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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【6】後輩に嫌われたくない先輩達

 討伐室のフレデリク・ランゲが槍を握りしめて加速してくる。

 それを見上げ、レンは喜びつつ焦っていた。


(かかった! ……のはいいけど、何してんだよ、オリヴァーさぁぁぁぁん!!)


 この魔法戦は、いかにしてフレデリクをリカルド、ヘレナと引き離すかが鍵となる。

 そこでフレデリクを誘き出すために、ひとまずロスヴィータに偵察用の水の魚を放ってもらった。

 ところが、偵察用の水の魚はあっさりと看破された。

 感知されにくいよう、ロスヴィータは魔力を限界まで絞っていたのに、だ。

 感知の精度も、情報を共有し、攻撃に移る速度も、何もかもが見習いとは違う。

 ただ、水の魚を破壊するためフレデリクが飛行魔術を使い、結果、リカルド、ヘレナと距離が開いたのは幸運だった。


(ただその後、高く飛んだフレデリクさんに、フィン達が見つかっちまったのは想定外……)


 だから大慌てで、オリヴァーにフレデリクをひきつけてくれと頼んだのだ。

 結果、オリヴァーは「うむ、任せろ」と力強く頷き、飛行魔術で空高く跳躍した──背中にティアを乗せるのを忘れて。


「クク……世話の焼けることだ」


 ユリウスが指先を空に向け、詠唱する。すると、十数本の炎の矢がフレデリクに向かって飛翔した。

 これはあくまで牽制だ。やりすぎると後退されて、リカルド達と合流されてしまうので程々に。

 ユリウスが炎の矢で牽制している隙に、オリヴァーが飛行魔術を解除して降りてくる。

 待機していたルキエが、背負い袋からベルト一式を取り出してオリヴァーに駆け寄った。


「そのまま動かないで。おんぶ紐を取り付けるから。ティア、準備はできてる?」


「ピヨップ! 大丈夫!」


 ティアがオリヴァーの背中におぶさる。そしてルキエが素早くベルトを取り付けていった。この間、僅か十秒。

 その十秒の間に、筆記魔術隊も各々の仕事を始めていた。

 エラ、ゾフィー、レンの三人がそれぞれ、画板を首から下げて、専用の紙に魔術式を書く。

 それをゲラルトとフィンが受け取り、腰のベルトから下げていた筒にクルリと丸めて突っ込んだ。

 手のひらにのるぐらいの大きさのその筒は、薄く削った木を丸めて固定し、浸水防止のニスを塗った物である。

 この筒が、レンが考えた地味な秘密兵器だ。

 筆記魔術は魔術式を書いた紙の上でしか発動しない。その上、紙に皺ができると魔術式は無効となってしまう。

 そこで、この筒に入れることで皺ができるのを防ぎ、かつ敵に向かって投げやすくするのだ。

 それは魔導具ですらない。地味な小道具だ──だからこそ、少ない材料費で簡単に量産できる。

 手札の少ない見習い魔術師達が選んだ一つの答えだ。


「ピヨ! 装着完了!」


「あぁ、いつでもいけるぞ」


 ティアを背負ったオリヴァーが立ち上がり、ゲラルトとフィンから筒を受け取る。右手に三つ、左手に三つ。

 飛行魔術の詠唱を終えたオリヴァーの体を風が包み込む。オリヴァーが吠える。


「ゆくぞ!」


「ピヨップ!」


 まずはオリヴァーが飛行魔術で真っ直ぐに飛び上がる。ある程度の高さまで飛んだところで、ティアは飛行用魔導具のレバーを引いた。


「ピロロッ、飛行用魔導具起動!」


 金属の翼が大きく広がり、風を受ける。

 前方への推進力が生まれ、二人の体が風に乗った。

 炎の矢で牽制されていたフレデリクが、ティア達の接近に気づく。ティアはフレデリクの少し上を狙って飛ぶ。

 そして頭上を通り抜ける直前、オリヴァーは受け取った筒に魔力を込めて、フレデリクに投げつけた。



 * * *



 炎の矢を回避しながら、フレデリクは冷静に地面の見習い達を確認していた。

 見習いの数人が画板の上で何かを書き、その紙を筒に入れる。

 そしてオリヴァーがその筒を受け取って、ティアと共に空を飛ぶ。

 オリヴァー一人だと、ただの垂直飛びになるのだが、背負ったティアの飛行用魔導具が推進力を生み出しているのだ。

 ティアを背負ったオリヴァーは、フレデリクより少し高い位置を飛ぶと、手にした筒をこちらに向かって投げつけた。

 筒がパチパチと音を立てて発光し、雷球となる。


(……筆記魔術か)


 槍で触れたら感電しかねない。フレデリクは体を捻って、雷球を回避した。

 そこに間髪入れず、地上から炎の矢が飛んでくる。こちらは風の魔力を纏わせた槍で弾いて防御。

 敵の攻撃の手が緩んだところで、フレデリクは槍に込めた魔力を解除し、詠唱をした。

 風を頭上から叩きつける──なるべく痛い思いをさせず、無力化する攻撃だ。

 風が集い、大人が両腕で輪を作ったぐらいの球体になる。不可視の風の砲弾だ。

 それをフレデリクは見習い達に向かって叩きつけた。

 それなりに威力のある一撃だ。魔力量の少ない見習いなら、これで数人は落とせる。

 その時、見習いの中でも大柄な赤毛のモジャモジャ男が両手を空に掲げて叫んだ。


「どっせーい!」


 半球体型の防御結界が展開し、見習い達を守る。

 フレデリクが放った風の砲弾は、周囲の草木を激しく揺らしたが、防御結界の中だけは草木がなびくこともない。

 拙いながら、なかなかの強度の防御結界だ。


(上手いな。人数の有利を活かしている)


 見習い達は、一人一人にできることは少ない。魔術をろくに使えぬ者もいるだろう。

 だが、そういう者達がお荷物にならないよう、筆記魔術を作戦の主体として、上手く役割分担している。

 筆記魔術は使い勝手の悪い魔術だ。書き溜めができないし、紙に皺ができたら無効化されてしまう。とにかく、敵に当てるのが難しい。

 だから見習い達は、紙に魔術式を書く係、それを筒に詰める係、敵に向かってばら撒く係、と分担している。これはある程度人数がいて、初めて成立する戦い方だ。


(……筆記魔術だけじゃない。全員にきちんと役目がある)


 フレデリクが攻撃を凌ぎきった頃には、既に見習い達はセビルの指揮で移動を開始していた。

 これはフレデリクではなく、リカルドとヘレナを警戒してのことなのだろう。

 上空のフレデリクばかり気にして、同じところにとどまっていると、地上でリカルドとヘレナに追いつかれる。


(とんがり帽子の子が、また水の魚を飛ばしてる……リカルドとヘレナを警戒してるのか)


 あの水の魚は偵察用だ。見習い達はリカルドとヘレナから距離をあけるように移動している。

 頭上からフレデリクが高威力の魔術を放ってきたら、赤毛のローズが防御結界で防ぐ。

 ユリウスは攻撃魔術でフレデリクを牽制。

 セビルは地上組の先頭に立って、移動の指示。

 拙い部分も多いが、個々の能力の低さを作戦で補おうという試行錯誤を感じる。


(良いチームだ)


 だからこそ、力の差を見せつけ、叩き潰してしまうのは気が引ける。

 フレデリクはオリヴァーに力の差を見せつけ、心を折りたい。だけど、それを他の後輩にはしたくないのだ。

 しかも、オリヴァーとティアの合体飛行魔術。これがフレデリクにとって非常に都合が悪かった。

 なにせオリヴァーを叩き落としたら、ティアまで落ちてしまう。

 魔法戦の最中は高所からの墜落は事故扱いとなり、物理無効結界が作動しない。高所から落ちたら大怪我をすることだってありえる。

 オリヴァーは全身骨折してくれて構わないが、ティアは巻き込みたくない。


(やりづら……)


 牽制の炎の矢をかわしながら、フレデリクは考える。

 見習い達は個々の実力が低いから、基本的にまとまって動く。つまり、防御結界担当のローズさえどうにかすれば、まとめて一網打尽にできる。

 ただ、広範囲の攻撃はフレデリクの得意とするところではなかった。

 彼は風属性の攻撃魔術をいくつか習得しているが、基本的な戦い方は槍による各個撃破である。


(ヘーゲリヒ室長は、これを狙って団体戦にしたんだろうな……ヘレナとリカルドが、さっさと追いついてくれれば良いんだけど……)


 フレデリクは少し高く飛び、リカルド達がいる方角を見た。

 リカルドもヘレナも特に急ぐ様子はなく、テクテクとこちらに向かっている。急ぐ様子は微塵もない。

 その様子を見てフレデリクは理解した。


(あの二人、嫌われ役になるのが嫌で手を抜いている……!)


 率直に言って、やる気がないのだ。


『あぁ、悲しいです。どうしてわたくしがこんなこと……この魔法戦は貴方が蒔いた種……育った禍根は、自らの手で刈り取りなさい……』


『弟さんに喧嘩売ったのフレデリクさんですし、自分でどうにかしてください』


 ……という同期二人の考えが容易に想像できた。

 イラッとするが気持ちは分かる。フレデリクも同感だ。後輩達に力の差を見せつけて、嫌われたくない(但し愚弟は除く)。


「残り一時間弱で、各個撃破十二回か…………」


 槍を握り直し、フレデリクはため息をつく。


(相手が魔物なら、半分の時間で殲滅できるのに)


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