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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【幕間】ピヨピヨしい(=なんか楽しそうな)

 

 男子会をした日の夜、湯浴みを終えて自室に戻ったローズは、モジャモジャの髪とヒゲをワシャワシャと拭いていた。

 彼はこのヒゲを割と気に入っているのだが、乾かすのは面倒だなぁと常々思っている。髪もそれなりに量が多いので尚更だ。

 少しでも早く乾かそうと、ローズはヒゲに手を突っ込んで、バサバサと振ってみる。

 その様子を見ていたオリヴァーが、髪を拭きながら言った。


「そのヒゲ、剃った方が苦労がないのではないか?」


「うーん、割と気に入っててさぁ。ほら、カッコイイじゃん?」


 細かな水滴を飛ばしながら、ローズはヒゲの中で手を動かす。

 ふと、ローズは思いついた。


「オリヴァーが魔術でこう……良い感じの風を起こしたら、髪とかヒゲ、あっという間に乾かないかな?」


「良い考えだが、すまない。オレは飛行魔術以外は殆ど使えぬのだ」


 言われてみれば、ローズはオリヴァーが攻撃魔術の類を使うところを見たことがない。

 だが、オリヴァーが魔物狩りの一族で、魔物と戦うことを想定して訓練を受けているのなら、まぁ納得のいく話ではあった。

 武器に魔力付与した方が魔物にダメージを与えやすいが、普通の武器も効かないわけではない。

 実戦では、不慣れな魔法剣で無駄に魔力を消費するぐらいなら、ただの剣で切り掛かった方が効率が良いという者もいる。

 魔力を帯びた攻撃でないとダメージにならない魔法戦は、極めて特殊な戦闘なのだ。

 そもそも魔法戦自体が、比較的新しい技術である。


(今まで普通の武器で魔物と戦ってたのに、わざわざ魔法戦のためだけに魔法剣を学ぶ奴は……まぁ少ないよなぁ)


 これが対竜戦闘となると、また勝手が違ってくるのだが、オリヴァーは竜ではなく魔物と戦う一族の人間だ。

 魔物退治において、必ずしも攻撃手段が魔術である必要はないのである。


「オリヴァーのお兄さんは、槍に魔力付与してたよな?」


「あぁ、兄者は槍に風の刃を纏わせるし、普通に放つこともできたと思う」


 風の魔術は射出速度こそ速いが、威力がやや低い傾向にある。攻撃が浅くなりがちなのだ。だからフレデリクは槍や飛行魔術と併用して、威力を上げているのだろう。

 オリヴァーは魔法戦に向けて、セビルと一緒に魔法剣の技術を勉強中だという。だが、魔法戦の日に間に合うかどうかは微妙なところだろう。

 ローズは少し疑問に思った。

 風の魔術は放出するのは容易く、物質に付与するのが難しい、という性質がある。つまり、魔法剣向きではないのだ。

 魔法剣だけに限定して考えるなら、氷属性のセビルより習得は困難だろう。


「オリヴァーは、風を矢みたいに飛ばして戦ったりはしないのかい?」


「…………」


 オリヴァーは黙り込む。答えづらくて黙り込んでいるというより、自分の考えを整理しているような間だ。

 オリヴァーは基本的に明瞭な男で、答えはいつもハッキリと簡潔に言う。


「おそらく、風属性は風を弾丸なり刃なりにして、飛ばして戦う方が容易なのだろう。だが、俺は槍を主武器として戦いたいのだ」


「それって、ランゲ一族にとって槍が誇りだから?」


「あぁ」


 頷き、オリヴァーは壁に立てかけている槍を見る。

 鋭い目で、どこか誇らしげに。


「俺達の先祖で、『赤き雨のランゲ』と呼ばれている人物がいる。とにかく強く、飛行魔術で飛び回って、その槍で次々と魔物を倒していったらしい」


 語る声は淡々としているようで、静かな熱を帯びていた。子どもの頃から聞かされてきた英雄を語るかのように。

 それが己の先祖であることが、オリヴァーは誇らしいのだろう。

 そういうのって、なんかいいなぁ、とローズは密かに思う。


「子どもの頃から、そうありたいと思っていた。そうあれと自分に言い聞かせてきたのだ」


「だから、赤き雨のオリヴァーなんだ?」


「あぁ。強そうだろう」


「うん。すげー強そう!」


 快活なローズの言葉に、オリヴァーは口の端を持ち上げて小さく微笑む。

 魔物狩りの一族について、ローズは詳しくは知らない。

 ただ、オリヴァーが先祖を尊敬し、自らの意思でそうありたいと思っているのなら、応援したいと思った。

 髪の毛をツンツンと逆立てたり、赤き雨を名乗ったり、オリヴァーが彼の考える強そうな振る舞いをするのは、兄に安心して欲しいからだとローズは知っている。


「オリヴァーはさ、魔物狩りの一族ってことは……色んな魔物を見てきてるんだよな?」


「ランゲ一族が守っている地域は、然程広くはない。だから、『色んな魔物を見てきた』と言われると答えに困る」


 そもそも、魔物が〈水晶領域〉から出てくること自体が稀である。

 ランゲ一族が守っている地域では、近くの山に年に一、二回、群れからはぐれた下位種を見かける程度だったという。


「俺が見てきたのは、獣や虫の形をした魔物が殆どだ。たまに植物型もいた」


鳥は(、、)?」


 ローズはヒゲを動かす手を止めて、繰り返し訊ねる。


「鳥の魔物は、見たことあるかい?」


「遠目に見たことはあるが、交戦したことはないな。鳥の魔物はあまり好戦的ではないのだ。魔物狩りに気づくと大抵逃げる」


「そっか」


 ローズはヒゲに手を突っ込んだまま、動きを止めて黙り込む。

 静かな部屋の中、聞こえるのはオリヴァーが黙々と髪を拭く音だけだ。いつもツンツンに逆立てている薄茶の髪は、今はペタンとしている。

 そうしていると、兄のフレデリクとよく似ていた。違うのは表情ぐらいだ。

 フレデリクはいつも微笑んでいるが、オリヴァーはキリッと険しい顔をしている。

 何はなくとも険しい顔をしているオリヴァーが、少しだけ気遣うような声で言った。


「鳥の魔物に、何かあるのか?」


「うーん……」


 ローズはヒゲから手を引っこ抜き、頬をかく。

 こちらからあれこれ訊いておいて、自分のことを全く話さないのはフェアではない気がした。


「オレ、まぁまぁ古い家の出身なんだけど」


「あぁ」


「オレんちにあった宝物、随分昔に鳥の魔物(、、、、)に盗まれたって言われててさ。それを探してるんだ」


 オリヴァーはローズの家のことも、盗まれた宝物のことも、根掘り葉掘り聞こうとはしなかった。

 ただ、髪を拭く手を止めて、少し考え込むように黙る。


「鳥の魔物……幾つか種類はいるが、有名なのはやはり、首折り渓谷のハルピュイアだろうな」


「歌の上手い魔物だっけ? ローレライみたいな感じかな」


「ローレライは鳥ではないな。上位種だ。遭遇したら、ひとたまりもないだろう」


「そっかー」


 歌を操る魔物は、その歌で精神干渉を行う。ハルピュイアが歌で精神干渉をしてくるならば、何か対策を考えなくてはいけないだろう。

 耳を塞いでもなお、心の隙間にスルリと入り込んでくるのが魔物の歌なのだ。


(魔物の歌を、ティアの歌で相殺とかできないかなぁ)


 同じ見習い仲間のピヨピヨしい歌を思い出したら、なんだか楽しい気持ちになってきた。

 ヒゲと髪もある程度乾いたことだし、あとは寝る前に手紙でも書くことにしよう。


(書きたいことが、いっぱいだ)


 カードゲームを餞別にとくれた友人に、一緒に遊ぶ仲間ができたのだと伝えたい。

 ちょっと放っておけない、年下の頑張りや達のこと。

 同室の仲間が良い奴で、洗濯物の綺麗な畳み方と収納方法を教えてくれたこと。

 みんなで部屋に集まって、男子会をしたこと。


(あ、いけね。魔術の修行も頑張ってるぜ、ってのと……あとは、植物の魔力付与研究の成果も……特に進展はないけど、とりあえず送っとかないと)


 餞別をくれた友人が、「己がすべきことをしろ!」と怒鳴る姿を想像し、ローズはせっせと羽根ペンを動かした。

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