【7】筆記隊の奮闘
「全員ついてきているな! はぐれた者はいないか?」
「最後尾ゲラルト。全員確認」
セビルの声かけに、ゲラルトが素早く応じる。
セビルの横辺りを歩くレンは、素早く周囲の地形を確認した。
なるべくひらけた場所は避けたい。木々が茂った場所の方が、フレデリクが槍を振り回しづらくなるからだ。
とは言え、木々が密集しすぎても良くない。今度はティア達が飛行魔術で飛び回りづらくなる。
(その上で、地上組──リカルドさん、ヘレナさんと遭遇しないように移動しねーと)
レンはエラ、ゾフィーに支えられて歩くロスヴィータを見た。
ロスヴィータは水の魚を偵察で飛ばしている。水の魚と視界を共有する時は、目を瞑らないといけないのだ。
「ロスヴィータ、向こうの様子は」
「……特に急ぐ様子もなく、こっちに向かっているわ。ただ、移動速度はこっちの方が遅いから、いずれ追いつかれる」
見習い達は十二人でまとまって動いている上に、筆記魔術を使う時はどうしても足が止まる。
リカルド、ヘレナがよほど方向音痴でもない限り、そのうち追いつかれてしまうだろう。
地上のリカルド、ヘレナから一時間逃げ切りつつ、上空から攻撃してくるフレデリクを倒す──それが、見習い魔術師達の作戦だ。
地形を頭に叩き込みながら、レンは唸った。
「マジで想定通りにいかないな……結果的にラッキーで済むのと、アンラッキーになるのが交互にくる感じ、怖っ……」
ボヤくレンの横で、セビルがやけに楽しげに笑う。
「戦場とはそういうものだ。ベテランの参謀がどれだけ策を練っても、思い通りにいかぬことがままある」
セビルは楽しげだが、決して緊張感がないわけではない。この緊張感を楽しんでいるのだ。
レンはまだそんな風にはなれないので、少し羨ましい。
今、空の上ではティアとオリヴァーが飛行魔術で飛び回り、時にユリウスが炎の矢を放ちながら、フレデリクを牽制している。
炎の矢を放つ都合上、フレデリク側にはこちらの位置が筒抜けだが、ユリウスの牽制がないとティアとオリヴァーが落とされてしまうのだ。
(ユリウスは、単独行動させるには潜伏技術と逃げ足が足りない。ティアとオリヴァーさんは攻撃手段が足りない……それなら、こっちの位置がバレるのは覚悟の上で支援するっきゃない)
レンは辺りを見回した。逃げ道が確保できる、悪くないロケーションだ。
セビルの合図で一同は足を止めた。セビルは大きすぎず、小さすぎない絶妙な声の大きさで指示を出す。
「筆記隊、カウント十五!」
この指示は、上空のフレデリクには聞こえず、耳の良いティアには聞こえるギリギリの声量だ。
このカウントが始まってから十五秒後に地上に降りてこい、という合図である。
そしてこの十五秒の間に、筆記隊は筆記魔術の準備をする。
レン、エラ、ゾフィーの三人が画板に紙をのせて、筆記魔術を書く。今はルキエも手隙なので参加した。
書き上がった物は、ゲラルトとフィンが素早く筒に詰める。そうやって、書いて、詰めて、書いて、詰めてを時間の限り続ける。
この間、ロスヴィータは地上組の偵察を継続。ローズはいつでも防御結界が張れるように待機。
──この流れを、レン達は猛練習したのだ。
ユリウスが牽制している間に、ティアとオリヴァーが降りてきて、筒を受け取る。
再び浮上したら、オリヴァーが魔力を込めて筒をばら撒く。
そうやって、フレデリクを削っていくのがレンの立てた作戦だ。
「三、二、一……」
セビルのカウントが終わるのとほぼ同時に、空からオリヴァーとティアが降りてきた。
オリヴァーが、素早く筒を受け取りながら言う。
「次はカウント二十五、始めてくれ」
「了解した。カウント二十五開始」
オリヴァーとティアが飛び上がり、セビルが二十五のカウントを始めた。
今回は筆記隊の内、書くのが得意なレンとエラだけ、威力の高い術を書き始める。ゾフィーとルキエは継続して、低威力の物を量産。
……それは地味な戦いだ。
だが、これが攻撃手段の乏しい見習い達にできる戦い方なのだ。
上空で、ティアとオリヴァーがばら撒いた雷球がバチバチと音を立てる。ユリウスの炎の矢と雷球の間をフレデリクが飛び回る。
* * *
炎の矢と、筆記魔術の筒。この二つを空中でかわしながら、フレデリクは密かに感心していた。
見習い達は健闘している。素直に偉いなぁと思う。
(それでも、突出して強い魔物と遭遇したら……)
弱い者達が力を合わせて戦っても、一箇所が崩れたら、そこから全体が瓦解していく。
そうして逃げ惑う人間達に、魔物は容赦なく爪を振り下ろすのだ。
(……力の差を知るのも、訓練の内か)
オリヴァーが再び下降し、筒を受け取る。
さっきより、筆記に時間がかかっていた。おそらく、そこそこ威力のある魔術だ。
オリヴァーが上昇。その瞬間を狙って、フレデリクは飛行魔術で加速し、オリヴァーに接近した。
ユリウスが炎の矢を放とうとして、一瞬動きを止める。
オリヴァーへの誤射を恐れたのだろう。飛ばすタイプの攻撃魔術は、そういう危険性がある。
フレデリクの接近に気づいたオリヴァーが、上昇速度を上げた。
「無駄だよ」
フレデリクはオリヴァーの上を取り、風を纏わせた槍を放つ。
筒をばら撒く攻撃手段は、敵の上からばら撒くのが一番簡単だ。逆に言うと、フレデリクに上を取られると不利になる。
オリヴァーはフレデリク目掛けて筒を投げることで、対応しようとした。
だが、フレデリクの風が筒をオリヴァーの方に押し返す。所詮は薄い木の筒。簡単に風に煽られ、オリヴァーの方に落ちていく。
筒に込められた魔術が発動した。先ほどより高威力の雷球だ。
──自分達の攻撃で、堕ちるがいい。
筒から雷球が生まれたその瞬間、オリヴァーの背で、ティアが大きく体を傾けた。
「ルルゥァァァァアア!!」
最後は歌うように高らかに叫びながら、ティアはオリヴァーの体ごと旋回する。
大きく弧を描くようにして、急上昇。フレデリクと距離が開いたタイミングで、ユリウスが高威力の火球を放ってくる。
「良い連携だね」
フレデリクは風を操って火球を受け流し、そのまま急降下した。
狙うは地上にいる者達だ。
* * *
フレデリクの急降下を確認すると同時に、ローズが防御結界の詠唱をした。
その詠唱が終わるより早く、フレデリクが槍を一振りする。槍からゴゥッと強い風が放たれて、地上にいたレン達を吹き飛ばした。
大柄なローズですら尻餅をつく強風だ。小柄なレンはゴロゴロと地面を転がる。
「げっ、ぺぺっ、口に土が入った……」
多分今の攻撃は、本来なら風の刃を飛ばしてくるものだったのだろう。それを、ただの強風にしてくれたのは、おそらく優しさだ。
(やばい、ローズさんの詠唱が途切れた……っ!)
レンは素早く起き上がって状況を確認。フレデリクは地面から拳一つ分だけ浮き上がったまま、次の獲物に狙いを定めている。
オリヴァーとよく似た顔が、穏やかな笑みを引っ込めて鋭い目でただ一人を睨む──視線の先にいるのはユリウスだ。
(だよなぁ! オレでもそうする!)
見習い十二人の中で、最も飛距離があり、威力のある攻撃をできるのがユリウスだ。
ロスヴィータの水の魚は威力こそ高いが、実は術者から離れると威力が落ちるので、飛行魔術使いのフレデリクと相性が悪い。
(くそっ、間に合えよ……っ!)
レンは画板を手繰り寄せ、紙を置く。必死でペンを動かす。間に合わない。間に合うはずがない。
それでも筆記魔術使いは、手を止めてはいけないのだ。
書いたそれが、無駄になるかもしれなくても、それが次に繋がると信じて書くしかない。
フレデリクが地面の上を滑るような動きでユリウスと距離を詰め、槍で狙いを定める。
「まずは一人」
フレデリクは、槍の穂先を逆向きにしていた。先輩なりの優しさなのだろう。
それでも、槍の柄は高密度の風の魔力を纏っている。まともに喰らえば、ユリウスでもただでは済まない。
ユリウスに回避は無理だ。彼は身体能力が低い──端的に言って鈍臭い。
「ユリウス、逃げろ──!」
フレデリクの槍がユリウスを突こうとした瞬間、この場の誰よりも早く起き上がり、走りだした者がいた。
その人物は手にした画板を盾に、槍の一撃を受け止める。
画板の薄い板など、本来は槍の一撃を受け止められるようなものではない。だが、魔法戦では別だ。
魔法戦用の結界で保護された画板は、薄くて軽い盾になる。
画板一枚を盾に、フレデリクの槍の一撃を弾いたのは、見習い魔術師で最も身体能力の高い男ゲラルト・アンカー。
「……ここは、退けません」
長い前髪の下で、ゲラルトが鋭く目を細めて、フレデリクを睨みつける。その手元で画板が淡く輝いた。