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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【30】強い生き物、弱い生き物

 ローズへの非難が落ち着いたところで、レンが話を仕切り直した。


「あ、そうだ。良い機会だから、これ触れとくな。採点基準の話」


 採点基準? とティアは首を傾げる。

 ロスヴィータが眉をひそめて言った。


「それ、ローズが提案した頭の悪い突撃戦法と関係ある?」


「あるある、大有り。今回の魔法戦、ルールの抜け穴を突いたり、捨て身の戦法だったりは、たとえ勝ったとしても、高く評価はしてもらえないと思う」


「そう思う根拠は?」


 そう訊ねるロスヴィータの表情は硬い。まるで、レンが何を言おうとしているか、察しているみたいだ。

 レンはいつも通りの彼らしい口調でそれに応じた。


「入門試験、受験者同士が協力した方がクリアしやすい仕様だったろ? 協調性の有無も、ヘーゲリヒ室長はチェックしてると思うぜ」


 ロスヴィータが頬をピクリと震わせる。

 そこにすかさず、セビルが言った。


「確かに一理あるな。仲間同士で協力しているか、犠牲者はいないか、その二点はヘーゲリヒ室長の採点基準になりそうだ」


「だろ? うちのヒュッター先生なら、ルールの穴を突いたら花丸くれそうだけど、この魔法戦は、ヘーゲリヒ室長の提案で始まったし、採点もヘーゲリヒ室長基準だと思う」


 こういう時のレンの嗅覚は信用できる、とティアは思う。

 ただ試験に挑むのではなく、試験の意図を読み取り、最善の結果を出す──そのための観察力と思考力がレンにはあるのだ。

 ふと、ティアは気がついた。レンとセビルが一瞬、目配せをしたのだ。


 ──頼んだぜ、セビル。


 ──よろしい!


 と、そういう目配せだ。

 こういう時は、話が動くとティアは知っている。

 セビルがロスヴィータに笑いかけた。


「さて、今の話を聞いても、一人で戦うと主張するか、ロスヴィータ?」


「…………」


 ロスヴィータが一瞬、痛いところを突かれたような顔をする。

 魔法戦の話が出た時から、ロスヴィータは自分は一人で戦うのだと頑なに言い続けていた。

 だが、レンの推測が正しければ、この魔法戦は協調性が問われる──皆と協力しないと、評価されないのだ。


「別に良いわ。評価されなくたって」


 ロスヴィータはフワフワしたオレンジ色の髪をギュッと掴んで、少し俯く。

 とんがり帽子の縁が傾いて、ロスヴィータの目元を隠した。


「……アタシが自分の信念を裏切るような真似をするより、ずっとマシよ」


 以前、ロスヴィータは言っていた。

 自分の母は、近代派の魔術師に足を引っ張られて負けたと。

 だから、自分は一人で戦うと決めていると。

 そのこと自体は、悪いと思わない。だけど、ティアには引っかかっていることがある。

 だから、それを素直に訊ねた。


「ロスヴィータの信念って、自分一人で戦うこと?」


 ティアがじぃっとロスヴィータを見て問うと、ロスヴィータはキッと眉を吊り上げ、ティアを見つめ返す。


「そうよ。アタシは一人で……」


「相手が、自分より強くても?」


「当然。アタシは、オーレンドルフの娘なんだから」


「じゃあ、ロスヴィータは弱い生き物だね」


 ロスヴィータの口の端が引きつる。

 エラとレンが目配せをした。二人は、喧嘩になりそうな気配を感じたのだろう。

 だけどそれを、セビルが片手を持ち上げて止めた。


「アタシは弱くなんかない。アタシは群れなくても、負けたりなんてっ……!」


「ピヨッ?」


 いきりたつロスヴィータに、ティアは琥珀色の目を丸くする。

 ティアは不思議で仕方がない。

 ロスヴィータはハルピュイアより頭が良くて、難しいことをいっぱい知っているのに、どうしてこんなに簡単なことが分からないのだろう。


「群れからはぐれた生き物は、すぐに殺されるよ。魔物はそういう獲物から狙うもん。人間は違うの?」


「…………っ」


 ロスヴィータの顔がこわばる。

 そんな当たり前のことが、分からないわけではないだろうに。あえて考えないようにしていたのだろうか?

 集団と戦うなら、群れから離れて単独行動をしている者から狙うのは当然だ。


「ロスヴィータのママは仲間と一緒に戦って、生き残ったんでしょ? だから、ロスヴィータのママは強い生き物だよ」


 一人で戦いたいという意志を悪いことだとは思わない。

 だけど、討伐室との魔法戦までに残された日数は少なく、攻撃手段も少ないのだ。

 その状況下でも、一人で戦うことを強行するのは、強い生き物のすることではない。


「本当に強い生き物は、群れの中にいても強いよ。群れの仲間も守って、自分も生き残るのが、本当に強い生き物だよ」


 ティアはユリウスと友達になりたいとは思わないけれど、派閥を作ろうという彼の考え方は、生き物として間違っていないと思う。

 群れを作るのは、生存戦略の基本だ。

 ロスヴィータは意地を張って、その真逆をいこうとしている。


「ピロロ……ロスヴィータが一人で戦って死にたいなら、別に止めないけど……」


「…………」


 ロスヴィータは眉間に深い皺を寄せ、ぎゅぅっと唇を引き結び、意固地を顔いっぱいで表現している。

 そんなロスヴィータに静かに歩み寄る者がいた。エラだ。


「ロスヴィータちゃん。今度の魔法戦、私達には使える手が限られています」


 ロスヴィータはまだ、意固地を顔に貼り付けている。

 そんな彼女に、エラは深々と頭を下げた。


「私、勝ちたいんです。力を貸してください。お願いします」


 エラに頭を下げられ、ロスヴィータの顔が迷いに歪む。

 そこにすかさず、ゲラルトが頭を下げた。


「僕からもお願いします。僕は他人に戦闘行為を強要することが嫌いですが……貴女に戦う意志があるのなら、共闘をお願いしたいのです。貴女の力がないと、この魔法戦に勝利できない」


「じゃ、オレからもー」


 ゲラルトの横に並んで、レンがしれっと頭を下げる。

 ゾフィーが半眼で突っ込んだ。


「レンのちゃっかり便乗した感〜」


「しっ、そういうこと大声で言うなっつーの……なぁ、ロスヴィータ。ここは美少年に免じて、一つ頼むよ」


 エラ、ゲラルト、レンに頭を下げられ、ロスヴィータの迷いが更に濃くなる。

 ティアは静かにセビルに近づき、小声で訊ねた。


「セビルは、何か言わないの?」


 なんとなく、セビルなら「わたくしからも頼む!」と言いそうだなぁと思っていたのだ。

 だが、セビルは小さく首を横に振る。


「わたくしから頼むと、ロスヴィータはますます意固地になる気がしてな。それに……」


「ピヨ? それに?」


 セビルは口の端を持ち上げて、ニヤリと笑った。


「ロスヴィータは、か弱い者に頼られる方が効く」


 セビルの視線の先では、フィンが遠慮がちにロスヴィータに話しかけている。


「オ、オイラは……無理に戦うこと、強要しなくてもいいと思うけど……怖いものは、怖いし……」


「ちょっと待った! アタシは怖いから嫌だって言ってるわけじゃない! 足を引っ張られるのが嫌だって言ってるの!」


 拳を握って主張するロスヴィータに、フィンは困ったように眉尻を下げた。


「えっと、ロスヴィータは優しいから……仲間が傷つくところ、見たくなくて、一人で戦いたいのかな、って」


 んにゃっ、と発声に失敗したような声が、ロスヴィータの喉から漏れる。

 そこにすかさず、大人二人が畳み掛けた。


「ならば俺達は、足を引っ張らぬよう努力しよう」


「引っ張っちゃったらごめんな〜。でも、防御結界でみんなを守れるよう頑張るからさ!」


 ロスヴィータの喉が「あぎゅぅぅぅ……」と奇怪な音を立てる。

 彷徨う視線の先で、ロスヴィータはユリウスとルキエを見た。二人を見たというより、視線を彷徨わせた先で、たまたま目が合ってしまったのだろう。

 ルキエが冷めた態度で言う。


「私は口を挟まないわよ。好きにしたら?」


「ククッ……よもや、俺に頭を下げてほしいわけでもあるまい」


 ロスヴィータは一度俯き、勢いよく顔を上げる。

 勢いが良すぎて傾いたとんがり帽子をササッと直し、ロスヴィータは声を張り上げた。


「あーもうっ、仕方ないわね! あんた達が頼むから、仕方なく協力するのよ! そこを間違えないでよね!」


 教室にホッとしたような空気が広がる。

 そんな中、ティアは思ったことを素直に言った。


「……ピヨ? ロスヴィータ、なんでそんなに怒ってるの?」


「あんたがそれ言う!?」


 ロスヴィータが眉を吊り上げて詰め寄り、ティアの頬を両手でグニグニ潰したので、ティアはペヴヴヴ……と鳴き声を漏らした。

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