関係じゃない。

 コクリと唾を飲むレンを、ヘーゲリヒが見下ろした。丸眼鏡が逆光で白く輝き、妙な凄みを与える。


「これからする話を聞いて、合格を辞退したくなったのなら、それも結構。寧ろ、私はそれを大いに推奨するがね」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ