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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【12】渦巻く風、駆ける獅子

「うぉぉぉぉ、兄者ぁぁぁぁ!」


 上空で騒ぐ弟に飛行魔術で迫りながら、フレデリク・ランゲは考える。

 恐怖を知らぬという弟は、背中に乗せた少女が怪我をすることも恐れぬのだろうか、と。


(お前は愚かだよ、オリヴァー)


 恐怖を失くした人間が、仲間を巻き込んで自滅するなんて笑えない。

 フレデリクは槍の穂先から風の刃を放った。不可視の風の刃は回避の難しい代物だ。だが、オリヴァーは旋回してそれをかわす。

 風を読んだのだ。おそらく、背中のティアが。

 管理室のウィンストン・バレットが、ティアの風を読む才能はフレデリク以上だと言っていたが、あながち誇張ではないらしい。


(あの二人の合体飛行は、高度の調節をオリヴァーが、それ以外はあの子が担っている……)


 つまり、どちらかが欠けても駄目なのだ。

 更に言うなら、飛行用魔導具は消耗の激しい魔導具だ。おそらく、あと十分弱しかもたないだろう。

 あと十分程度、空を飛び回っているだけで、あの二人はほぼ無力化できる──が、それでは駄目だ。

 徹底的な敗北を、弟に知らしめてやらなくては。

 フレデリクは槍を握り、詠唱をする。

 これは、極めて殺傷能力の高い魔術だ。直撃を避けても、人間の腕ぐらい軽く捩じ切れる。

 魔法戦用の結界の中では、流石に腕が捩じ切れることはないだろう。

 それがフレデリクは残念でならなかった。

 どうせなら、腕か足の一本でももいでやれば、オリヴァーも大人しくなるだろうに。



 * * *



 フレデリクが詠唱を始めた途端、ティアの首の後ろがチリチリとした。

 風が、魔力が、フレデリクの槍に集まっているのを感じる。


「オリヴァーさん、怖いのがくるよ」


「一度高度を落とし、急上昇して回避するか?」


「ピロロロロ……うん。それでいこう」


 ティアとオリヴァーは合体飛行という手段を取ることで、それなりに上手く飛べている。

 だが、フレデリクは「それなり」ではないのだ。

 ティアは基本的に風向きを無視しない。風に乗る飛び方をする。

 一方フレデリクの飛行魔術は、風向きを問わず──まるで、風を切り裂くように飛ぶのだ。

 ただ風に乗って旋回しただけでは、回避できない。きっとフレデリクに先回りされてしまう。

 オリヴァーが提案通り、高度を落とした。だが、フレデリクは槍を構えたまま、ピタリと空中静止して動かない。それなのに、ゴゥゴゥと強い風が彼の周囲で渦巻いている。


(グルグルしてる風……これ、良くない!)


 首の後ろのチリチリが最高潮になる。

 このままでは駄目だ。回避できない。

 ハルピュイアの勘がそう告げるのと、フレデリクが動き出すのはほぼ同時だった。

 オリヴァーの斜め上から、フレデリクが凄まじい速度で突進してくる。

 オリヴァーはそれを真上に急上昇して回避しようとした。だが、急降下したフレデリクが信じられない角度で急上昇してオリヴァーに追いつく。

 槍の穂先がオリヴァーの側面を掠めたその時、何かが捻れるのをティアは感じた。

 フレデリクの槍を螺旋状の風が覆っている。それは触れずとも、近づくだけでオリヴァー周辺の風を歪めた。

 グルンと視界が回る。オリヴァーの体が空中で回転したのだ。


「ぐぅっ!?」


 オリヴァーが低く唸りながら、体勢を整えようとする。だが、彼は空中での回転に慣れていないのだろう、すぐに体勢を直すことができない。

 ティアは大きく両手を広げた。オリヴァーにできずとも、ティアにはできる。


「ルルルァァァアア!」


 ぐんと胸を張り、ティアは体勢を立て直した。

 だが、風に乗れない。フレデリクの渦巻く風の影響で、周囲の風が乱れている。

 体勢を立て直すのに必死のオリヴァーとティアに、フレデリクは容赦なく槍を振るった。

 穂先がオリヴァーの脇腹に触れる。魔法戦は攻撃を受けても怪我こそしないが、痛みはあるのだ。オリヴァーがくぐもった声で痛みに呻いた。

 フレデリクがボソリと呟く。


「今の、魔法戦でなかったら、胴体抉れてるよ」


 更に一撃。槍がオリヴァーの脛に直撃する。


「今のは、足が捻じ切れてる」


 攻撃を受ける度に渦巻く風の影響で、オリヴァーの身体が傾く。

 ティアが必死に体勢を立て直して、なんとか飛んでいる有様だ。


「仲間の力を借りれば、僕に勝てると本気で思ってる? ……お前ごときが」


 押し殺した声に滲むのは、本物の怒りだ。

 フレデリクは本当に、心の底から、オリヴァーに腹を立てている。

 その怒りは、彼の振るう槍からも伝わってくる。


「実戦なら、お前はとっくに死んでるんだよ」


 だから諦めろ、とフレデリクは言外に告げている。

 ティアはピロロと喉を鳴らした。


「……それじゃあ駄目だよ、フレデリクさん」


「うん?」


 フレデリクは怒りを突きつけることで、〈楔の塔〉から弟を追い返したいのだろう。

 それが優しさ故にか、苛立ち故にかは分からない。

 ただ、これだけは言える。


「だって、オリヴァーさん。これっぽっちも震えてない」


 背負われているティアには、オリヴァーの顔が見えない。

 それでも、オリヴァーが恐怖に顔を歪めてはいないという確信があった。

 ティアの呟きに応じるみたいに、オリヴァーは高らかに叫ぶ。


「やはり、兄者は強いな!」


「これ以上の会話は無駄だね………………落ちろよ、愚弟」


 フレデリクが槍を構えて突進してくる。

 まさにそのタイミングで、レームの声がした。


『オリヴァー・ランゲ脱落! 速やかに飛行魔術を解除して、離脱しなさい。それ以上の攻撃は認めません』


 どうやら、先の攻撃でオリヴァーは相当魔力が削られていたらしい。飛行魔術を維持している間に、魔力量が規定値を下回ったのだ。

 だが、フレデリクは攻撃を止めない。槍の穂先がオリヴァーを狙っている。


「ペフッ!」


 ティアは飛行用魔導具のレバーに手をかけ、飛行用魔導具を緊急停止した。同時にオリヴァーも飛行魔術を解除する。

 真っ逆さまに落下しながら、オリヴァーはティアに言った。


「ティア、すまない……後は頼む」


「ピヨップ! うん、任せて!」


 ティアとオリヴァーが飛行魔術を緊急解除したことで、フレデリクの攻撃が空振りに終わる。

 そこに、地上から特大の火球が飛んできた。

 ユリウスの攻撃魔術だ。それも、今までの牽制用の魔術ではない。二重強化という高威力の火球である。

 ティアは耳を澄ませた。


(………………聞こえる)


 ティアの耳の良さは、連携の要の一つだ。

 空中戦をしていると地上の声が聞き取りづらくなるが、耳の良いティアにはユリウスの詠唱も、レンやセビルの指示も聞こえる。

 だから、ユリウスの詠唱が終わるタイミングが分かったし、レンの合図もしっかりと聞き取れた。


──ティア、どんとこい美少年!


 落下していくティア達の上方で、ユリウスの火球が爆ぜる。

 火球は螺旋の風を受けて、散り散りに霧散した。フレデリクの槍が、炎を散らしたのだ。

 パッと広がる炎の向こう側、槍を構えたフレデリクがこちらを睨んでいる。


「ペヴヴ、オリヴァーさん、意識ある!?」


 返事は弱々しい唸り声だった。意識が朦朧としているのだ。

 フレデリクの攻撃は相当な激痛だったらしい。あの攻撃は明らかに、他の見習い達に向けられるものとは違っていた。

 ただの風の弾丸ではない、捻れる風。あんなのを喰らったら、ハルピュイアだってひとたまりもない。


「オリヴァーさん、もうちょっと頑張ってね! 美少年、準備できたからね!」


 ティアは再び飛行用魔導具のレバーを引いた。

 風が生まれ、落下していく体を再び風に乗せる。

 ティア一人なら吹っ飛んでしまうところだが、オリヴァーの重さがあるおかげで、上手い具合に滑空しつつ、ティアは地面に向かうことができた。

 そんなティアとオリヴァーに、上空のフレデリクは容赦なく槍を構えて突っ込んでくる。

 脱落したのはオリヴァーだけで、まだティアは脱落していない。だから、これはティアを狙った追撃なのだろう。


 ──それこそが、ティア達の狙いだ。


 レン達が目当ての場所に移動するまでの時間稼ぎ。

 そして、移動が完了したら、フレデリクを地上へと誘導。

 フレデリクがティアに追いつくより早く、地面を駆けてきたものがあった。

 人の足ではあり得ない速度で、赤い風の如く走るのは、真紅の毛並みを持つ巨大な獅子──ユリウスの契約精霊アグニオール。

 その背中に乗って、曲刀を振り上げたのはセビルだ。

 気づいたフレデリクは、すぐさま半身を捻って、奇襲をかわそうとした。

 だが、アグニオールは勢いを殺さず、巨体で突っ込んでいく。そして、その背中に乗ったセビルが曲刀でフレデリクの二の腕を切り裂いた。

 血こそ出ないが、今のは確かにダメージになった筈だ。セビルの曲刀は魔法剣特有の淡い輝きを帯びている。


「見たか! 騎乗戦こそ、わたくしの真骨頂だ!」


 セビルを背に乗せたアグニオールもまた、楽しげに声をあげた。


「さぁ、いっぱい走りますよ、お小さい方! 振り落とされないように、しっかり掴まっていてくださいね!」


「ふっ……わたくしを誰だと思っている」


 真紅の獅子の上で、帝国の蛮剣姫は黒髪をなびかせて笑う。


「わたくしに乗りこなせない馬などないのだ!」


「今のわたしは獅子ですよ、お小さい方!」


「お小さい方ではない、セビルだ! お前がこれから出会う、どの人間よりも大きい人間だと覚えておけ!」

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