【31】一人一人ができること
「では、ロスヴィータちゃんに協力してもらえることになったところで、改めて魔法戦の対策を考えましょう」
エラがおっとりと場を仕切り直し、レンがテキパキと次の議題について触れる。
「攻撃手段が確定したところで、次のステップ。どうやって攻撃をぶち当てるか、だ」
レンがチラッとセビルを見た。戦闘経験の豊富なセビルの意見が聞きたいのだろう。
セビルは少し考えて、口を開いた。
「現時点で思いつくのは二つだな。一つ、単純に攻撃手段を増やす。二つ、わたくし達の攻撃が確実に当たるよう敵を追い込む」
ティアはピロロ……と喉を鳴らしながら、セビルの言葉を吟味した。
前者の攻撃手段を増やすというのは、誰かが攻撃魔術を新しく覚える、といったところだろう。ただ、残り少ない日数でどれだけものにできるかは分からない。
黙って聞いていたゲラルトも、ティアと同じことを考えたらしい。
「現実的なのは後者だと思います。それなら攻撃手段のない僕達にもできることがある」
「ピヨップ! わたしもそう思う!」
「うむ。俺も同意だ」
ゲラルトの発言にティアとオリヴァーが同意すると、レンは眼鏡を持ち上げ、ちょっと澄ました美少年顔で言った。
「いいや、ここは両方欲張ってこうぜ」
そう言ってレンは廊下に飛び出すと、一抱えほどある箱を抱えて戻ってくる。
ティアが教室に入った時、廊下に箱はなかった。この会議室に一番遅れて来たレンは、あの箱を運んできたから遅れたのだろう。
箱の中には紙やインクが、きちんと分けて詰め込まれている。ティアはそれに見覚えがあった。以前、魔術式を書いて魔力を流す訓練で使ったあれだ。
「まずは、手っ取り早い攻撃手段を増やす!」
レンが紙を一つ手に取り、そこにペンで魔術式を書き込む。速い。
迷いのない筆運びで、レンはスラスラと文字を書き込んでいく。
「できた、っと」
その紙にレンは指を添え、キュッと眉間に皺を寄せた。すると、魔術式が光りだし、紙の上でパチパチと小さな光が生まれる。
ユリウスがククッと喉を震わせた。
「なるほど、筆記魔術か……だが、今のは実戦で使いものになるのか?」
「もうちょい難しいものを書けば、威力は上げられるぜ。主武器にはならないけど、敵を牽制したり追い込んだりはできると思う」
「だが、これより難しいものとなると、魔法戦の最中に書いている余裕などないだろう。筆記魔術は正確に書かねば発動しないのだ」
「だから、こうすんだよ」
レンがエラに目を向ける。エラは既にペンを走らせていた。レンが書いていた魔術式より少し長めのものだ。
魔力放出が苦手なエラは、魔術式を正しく書くことはできても、魔力を流し込むことができなかった。
その部分はどうカバーするのだろう? 魔力誘引効果のあるインクを使うのだろうか?
ティアがじっと見ていると、エラが書き終えた紙をレンがゾフィーに手渡した。
「ゾフィー、これに魔力流し込んでみてくれ」
「あ、そっかぁ! ………………えいっ!」
ゾフィーが魔力を流し込むと、紙の上に握り拳ほどの雷球が生まれ、パッと飛び散るように消えていく。
これも決して高威力とは言えないが、触れればビリッと痺れるくらいはするだろう。
レンはニヤッと笑って、ペンを手の中でクルリと回す。
「筆記魔術は書いたらすぐに発動しないといけないけれど、必ずしも書いたやつが魔力を流し込む必要はないんだ。つまり、書くのに専念するやつと魔力を流し込むやつとで、分担できる」
エラもペンを戻して微笑む。
「更に言うと、筆記魔術は得意属性にあまり影響されないみたいなんです。だから、私が雷属性の魔術を書いても発動しました……これ、レン君がすごく調べてくれたんです」
この場で攻撃手段を持っているのは十二人中、ユリウス、ロスヴィータ、セビルの三人だけ。
だが、レンのやり方なら、残りの九人も魔法戦で役に立てる──とそこまで考えて、ティアは気づいた。
「ペフヴヴヴ……レン、ごめん……わたし、字を書くのも、魔力流し込むのも上手じゃない……」
ハルピュイアであるティアは、一度に大量の魔力を流し込んでしまうから、紙がボロボロになってしまうのだ。
魔力放出が苦手なのはエラも同じだが、エラは魔術式を書くのが上手だから、そちらで貢献できる。
ティアはペンを持って、辿々しい文字を書くのが精一杯なのだ。
このままだと、自分だけ何もできない。
消沈するティアに、レンはチッチッチと舌を鳴らす。
「ティアには大事な役割がある」
「ピヨ? 役割? 歌を歌って応援?」
「違うっつーの。オレ、筆記魔術について色々検証してみたんだけどさ、基本的に敵に向かって飛んでいく魔術は、魔術式がめちゃくちゃ長くなるんだ。だから、敵に飛んでいく部分はカットする」
その時、セビルが何かに気づいたような顔で口を挟んだ。
「魔術式を書いた紙で石を包んで、発動直前に投げるのはどうだ? それなら、離れた敵にも届くぞ」
「それ、オレも考えた。でも駄目なんだ。筆記魔術の紙って、折り皺ができると正しく発動しねーの。たわんだり丸めたりは大丈夫」
ティアは素直にすごい、と感心した。
レンは本当に、筆記魔術について徹底的に検証をしたのだ。
レンは紙を手の中でピラピラと振ってみせる。
「じゃあ、この薄っぺらい紙に皺をつけず、どうやって敵のもとに届ければいいと思う?」
「ピヨップ! 分かった! わたしが飛んで、オリヴァーさんがばら撒く!」
「正解! 美少年ウィンク贈呈!」
美少年ウィンクを贈呈されながら、ティアは想像する。
地上でレンやエラが書いた魔術式の紙をオリヴァーが受け取り、空高く飛んで発動──風向きや発動のタイミングなど、考慮することは多々あるが、確実に戦略の幅が広がるだろう。
「なっ、ティアにも役目があるだろ?」
レンがニヒと歯を見せて笑った。キラキラしい美少年スマイルとは違う、イタズラ小僧の笑顔だ。
その時、ロスヴィータがエラを見て言った。
「エラはそれでいいの?」
エラの肩がピクリと震える。
ロスヴィータは立ち上がり、腰に手を当ててエラを見上げた。
「カッコイイ魔術が使いたくて、〈楔の塔〉に来たんじゃなかったの?」
「ロスヴィータちゃん」
エラはローブの胸元を掴み、一瞬唇を噛む。
その眉を少しだけ歪めて、噛み締めるような声でエラは言った。
「悔しいですよ。私だって、ロスヴィータちゃんみたいな魔術で、格好良く戦いたい」
ティアが飛行魔術を覚えたかったように、きっとエラにも使いたい魔術があったのだ。
ロスヴィータの言う「カッコイイ魔術」が。
「……でも、どんなに背伸びしても、これが今の私の精一杯なんです」
魔法戦まで残された時間は少ない。
その中で、エラとレンは、皆で勝つための方法を考えたのだ。
「私は、今の私にできる精一杯をやります。派手な魔術……沢山書くので」
エラは引き締めていた顔を少し緩め、眉尻を下げて微笑んだ。
「ロスヴィータちゃんが、格好良く発動してください」
「…………」
ロスヴィータもまた、込み上げてくる葛藤を呑み込んだ顔をした。それも一瞬。
ツンと顎を持ち上げて、オレンジ色のフワフワした紙を揺らす。
「いいわ。派手に決めてあげるから、とびっきり強い魔術を書いてちょうだい」
そう返したロスヴィータはクルリと振り向き、教室の全員を見回して宣言した。
「筆記魔術は古典の一部。魔術式の選出はアタシも手伝うわ。アタシの指導は厳しいからね、覚悟しなさいよ筆記組!」
「うひぃ……しごかれそうな予感がするぅ」
「ゾフィーは魔術の知識もあるし、魔力量もあるんだから、人一倍頑張って貰うわよ!」
ロスヴィータの宣言にゾフィーがヒンヒン泣きながら震え上がる。
一方、意外と乗り気なのはルキエだ。
「筆記魔術は魔導具作りに通じるものがある……いいわ。この機会に習得してみせる」
皆が盛り上がっている中、ティアはローズがオリヴァーに小声で話しかけるのを聞いた。
「槍じゃなくて良いのかい?」
「あぁ。構わぬ。これは俺が勝利するための魔法戦ではなく、全員で勝利するための魔法戦だ」
エラとレンが、一瞬目を合わせて頷きあう。やりましたね、やったな、の顔だ。
この二人の考えを主軸に、作戦が出来上がりつつある。
「それじゃあ、筆記を主とするチームの配置と陣形を考えましょう。筆記担当の方は集まってくださーい」
エラが筆記魔術を担当する者を集め、レンはセビルとユリウスに声をかける。
「セビルとユリウスにはさ、試してみてほしいことがあるんだ」
「わたくしを頼るのだな? よろしい! お前の作戦を聞かせてみよ、美少年!」
「おぅ、美少年に任せとけ! なぁ、ユリウス、お前の契約精霊のアグニオールと話はできるか?」
「クク……まずは俺が先に話を……」
「いいですよ! できますよ! お手伝いですね、お小さい方!」
賑やかになった教室を見回し、ティアはペフフと喉を鳴らす。
群れがまとまってきている。それも士気の高い群れに。
つい一週間前までは、こんな空気になるなんて思いもしなかった。
役割を得て何かになった人間が指揮を執ると、集団がまとまる──なんとなく、人が役割を作る意味が分かってきた気がした。




