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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【11】私生活が終わってる男

 フィン、ゾフィー、ローズの三人が脱落した。

 上空を飛び回りながら地上の様子を見ていたティアは、歯痒さにペフヴヴヴと唸る。

 できることなら地上に降りて力になりたいが、おんぶ紐を外している間に攻撃されて、何もできずに脱落するのが目に見えている。

 地上戦におけるティアとオリヴァーの役目は、上空から地上の様子を観察し、適宜レン達に状況を伝えることだ。

 地上戦ではロスヴィータが攻撃の要になり、索敵ができなくなるので、その役目をティア達が担うのである。

 だが、ヘレナとリカルドに追いつかれてしまった今、いよいよティア達にできることはない。


「ティア、飛行用魔導具の持続時間はあとどれほどだ」


「さっきの急旋回に、結構魔力使っちゃった。あと、えーと……十分ぐらいだと思う」


 飛行魔術はまだ、長時間の運用に耐えられるものではない。

 そしてなにより、高く飛び上がる瞬間に魔力を大量消費するのだ。


「ローズさんが落とされたの、すごくまずいよ。防御結界がなくなっちゃった」


「同感だ。次に狙われるのはおそらく、ユリウスかロスヴィータだろう」


 攻撃魔術の威力が高いのはユリウスとロスヴィータの二人だ。

 そしてこの二人は、そこまで身体能力が高くない──厳密にはユリウスの身体能力が低い。ロスヴィータは割と身軽に動ける方だが、それでもセビルやゲラルトほどじゃない。


「オリヴァーさん。わたし、応援以外に何かできないかな?」


「兄者を空に誘導するのはどうだ。地上組が態勢を立て直す時間を稼ぐのだ」


「ピヨップ! 分かった!」


 フレデリクを空に誘導──つまり、こっちに意識を向けさせるよう挑発すればいいのだ。

 ティアは息を吸い込み、ピロピロ鳴いた。


「ピロピロピロピロピロピロピロ!」


「うぉぉぉぉぉ、兄者ぁぁぁぁぁ! 俺はここだぞぉぉぉぉぉ!」


 フレデリクは見向きもしなかった。

 地上で槍を振るってユリウス、ロスヴィータを狙い、それをゲラルトとセビルが二人がかりで食い止めている。


「ピロピロピロピロピロピロピロ!」


「兄者ぁぁぁぁぁあ!! 俺だぁぁぁぁぁぁ!」


 やはり、フレデリクは見向きもしなかった。

 生き残った筆記隊──レン、エラ、ルキエが筆記魔術の筒でフレデリクを狙うが、フレデリクが速すぎて攻撃に対応できていない。

 ユリウスは、セビル、ゲラルトへの誤射の危険性があるので動きが取れない。

 ロスヴィータの水の魚は、かなり小回りが利くので、近接組の援護をしている。


「ピロピロピロピロピロピロピロ!」


「兄者ぁぁぁ! 食事はちゃんととっているかぁー! 一日三食バランス良くだぞ、兄者ぁぁぁぁ!」


 オリヴァーのずれた呼びかけに、地上のリカルドが「あんまり食べてないですね」と呟く。

 その呟きは、オリヴァーには聞こえていないだろう。

 それでも、耳の良いティアはしっかりと聞いていた。


「あのね。『あんまり食べてないですね』ってリカルドさんが」


「うぉぉぉぉ、兄者ぁぁぁぁ! 睡眠は充分にとっているかぁぁぁぁ! 一日六時間は睡眠時間を確保! なるべくベッドに入って寝るんだぞ兄者ぁぁぁ!」


「ピヨ……リカルドさんが『そのへんで行き倒れてますよね』って」


「兄者ぁぁぁ! 安眠にはラベンダーのポプリが良いぞ、兄者ぁぁぁ!!」



 * * *



 上空で叫ぶ二人を見上げ、レンは思った。

 きっとオリヴァーはフレデリクを空中にひきつけ、地上組が立て直す時間を作ろうとしているのだろう。

 やりたいことは分かる。分かるのだが……。


(すげーうるせぇな、あれ……)


 見上げた空ではオリヴァーが、まだ叫んでいる。


「兄者ぁぁぁぁ!! 規則正しい生活と、身の回りの整理整頓は大事だぞ、兄者ぁぁぁぁ!」


 もはや戦闘にはほぼ参加せず、観戦しているだけのリカルドとヘレナが交互に言った。


「フレデリクさん、使った物、その辺に放置するから……」


「ゴミがゴミを量産しているという事実、あぁ、なんと悲しいのでしょう」


「片付けなかった物はベッドに投げ込む、ってルールにしたら、フレデリクさんのベッド、私物で埋もれちゃったんすよね……」


「自然の摂理に逆らう行いです……もはや罪です……悔い改めなさい」


 うわぁ、とレンは半笑いになった。

 弟のオリヴァーは丁寧な暮らしを心がけている男だが、兄はその逆らしい。

 オリヴァーが丁寧な暮らしにこだわる理由を垣間見た気がする。


(そういえばフレデリクさんって、いつだったかも外で行き倒れてたっけ)


 弟と同期から言われ放題フレデリクは、ゲラルトとセビルから少し距離をあけて、ヘレナとリカルドを睨んだ。


「……ねぇ。なんで僕、仲間からも精神攻撃を受けてるの?」


 静かに怒りを募らせるフレデリクの頭上で、オリヴァーの声が響く。


「兄者ぁぁぁ! 偏食は良くないぞ兄者ぁぁぁ! 肉と魚も残さず食べているか兄者ぁー!」


 フレデリクは項垂れ、ゆっくりと息を吐いた。

 軽く背中を丸めた脱力。一見隙に見えるが、セビルもゲラルトも動かない。寧ろ、二人の顔は恐ろしいものを目にしたように、こわばっている。


「…………ちょっと、アレ黙らせてくる」


 フレデリクが顔を上げた。

 いつも笑みの形に細められている目が、今は明確な殺意でギラギラと輝いている。

 その目は光を取り込むと、血に濡れたように赤く見えた。

 ゴゥゴゥと強い風がフレデリクの周囲に巻き起こり、薄茶の髪をなびかせる。

 そうして髪の毛が逆立つと、とてもオリヴァーにそっくりだ──口に出したら自分が狙われそうだから、絶対に言わないが。


「ヘレナ。白髪の子が落ちたら、受け止めてあげて。オリヴァーは放置でいい」


 そう言い残して、フレデリクが飛行魔術を発動し、空高く飛び上がった。

 これは態勢を立て直すチャンスだ。

 それは分かっているが、なんとも複雑な心境である。

 兄者ー、兄者ー、と叫んでいるオリヴァーを見上げ、レンはボソリと呟く。


「ちくしょう……あれに助けられたってのが、なんか素直に喜べない」


 既に地上組はセビルが指示を出し、態勢を立て直している。

 筆記隊はレン、エラ、ルキエ。

 遠距離攻撃がユリウス。

 中距離攻撃はロスヴィータ。

 この五人を、近接戦闘のできるセビルとゲラルトが左右で挟む形で守りながら、移動するのだ。

 歩き出したレン達に、リカルドが不思議そうに声をかける。


「あの、自分達は攻撃できないんで、皆さんにただついていくだけになるんですが……今から移動する必要あるんすか?」


 最初、見習い達が移動を繰り返していたのは、フレデリクをリカルド、ヘレナと引き離すためだ。

 既に合流してしまった今、地上組がどれだけ急いでも、リカルドとヘレナをまくことはできないだろう。

 それでも、この移動には意味があるのだ。


「内緒」


 レンは美少年ウィンク付きでそう返し、周囲の地形を確認しながら移動を始めた。



 * * *



「おーい、フィン。大丈夫かい?」


 ローズに声をかけられ、地面に倒れていたフィンはゆっくりと起き上がる。

 全身に、今までに感じたことのない倦怠感があった。これが、魔法戦でダメージを受けるということらしい。

 こちらに歩み寄ってくるローズは、ゾフィーを背負っていた。ゾフィーは意識こそあるが、グスグスと鼻をすすって泣いている。


「痛かったよぅ、怖かったよぅ……」


「うんうん、頑張ったなー」


 ローズは子どもをあやすみたいな相槌をうち、フィンを見た。


「本当はみんなを応援したいんだけどさ、脱落組はスタート地点に戻らなきゃいけないらしいから。一緒に行こうぜ。自分の足で歩けるかい?」


「うん」


 足の裏がツキツキと痛むけれど、大丈夫だ。もう慣れた。

 フィンは足を引きずり、ローズの横を歩きながら呟く。


「ごめんなさい……オイラ……」


 言いかけた言葉が喉に詰まる。

 フィンは俯き、拳を握った。

 兄弟達と同じ仕事をさせてもらえなかった日を思い出す。

 フィンは兄弟で一番小さくて、弱くて、役立たずだった。それは、この見習い魔術師達の中にいても変わらない。


「オイラにも何かできるかもって、張り切ってたけど……全然、何もできなかったや」


「そんなことないよぉ」


 反論を口にしたのは意外にも、ローズに背負われたゾフィーだった。


「フレデリクさんが逃げていいよって言った時、アタシ、ちょっとだけ迷ったんだよ? でも、フィンが必死で戦ってたからさ、『アタシも逃げるもんか!』って踏みとどまれたもん」


 ゾフィーはローズの肩に顔をグリグリ埋めながら、ポツリと付け足す。


「ロスヴィータが言ってた。フィンは臆病者じゃないって。本当だね」


「フィン、カッコ良かったぜ」


 ゾフィーとローズの言葉に、フィンは口元を手で押さえ、はにかみ笑った。

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