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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【9】最初の脱落者


 ──魔法戦の準備にあたり、どのような道具を用意するべきか?


 話し合いの場でレンがそう提案すると、セビルが活き活きとした様子で発言した。


「ふふふ、わたくしの考えた最強の秘密兵器を披露する時がきたな。火力が高く、攻撃範囲・命中精度が高く、かつ素早く移動できる魔導戦車だ!」


「はい却下」


 レンが呆れた顔で即座に没にすると、今度はオリヴァーが挙手をした。


「ならば、俺の考えた最強の槍を披露しよう。まず、長さが俺の身長の二.五倍あり……」


「却下! ガキの頃に考えた最強兵器の話はいいから!」


 怒鳴るレンに、セビルとオリヴァーが大真面目な顔で言う。


「何を言う、レン。わたくしの中では常に現在進行形の野望だぞ」


「あぁ、『俺の考えた最強の槍』は、常に改良を続けているのだ」


 真剣な大人二人に、レンが両手で顔を覆って膝をついた。

 そんなレンの横で、エラがたしなめるような口調で言う。


「現実的に、私達で用意できる物にしましょう。現時点でルキエさんは、飛行用魔導具の調整と曲刀の改良の二つを抱え込んでいるので……」


 エラの言葉に、ルキエも気難しい顔で頷いた。


「使える材料にも限りがあるわ。セビルみたいに材料を持ち込んでくれるなら別だけど」


 見習い魔術師達の中で、唯一、魔導具作りを学んでいるのがルキエだ。

 ゲラルトやフィンも管理室に出入りすることはあるが、手伝い程度で、魔導具作りに携わっているとは言い難い。

 ゲラルトは考えた。


(……そんなに、凝った物が必要だろうか)


 戦場では石ころだって立派な投擲武器だ。

 ゲラルトは魔導具に慣れていないので、複雑すぎる武器を用意されても困る。

 戦闘に関することで、あまり口を挟みたくない──それでも、ゲラルトは思い切って発言した。


「あの……」


 周囲の視線が自分に集中する。

 ゲラルトはサッと俯き、長い前髪で周囲の視線を遮って、発言を続けた。


「あまり、複雑な物を使うのは、得意ではないです」


「オイラも、すごすぎる道具は使いこなせないと思う……」


 ゲラルトの言葉にフィンが控えめに同意し、ユリウスがクツクツと笑って己の手元の指輪を撫でる。


「クク、アグニオールと同じだな。過ぎた力は手に余る」


 指輪から「坊ちゃん酷い!」と声がしたが、ユリウスは黙殺した。

 それからしばらく、話は「最強の武器」にそれたりもしたが、最終的にレンの意見を中心に考えられたのが、筒と画板だ。

 筒は筆記魔術の紙を保護し、敵に投げつけやすくする効果がある。

 そして画板。これは単純に盾として使っても良い。薄い画板は本来、盾にできるような物ではないが、魔法戦では物理攻撃無効の結界が張られているので、薄い板でも立派な盾になる。

 そこにもう一捻り、とルキエが提案したのが、画板を補強する簡易魔導具だ。


「画板の四隅に補強用の金具を取り付ける。この金具に小さい石を埋め込んで、簡易魔導具にすれば、画板の縁に魔力を流し込むことができるわ。これなら最小限の材料で済む」


 画板の縁に魔力を流し込む。本当に、ただそれだけの魔導具だ。

 それでも魔力を帯びていれば、魔法戦では武器になる。

 ルキエの提案に、ゲラルトは訊ねた。


「それは、画板の面に流すのでは駄目なのですか?」


「できるけれど、魔力密度が薄くなる。それで叩いても、大したダメージにならない」


 武器にできるのは画板の側面──僅かな縁だけ。厳しい縛りだ。

 槍の達人であるフレデリクと戦うのは無理がある。


(だけど……)


 自分がフレデリク相手に対等に立ち回れるとは思わない。

 それでも、いざという時の時間稼ぎぐらいはできるはずだ。

 そう思ったから、ゲラルトは立候補した。


「その画板、僕に一つ作ってください」



 * * *



「うぉぉぉぉぉおおお!」


 ゲラルトは盾でフレデリクの槍を跳ね上げ、そのまま体を捻って、盾の側面をフレデリクの体に叩き込んだ。

 だが、画板が触れた瞬間、フレデリクが体を捻り、飛行魔術で飛び上がる。


(槍を相手にするのなら、距離を詰めろ。懐に飛び込め)


 ゲラルトは飛び上がり、画板を横向きに振るった。それをフレデリクが槍の柄で受け止める。


「いい動きだね」


 呟き、フレデリクが後ろに下がる。槍の間合いを確保するためだ。

 槍使いは、敵に懐に入られると弱い──が、フレデリクは飛行魔術で地面を滑るように高速移動できる。間合いの確保など簡単だろう。

 ゲラルトは小さく呟く。


「下がると思ってました」


 フレデリクはゲラルトを注視したまま、飛行魔術で後ろに下がった。

 その背中に、セビルが曲刀で斬りかかる。

 彼女の曲刀は淡い水色の輝きを放っていた。氷の魔法剣だ。鍔に細工を施してあるので、その冷気がセビルの手を凍らせることはない。


「せぇいっ!」


 裂帛の気合いとともに、セビルが曲刀を振り下ろす。

 遠距離攻撃はローズの防御結界で防ぐ。

 フレデリクが距離を詰めて攻撃を仕掛けてきたら、近接戦闘に強いゲラルトとセビルの二人が対応。

 それは予め、決めておいたことだった。そのために、ゲラルトとセビルは連携の練習もしたのだ。

 前方のゲラルト、後方のセビル。

 挟まれたフレデリクは絶体絶命の筈だった。だが曲刀が届く寸前、フレデリクは斜めに体を傾けて、槍をクルリと回す。

 本来ならよろめいてしまう、無理な動きだ。だが、飛行魔術を使いこなしているフレデリクは、バランスを崩して倒れることなく、槍を振り抜く。

 ゲラルトは後ろに体を傾けて、それを回避した──つもりだった。

 その時、胸を横薙ぎに斬られたような痛みを覚える。同時にセビルもうめき声をあげて、肩を押さえた。


(見えない刃に斬られた……風か!)


 魔力量の多いセビルはまだ、脱落していない。

 一方ゲラルトは急激な魔力量の減少に目眩を覚えていた。多分、あと一撃も耐えられない。

 フレデリクは動きを止めない。飛行魔術で加速して、ゲラルトに突きを放つ。

 ゲラルトは必死になって、刺突を画板で凌いだ。


(……なんて人間離れした動きだ)


 どれほどの達人であろうと、体の重心が傾けば、体勢も崩れる。

 だがフレデリクは飛行魔術で、本来人間には不可能な動きを可能にしていた。

 こちらの攻撃をかわす時は、風に舞うリボンのようにヒラヒラと動き、攻撃を仕掛ける時は細い手足も含めて、真っ直ぐな槍に変化する。


(槍使いと戦ったことはあるけれど……こんなにも上手く飛行魔術と併用している人は、初めてだ)


 飛行魔術は非常に扱いの難しい魔術だ。

 ただ飛ぶだけでも大変なのに、そこに武術を組み合わせるなど、どれだけの才能と研鑽がいることか。

 逃げ出したゲラルトとは、積み上げてきたものが違いすぎる。


「君は、剣を使わないの?」


 槍を振るいながら、フレデリクが問う。その声は、どこか憐れむような響きを帯びていた。

 画板を握るゲラルトの手が、かすかに震える。


「君みたいな子が、どうして〈楔の塔〉に来たかは知らないけれど……」


 フレデリクの槍は風をまとって、ヒュウヒュウと音を立てていた。

 大きい攻撃が、くる。


「武器を取る気がないのなら、討伐室には来ないでね」


 フレデリクの槍から風が放たれようとしたその時、セビルが再び、フレデリクの背後から曲刀で斬りかかった。

 フレデリクは高く跳躍して、セビルの一撃を回避する。


「くっ……」


 セビルが呻き、動きを止める。このまま曲刀を振り下ろすと、勢い余ってゲラルトを斬りかねないと判断したのだ。

 その隙をフレデリクは見逃さない。槍の穂先がセビルに狙いを定める。


(駄目だ、彼女が脱落したら勝算が……!)


 何か手はないか。思考が目まぐるしく回る中、ゲラルトは見た。レンが魔力を込めた筒をこちらに投げるのを。

 飛行魔術で忙しなく飛び交うフレデリクに、投げた筒を当てるのは至難の業だ。筒がフレデリクの横を通り過ぎる。

 その時、小さな何かが飛び出した。見習いの中で最も小柄で、最も足の遅いフィンだ。


「やあああああああ!!」


 フィンはドスドスと走りながら、画板を盾に跳躍した。

 そうして画板で筒をフレデリクの方に押し込む。

 筒を中心に雷球が発動し、フィンとフレデリクの間でバチバチと音を立てた。


「フィン!」


 ゲラルトが叫ぶのと、フィンが風の塊を受けてゴロゴロと地面に転がるのはほぼ同時だった。

 フレデリクは雷球を凌ぎながら、風の塊をフィンに放ったのだ。地面を転がったフィンは、完全に目を回していた。

 フィンの手首で腕輪がチカチカと瞬く。


『フィン・ノール、脱落。速やかにその場を離れなさい』


 上空から、フィンの脱落を告げるレームの声がした。

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