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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【13】〈煙狐〉の偉い人見極めタイム

 ユリウスの契約精霊アグニオールが姿を現すのと同時に、観戦室の空気が変わった。

 三流詐欺師〈煙狐〉もといヒュッターは、アグニオールに驚くような表情を取り繕いつつ、こっそり周囲を観察する。


(全体的に年配者ほど驚いてる印象だな。そりゃそうか。あの炎霊はザームエル・レーヴェニヒの契約精霊……ザームエルを知ってる奴は驚きの種類が違う)


 今この場にいる重要人物は、首座塔主メビウス、首座塔主補佐ミリアム、第一の塔〈白煙〉塔主エーベル。

 そして室長クラスが、指導室室長ヘーゲリヒ、討伐室室長ハイドン、管理室室長カペル、蔵書室室長リンケ。


 ──以上七名。


 メビウス、ミリアム、エーベルは特に動揺を見せない。動揺を隠しているというより、元からユリウスがアグニオールを連れていることを想定していたのだろう。ユリウスが身につけている年不相応の指輪を見れば、気づく奴は気づく。

 カペル老人は「ほぅ、盛り上がってきよった」と気楽なもので、純粋に観戦を楽しんでいるように見える。

 最年少室長である討伐室のハイドンは、純粋に見習い達の健闘ぶりに感心していた。


(分かりやすいのは、二人……)


 指導室室長のヘーゲリヒ。蔵書室室長リンケ。

 二人とも強張った顔で、白幕に映る赤い獅子を凝視している。

 この二人は四十歳前後で比較的歳が近い──亡き、ザームエル・レーヴェニヒとも。

 だからこそ、アグニオールの脅威を知っているのだろう。

 その反応の違いを見て、三流詐欺師〈煙狐〉は確信した。


(やっぱり、探りを入れるなら室長じゃ駄目だな。情報持ってんのは、間違いなく塔主達だ)


 塔主達は常にユリウスの動向を把握しているのだ。だから、アグニオールを見せた程度では動揺しない。


(といってもまぁ、塔主達は一筋縄じゃいかなそうな連中ばっかだが……どこから着手したもんかなぁ……)


 思案している間も戦局は動く。

 真紅の獅子に乗って駆け回るセビルと、曲刀の攻撃を飛行魔術でかわして隙を狙うフレデリクの攻防が映し出された。

 それを見ていたヒュッターは、ふと気づく。


(うちの教室の生徒…………優秀じゃね?)


 現時点の脱落者は、レーム教室のゾフィー。ゾンバルト教室のローズ、オリヴァー。アルムスター教室のフィンの四人だ。

 ヒュッター教室の三人は、まだ脱落していないのである。


(やるじゃん、あいつら。これはレーム先生あたりが、めっちゃ褒めてくれそうだな……よし、その時はどう切り返すか考えよう)


『ヒュッター教室の生徒さんはすごいです! 優秀なんですね!』


 脳内レームが尊敬の目を向けてきたので、脳内ヒュッターは落ち着きのある大人の態度でこう返した。


『いえいえ、優秀なのはあいつらですよ。自分はただ、よく考えて準備をしろと教えただけです』


 これはなかなか良い感じだ。

 だが、謙遜しすぎても嫌味になるし、浮かれたオッサンと思われない程度に喜んでおくべきか……などと大真面目に思案していたら、背後で扉の開く音がした。

 入ってきたのは二人──共に高齢の男女だ。カペル老人と同世代だろうか。

 男の方は筋肉質で大柄。白髪を短く刈った強面の老人だ。ローブは左の袖がダラリと垂れて揺れている。隻腕なのだ。

 老婦人の方は中肉中背。白髪を短く切りそろえており、こちらもキリリとした雰囲気を漂わせている。歳の割に姿勢が良く、歩き方からしてキビキビした雰囲気だ。

 ヒュッターの横の席で、ゾンバルトが小声で囁く。


「やぁ、凄いなぁ。ローヴァイン塔主と、アルト塔主じゃないですか」


 第二の塔〈金の針〉塔主ローヴァイン。

 第三の塔〈水泡〉塔主アルト。


 まさかの大物の登場である。〈楔の塔〉のトップ勢揃いではないか。これには流石のヒュッターも驚いた。

 ローヴァインは大きな体でノッシノッシと前に進み出て、白幕を一瞥する。

 そして、そこに映し出される光景に舌打ちをした。


「フレデリクの野郎ぉ……ぬるい戦い方しやがって」


 ローヴァインは凄みのある顔で白幕を睨み、吠えた。


「フレデリィィィーク! てめぇ、やる気あんのかゴルァァァ!!」


 その怒声たるや、まさに咆哮。

 ビリビリとガラスを震わせる大声に、室内の魔術師達が固まる中、アルトが呆れ顔をした。


「お黙りよ、ローヴァイン。これは向こうの景色が見えるだけで、こちらの声は届いていない」


「ちぃっ」


 ローヴァインはノッシノッシと窓に近づく。そのゴツい手が窓に伸びたのを見て、アルトがため息をついた。


「そこから森に向かって怒鳴ろうなんて、考えていないだろうな、ローヴァイン?」


「届かせる自信があるぞ」


「やめてくれ、耳が馬鹿になる。いいからさっさと座りなさい。図体デカいんだから、後ろの席にな」


 他の魔術師達が席を譲り合い、ローヴァインに前方の席を勧めようとした。だが、ローヴァインはそれを断り、大人しく一番後ろの席に座る。

 それにしてもデカい。横幅など、ヒュッターの二倍とまではいかないが、一.五倍ぐらいはあるのではないだろうか。

 ローヴァインをいさめたアルトは、前方の席に近づく。

 てっきり首座塔主であるメビウスか、〈白煙〉塔主のエーベルのそばに座るのかと思いきや、彼女が座ったのは適当なヤジを飛ばしているカペル老人の隣の席だった。

 二人は特に挨拶をするでもなく、自然と会話を始める。先に口を開いたのはアルトだ。


「今年の見習いが作った物の目録を見たぞ。随分と色々作っているようじゃないか」


「まぁ、飛行用魔導具は殆どワシの功績じゃがな、ガッハッハ!」


「画板の盾と、筆記魔術を保護する筒は想定外だった」


「地味でつまらん子どもの工作じゃろ?」


 含みを持たせるカペルに、アルトは余裕のある大人の態度で返す。


「需要のある物を作れるということだろう。お前はそれを『金になる』と喜ぶんじゃないか、カペル?」


「かーっ、馬鹿言え! 筆記魔術で戦う奴なんざ、見習い中の見習いぐらいだ! 金になるもんか!」


 二人の関係は、塔主と室長。アルトが上司で、カペルが部下だ。

 だが、二人の会話には長年の友人同士のような砕けた雰囲気がある。


 ──とここまで観察し、ヒュッターは考える。


 今ここには、〈楔の塔〉の頂点五人が揃っている。

 自分は、どの塔主とお近づきになるのが正解か?

 ヒュッターは真剣な顔で白幕を眺めつつ、脳内で決めポーズを取った。


『〈煙狐〉のぉぉぉ、偉い人ぉ見極めターーーーイム。プルルルルルルルル(唇を震わせる音)パパパパーン! フゥー!』


 脳内〈煙狐〉が、巻き舌気味に捲し立てる。


『まずはエントリーナンバー1! 〈楔の塔〉のトップ、首座塔主のメビウス──! 古代魔導具〈離別のイグナティオス〉とかいうデカい剣持ってる美形オジサンだ。若かった頃は絶対モテたな。今もモテる絶対モテる。ただ、クールすぎてとりつく島もねぇ。よほど信頼した相手でないと、心を開かないと見たぜ!


 エントリーナンバー2! 首座塔主補佐ミリアム──! 修道服のお堅い美人! 鋼の心の堅牢さはメビウス塔主以上! 正直俺的に、一番手強いのはこの人だと思うね。ヤバい女の匂いがするぜ。賭けても良い。この女は落とせねぇ』


〈煙狐〉は面倒臭いことほど馬鹿馬鹿しく盛り上げて、乗り切りたくなる性分だった。

 こんなの、脳内で馬鹿騒ぎしないとやってられない。


『さぁ〜、ここからは〈白煙〉〈金の針〉〈水泡〉の塔主達を紹介だ。エントリーナンバー3、第一の塔〈白煙〉塔主エーベル! いつもニコニコ温和なおばちゃんに見えるが、果たしてその本心は! 正直俺は、食えないおばちゃん説に一票だ! 特大問題案件(セビル)を俺に押しつけたしな!


 エントリーナンバー四、第二の塔〈金の針〉塔主ローヴァイン! 隻腕のクソデカパワフル大声ジジイだ。ビンタ一発で魔物殺せるんじゃね、あれ? 握手で手ぇ握り潰されない? 片腕なくすまでは、前戦でゴリッゴリに魔物狩りしてた古参の強豪だぁ──!


 エントリーナンバー五、第三の塔〈水泡〉塔主アルト! クソ強ジジイのローヴァイン塔主や、クセモノジジイのカペル室長をやり込められる女傑だ──! 俺の調べだと芸術家肌らしいが、あの独特の落ち着き……簡単には手のうち見せないタイプだな。


 さぁ〜、〈楔の塔〉の大物全員が出揃ったぜぇ! これから始まる〈煙狐〉さんの大物攻略タイムをお楽しみに! イェア!』


 ……と、脳内で盛り上げるだけ盛り上げて、現実のヒュッターは冷静に結論を出した。


(まぁ、アルト塔主が無難かな。カペル室長とのやりとり聞いてる感じ、割と見習い達に好意的っぽいし)


 塔主をしている人間なんて、どいつもこいつも腹芸に長けているに決まっている。

 愚鈍なのか賢しいのか、いまいち読めない相手より、狡猾と分かりきっている相手の方がやりやすい。

 さぁ、三流詐欺師〈煙狐〉の仕事の時間だ。



 * * *



 遠視の魔術で魔法戦の会場を観察しながら、ダマーは密かに苛立っていた。

 フレデリクの槍がティアを貫くタイミングで魔法戦用の結界を解除したいのに、なかなかチャンスがやってこない。


「フレデリクの野郎め……」


 チャンスが来ないのは、見習い共が弱すぎるせいだ。

 だからフレデリクは手加減をし、見習い達が痛い思いをしないようにと攻撃方法に気を遣っている。


(どいつもこいつも、甘っちょろいんだよ!)


 つい先ほど、ティアと組んで飛行魔術を使っていたオリヴァーが脱落した。

 このままティアが戦闘に参加しなくなれば、いよいよチャンスは失われてしまう。


(もう少し粘れや、白髪娘ぇ……!)


 理不尽なことを願いながら、ダマーはティア・フォーゲル殺害のチャンスを待ち続けた。


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