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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
五章 魔法戦
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【4】無知な子羊を見るように


 首座塔主、クラウス・メビウス。

 首座塔主補佐官、ミリアム。


 この〈楔の塔〉における三つの塔を統べる、最高責任者とその副官である。

 ヒュッターはゴクリと唾を飲んだ。


(おいおいおいおい、まさかの首座塔主様のご登場かよ……)


 密かに緊張するヒュッターに、ゾンバルトが小声で話しかけてきた。


「メビウス首座塔主、お戻りだったんですねぇ。最近は遠征に行ってたらしいですが」


 メビウスは、かつて討伐室に所属していたこともある優秀な魔法剣士であり、この帝国でも数少ない古代魔導具持ちだ。

 古代魔導具とは、現代の魔導具とは異なる技術で作られた物で、現代魔導具とは比べ物にならない強大な力を持っている。

 以前ヒュッターの教え子のセビルが魔導具を兵器と言ったが、真の兵器とは古代魔導具のことを指すのだ。

 五十年以上前、西のリディル王国と戦争になった時、帝国は劣勢に立たされていた。だが、その窮地を救い帝国を勝利に導いたのが、古代魔導具〈ベルンの鏡〉だ。

 戦況をひっくり返すほどの強大な力を持つ古代魔導具は、それだけに扱いも難しく、国に厳重管理されていると聞く。

 現在、〈楔の塔〉で管理されている古代魔導具は三つ。〈離別のイグナティオス〉、〈嗤う泡沫エウリュディケ〉、〈愚者の鎖デスピナ〉。


(メビウス首座塔主が腰から下げてる剣……あれが、〈離別のイグナティオス〉か)


 この辺りは、〈楔の塔〉に潜入して多少は調べてある。

〈離別のイグナティオス〉は魔物相手に絶大な力を発揮する剣だ。

 魔物は強靭な生命力を持つが、あの剣で切られると体が再生しなくなるという。まさに魔物との戦闘における切り札。

 それの持ち主だからこそ、メビウスは〈楔の塔〉のトップでありながら、自らが前線に立ち、剣を振るうこともあるという。


 剣を凝視するヒュッターに、ゾンバルトが言う。


「あれぇ、ヒュッター先生。〈離別のイグナティオス〉に興味がおありですか?」


 ヒュッターは、どう答えるのが自然か考える。

〈楔の塔〉が所有する古代魔導具の存在は、ハイディに調べてもらったものだが、魔術師組合の上層部は大体把握しているらしい。

 ただ、上層部以外の認識はまばらだ。

 一方〈楔の塔〉内では、大半の人間が古代魔導具の存在を認識している。

 メビウス首座塔主が古代魔導具持ちであることを、ヒュッターが誰かから聞いていても不自然ではないはずだ。


「へぇー、あれが噂の……随分と重そうな剣っすね」


 古代魔導具〈離別のイグナティオス〉──その固有名詞は出さず、ヒュッターがどこまで知っているのかはぼかしておく。

 最悪、何か突っ込まれても「知ったかぶりしました」で誤魔化せる塩梅が理想的だ。

 ゾンバルトが爽やかに笑いながら言う。


「メビウス首座塔主は、優秀な剣士ですから。若い頃は、討伐室所属ですし」


「っはー、やっぱ体つきが違いますもんね。俺より年上なのに、あの立派な体! ねっ、アルムスター先生もそう思いません?」


 ヒュッターに話を振られたアルムスターが、ギョッとした顔で「あの……その……」と口ごもった。


(ゾンバルトの話が面倒臭い時は、他人にパスするに限るぜ……)


 ヘラヘラ笑いつつ、ヒュッターは白幕を見た。

 白幕は、丁度メビウス達が入ってきたタイミングで、ピロピロしているティア達ではなく、ユリウスを映したところだった。


(……よし、ピロピロばれは、避けられた!)


 なにせ、ピロピロしているのはヒュッター教室の三人なのだ。ピロピロが原因で首座塔主に目をつけられたくはない。

 密かに汗を拭いつつ、ヒュッターは後方の席からメビウスの後ろ姿を観察する。

 一目見て、隙がないと分かる佇まいだ。小手先の宴会芸で出し抜ける相手ではない。


「あれが、ザームエルの息子ですか」


 真っ直ぐに白幕を見つめながらエーベルに訊ねたのは、修道服の女──ミリアム補佐官だ。

 エーベルは、若者に親切な老婦人の顔で微笑んだ。


「えぇ、お若いのに努力家ですね」


「己の本分も知らず、闇雲にあがくことを努力とは言いません。わたくしには彼が、無知な子羊に見えます」


 ミリアム補佐官の声は美しく、そして冷たかった。


「羊が鳴きながら彷徨い歩く様を、努力とは呼ばないでしょう」


 あのユリウスが子羊扱い。やべー女だ、とヒュッターは内心思った。

〈楔の塔〉のトップであるメビウス首座塔主の情報は、酒の席でも割と聞くことができる。

 だが、その補佐官であるミリアムの情報は割と少ない。分かるのは、メビウスと同期で、かつて討伐室に所属していたことぐらいだ。


(メビウス首座塔主の補佐官か……家名無しで修道服たぁ、いかにも訳ありっぽいが……下手に探り入れると尻尾掴まれそうだな。さて、どこから調べるかね)


 ひとまず、ヒュッター教室三人のピロピロが上層部の目に留まらぬことを祈りつつ、ヒュッターは会議室内の様子を密かに観察することにした。



 * * *



 ティアがピロピロと挑発をしていると、エラがティアの肩を叩いた。


「ティアさん。ピロピロはおしまいです。始める前に、きちんと討伐室の方々に挨拶しましょう」


「ピロピロピロ……はぁい!」


 ティアはピロピロをピタリと止めて、フレデリク達に頭を下げる。


「よろしくお願いします!」


「はい、よろしくお願いします」


 フレデリクが律儀に挨拶を返し、背後のリカルドとヘレナもそれに続いた。


「よろしくお願いします」


「お願いいたします」


 リカルドは軽く会釈を、ヘレナは両手を体の前で合わせて深々と頭を下げた。丁寧な所作だ。

 見習い達もそれぞれ頭を下げる。

 帝国では魔術師としての作法や礼儀が細分化されているらしいのだが、〈楔の塔〉は帝国中の魔術師達が集う場所である。

 なので、そういう流派ごとの細かな作法はほぼ任意となっているらしい。

 流派以前に、人間の作法が分からないティアにはありがたい限りである。

 挨拶が終わったところで、進行役のレームが前に進み出た。


「それでは、これから魔法戦のルールを説明します。まずは全員、この腕輪を左手首につけてください」


 レームが腕輪の入ったカゴを回し、全員がそれを一つずつ取って次の人に回す。

 装身具嫌いのティアは、ペヴヴヴと不満の声を漏らしたが文句を飲み込み、腕輪を身につけた。

 魔法戦ではこの腕輪が必要になると、事前にエラから聞いていたのだ。


「この腕輪は魔力量が一定数以下になると、宝石部分が光る仕組みです。今回は、魔力量百未満の者は半分以下になったら、百以上の者は五十未満になったら、その時点で失格とします」


 つまり、魔力量が九十六のティアは、四十八以下、三十六のレンは一八以下、一一〇のセビルは五十未満で失格というわけだ。

 ──と、これも事前にエラがちゃんと教えてくれたし、ティアは頑張って計算をしたのだ。三回ぐらい間違えたが。


「また、この腕輪が外れた場合も失格。自分からリタイアしたい場合も、腕輪を外してくださいね」


 魔法戦はルールが多くて煩雑だ。

 今、レームが話していることは、ほぼ事前に説明のあったことである。特にエラは、覚えの悪いティアとフィンに根気強くルールを説明してくれた。


(魔力を帯びた攻撃しか通じない。魔法戦の結界を出たら駄目。ダメージを受けた分だけ魔力が減る)


 これがハルピュイアの戦闘なら、ワーッと群がって引っかくだけなのに。人間の戦いとは非常に複雑である。


「魔法戦の範囲はこの地図の円の中まで。結界を出た場合も失格です。また、結界は高さに限度があるので、高く飛びすぎないように気をつけてください。上空で結界から飛び出しても失格です」


 これは、ティアにとって最も重要な注意事項であった。

 結界の高さは、森の一番高い木より少し上ぐらいである。あまり高く飛びすぎると、それだけで失格になってしまう。

 結界の範囲は今日初めて公開された情報だが、レンが想定していた通り、あまり広くはなかった。

 森の中とは言え、討伐室の三人から一時間逃げきるのは相当難しいだろう。


「討伐室側は、直接攻撃ができるのはフレデリク・ランゲのみ。他二名は防御、迎撃のみとします。魔法戦の制限時間は一時間。見習い側はフレデリク・ランゲを戦闘不能にするか、誰か一人でも生存していた場合、勝利とします」


 これは、非常に見習い側に有利に作られたルールだった。

 リカルドとヘレナを無理に倒す必要はない。

 あくまで、フレデリクを倒すか、誰か一人でも生き残れば勝利なのである。

 ……それだけ、討伐室の三人と見習い魔術師十二人の間に力の差があるのだ。


「最後に開始位置ですが、見習い魔術師十二名はこの後、鐘が鳴ったら五分間で任意の場所に移動してください。五分が経過したら、次は魔法戦開始の鐘を鳴らします」


(つまり、フレデリクさん達は、五分間ここを動けない)


 この五分間で自分達に有利な地形に移動し、準備をする必要がある。大事な五分間だ。


「質問がなければ、魔法戦を開始します。今日は塔主や室長方も観戦されているので、皆さん頑張ってくださいね」


 この魔法戦で活躍し、塔主や室長の目に留まれば、一年後の所属室選びで有利になるかもしれない──と考えている者が、この中にどれだけいるだろう。

 あまりいない気がするけれど、見習い達で手を抜こうとしている者はいない。


「エラ」


 セビルがニヤリと笑い、見習い達を見回す。


「代表者らしく、一言頼む」


 セビルの言葉にエラは顔を引き締めた。


「今日のために、たくさん準備してきました……勝ちましょう!」


「おう」「うん」「えぇ」「あぁ」「うむ」──バラバラに応じる声に、元気な「ピヨップ!」が重なった。



 * * *



 魔法戦の結界は、一定の条件を満たした土地に、特殊な杭を複数打ち込むことで成立する。

 その杭の一つがある場所に、一人の男が姿を見せた。

 顔に×傷のある大柄な男──討伐室の魔術師ダマーは遠視の魔術を使い、集合場所にいる見習い達の姿を確認する。


(……やっぱりいるな。あの、ピヨピヨうるさい白髪娘)


 忌々しげに顔を歪め、ダマーは杭に手をかけた。

 この杭が引き抜かれたり、破壊されたり、何かしらの不具合が起これば、魔法戦用の結界は消滅する。


 ──つまり、フレデリクの槍も攻撃魔術も致命傷になるのだ。


 最優先で狙うのは、白髪娘のティアだ。

 あの小娘だけは、早急に口封じをしなくては。


(あのヤバい男……〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターが観戦室にいる、今がチャンスだ)


 致命傷となる一撃をフレデリクがティアに放った瞬間。

 その瞬間に、この杭を引き抜いてやるのだ。

 フレデリクの槍がティアの体を貫く瞬間を想像し、ダマーは暗く笑った。


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