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2025年7月に未曽有の大災害があるという噂がまことしやかに囁かれた、一年前のことである。

作者: ちゃ畜

 

 これから書く話はホラーだ。

 ただし、ホラーといっても皆が想像するようなものではない。

 この話に幽霊や妖怪、呪いのようなものは出ては来ないからだ。


 それよりももっと怖い……空のように覆う不安の記録と言っていい。……それにほんの少しの楽観のエッセンスを取り混ぜたもの……だがそれでも十分に怖いと言えるだろう。


 漠然とした不安はどんな物より恐ろしいから。


 二〇二四年夏にパリ五輪が開催された。

 パリでオリンピックが行われるのは実に百年ぶりとのことで目出(めで)たいことこの上ない。……はずだった。

 しかし蓋を開けてみれば阿鼻叫喚! ああ、世界は本当に壊れだしているのかもしれない……という確信に近い予感を見せられるパビリオンとなっていたのである。

 およそこの世の悪夢が全部、贅沢に詰め込まれ、死ぬまで平和ボケだろうと思っていた日本人が、うっかり自分たちが差別されていることにさえ気付く。


 そんな歴史的な世界大会だった……。


 なのに、この世界大会の責任者が「ではまた近く日本でやりましょうね!」みたいなさらにとち狂ったことを平然と舐め腐って言うのだから、もはや乾いた笑いしか出なかった。


 この平和ボケで善良で、綺麗好きで臆病で、腰のやたらに重い、世の中に不満が溢れて愚痴りまくって、未来にこれ以上なく絶望しているにもかかわらず……せかせか毎日懸命に働いたり勉強したり、ついうっかり誰かに親切にしてしまう間抜けな僕らが、いったい何をしたというのだろうか?


 いいや、でもそれは逆で、そんな圧縮機で押しつぶそうとしているにかかわらず、それでもなお手を動かす真摯さを持つからこそ、あんな憂き目に僕らは合っているのかもしれない……。


 もう一言これに尽きる「アホか」と。


 世界に『こんな間抜け』がある一定の数いなかったら、それこそ世界は地獄アリの餌だろう。

 『正直者の馬鹿』がいない世界なんて楽園を通り越して破廉恥(はれんち)でしかない。

 誰がお前らごときに潰されてなるものかと……給与明細の手取り額にため息をつきながら(つぶや)いてみる。


 うーん、この毎月引かれる我々の税金・年金その他もろもろはいったいどこに吸い込まれているんだ?

 ブラックホールか? 年の初めに政治家がそのことを糾弾されていたが、結局いろいろうやむやにされてるし……。


 しかも二〇二五年はさらに地獄を見るから、貯金をよろしく! とネットが煽ってくる。どうやらいわゆる『団塊の世代』が後期高齢者になるそうだ。それにより医療や介護費用が爆増するとかなんとか……。


 でもその情報を昨年から知っていた僕は今年の貯金はより頑張ろうと思っていた。にもかかわらず明らかに去年より貯金の難易度は上がっている!


 それは個人的な理由で残業を控えたというのもあるが……それにしたってお金が目減りするのだ。

 いま日本は世界に比べ物価上昇高はゆるゆるしたものとはいえ、物価上昇や円安は年中行事化していて、買い物に出ると昨年初めに比べ、同じような物を買っても体感一・五倍くらいお金が掛かる。


 うん、これを機会にダイエットや断捨離(だんしゃり)でミニマリストが出来てラッキー☆ とプラスにとらえるべきなのだろうか? 

 たしかに動画の広告タイミングにイライラせずに済むのなら、断捨離ですっきりした家で筋トレをすれば節約もできて暇つぶしになる上、心身を磨いてくれる素晴らしい趣味と言えよう。

 

 けれど、正直。


 簡素な生活を許されるのは、Tシャツとジーパンでさっと決まるスタイルの良さと、整えなくていい健康で完璧な肌や髪と、無駄な抵抗をする必要のない素晴らしい容貌。

 そして何かに追われることのない自分の時間を確保することが出来る人間に許された、特権の様な気がするのだがそこんトコどうなんだ?


 例をあげるとすれば僕だって日焼け止めをしなくて済むなら、肌がぴったりと密封されているような感覚がいまだに慣れず気持ち悪くてしたくはない。


 でもそんなことをすればどんな悲劇が待っているかは、過去の自分が体を張って検証してくれたため、決して無視できないということが、すでに肌と髪で立証されているのだ。

 その件に関しては、もし過去に戻れるのなら、頼むからそんなに体を張らないでほしいと過去の自分に強い(こぶし)を振るっても言ってやりたい。


 子どもを産め産めと政府は簡単に言ってくるが、昔みたいに義務教育もそこそこに丁稚奉公(でっちぼうこう)に子どもを出すのならばいざ知らず、先立つものも無いのに、子どもが成人するまで責任を持てる人間が果たしてどれほどいるのだろう? 


 先に言った『団塊の世代』はまさに『金の卵』と呼ばれ、多くが中卒で社会に出て集団就職した。


 それはつまり、少なくとも高校受験のための塾には通わせなくていいし、高校から掛かってくるもろもろの大きな金額を親が負担しなくていいということだ。

 おまけに子どもも『奨学金』という、それは大仰で学生に優しく微笑みかける女神のような、実に輝かしい名前を持つ(てい)のいい借金を、若い身空で背負わずに済むということになる。


 中学の卒業まで育てれば大丈夫なら、きっと、よし産んでみよう! という人も出てくると思うのだが……。


 だけど、今のこの時代は『大学を出てようやく一丁前』のような集団圧力に押され、その地獄を選ばないとまるで文明人に(あら)ずと後ろ指を指す人も少なくなく……さらには成人してからのやり直しや挽回のチャンスはほぼ皆無に近い。


 あと根本として、子どもがいないと……増やさないと経済発展しないという考え。

 それは本来いつまで続けられる考えなんだよ?


 だって今、世界には八〇億人近い人々が住んでいる。

 たった三十年前の世界の人口が五六・四億人……そこから四十一パーセント以上もの人口が増え続けている事実に目を向け、警鐘を鳴らす経済アナリストがこの世にいったい何人いるんだ!?


 そんな三十年前ですら、地球はもう持たないと……コレ以上、人間を養えやしないと言われていたはずなのだ。

 今はもう百億人へのカウントが始まっているというのに……。


 しかも、昔の人より現代人はずっと贅沢になっている。

 添加物うんぬんを親の(かたき)みたいに言う人が言うが、そりゃあ贅沢をしたければ仕方ないという側面もある。

 だって「明日から百年前の食事に戻してファーストフードは全面廃止で~す」なんて言おうものなら、暴動が起きるに違いない。


 調べて分かったが、昭和三十年頃のシャンプー頻度は五日に一度。一九八〇年代でも週に二、三回。一九九〇年半ばになってようやく人々が毎日洗髪するようになった。

 それは一見すれば文明人として素晴らしい成果に思えるが……確かに良い匂いがするのは素敵だし、ここまで広めた企業努力には素直に「すごい頑張ったんですね!?」と拍手喝さいを贈りたいが……その分だけ水や大地は汚れやすくなった。


 これと同じように、実は洗濯に使う柔軟剤というのが当たり前に洗濯で使われるようになったのも二〇〇〇年代に入ってかららしい。

 今では、当たり前すぎて無かった頃が信じられないくらいなのに……。


 これらの一部の例でお伝えしたように、知らず知らずのうちに僕らは数限りない贅沢を知ってしまった。

 ねえ、この(すね)かじりを地球はいったいいつまで許してくれますか?


 静かに向かっていく破滅に……生活苦に……希望の光が徐々に消えかける明日に……僕らは何をすればいいのだろう……。


 成功している人間は「努力をしてこなかった言い訳だろう!? ちゃんとやっている人間は五万といる!」と申すが、もう地球規模でそんなことを言っている場合ではないような?

 それに努力『する』『しない』を選べる世の中の方が、人々が理想とする楽園に近くはないだろうか?


 努力というものにも向き不向きがあると思う。

 最近すっかり(はま)ってしまったMBTI診断で各性格を見ていても、ものすごくそう感じる。

 みんなそれぞれ無いものや有るものを補い合うことで世の中は成り立っているようだ。

 その一部に努力をしない人がいることで救われる世界も、またあるのだと思う。


 それに発達の障害のある、なしや生まれ育った環境……虐待されて生きるか死ぬか、やるかやられるかの生命維持や愛情の枯渇による常に自己否定に置かれる人間とそうでもない人間。

 もともと本来持つポテンシャルや運。

 全員が全く違うスタートに立っているのに『努力』の一言で片付けるのはあまりに暴論すぎやしないか?


 僕だって『努力』は素晴らしいと信じてはいるが、それでも……時にそれを『する』か『しない』かは選ばせてほしいと思う。

 疲れ切った心と体に鞭打つ時なんかは特に……。


 世界の絶望はこれだけでももう十分な気もするが、他にも南海トラフ地震やら第三次世界大戦やらアメリカ大統領の選挙によるアメリカの分断の危機やら、中国の未曽有のバブル崩壊と台湾有事。AI による雇用機会の危機に今日も元気いっぱいなポリがコレ。


 うーんうーん……もうイベントが目白押し過ぎてお腹がいっぱいです。げふーっ!


 いったいこの小市民の庶民代表がこれらにどう抗えばいいのか?

 選挙に行くとか? いや選挙には行きますがあれって本当に公正なのですか??


 もうパリこり五輪みてからあらゆる権力に、改めて懐疑的になっている。

 ……宝くじも毎回は高額当選出していないって噂を耳にするし……どうでもいいですがあれって十億一本当たるより、一千万円が百本とか百万円が千本とか当たる方が、より幸せな人がより増えると思うのですがいかがでしょう? それについて母がよく愚痴っていましたよ。はい。……というかこれこそ単なる愚痴になっているな。ごめんなさい。


 で、出来ることは何なのかを考える。


 この世界規模の大ホラーに(あり)が抗う術……それは何だ? 


 僕はこの国で骨を(うず)めることを決めている。もしかしたら一時海外に住むことになるかもしれないし……それは子供の頃からの夢でもある。

 だって、見たこともない世界に何度子供の頃に胸をときめかせたかしれない。


 この母なる祖国の常識が通用しないアグレッシブさとエキゾチック。なじみのない文化に僕はどうにも弱いのだ。

 数多(あまた)の海外紀行あるいは在住エッセイを読むたびに、どうしてもワクワクどきどきが止まらない。

 『事実は小説より奇なり』は英国の詩人バイロンの言葉が元になっているが、まったく彼の言う通りだと思う。

 この世にはあまりに創作では語りつくせない物語が、そこら中に石のように散らばっている。


 神様が世界の最初の創作者であるというのならば、それこそ、そこら辺の小説やらなんやらを書いている者とはそもそものやっている年数の厚さや星の数におよぶ場数。多岐にわたるどころか全ジャンルを網羅を見て「当然だ! このせいぜい頑張っても百年しか生きられないひよっこ共が!?」といわれてもぐうの音も出ないな……と、その様相に最近は下らなくも妄想したりする。


 だけど、だけど欲を言うのならば、いつか事実を超えるようなあまりにも面白い物語を書いてみたい。

 それが僕の大いなる野望なのだ。


 だから、そのためにもあらゆる世界に散らばる物語を肌で感じたい。まあ、単純に面白そうっていうのが一番ですが……。


 でも、それと同時に僕は自分の祖国に生まれたことを感謝しているから、なにか恩返しがしたいと考える。

 だってこの国に生まれたから、僕は小説を書いたり絵を描く幸福に出会えた。


 『創作する』。このことに対して果たしてこの日本ほど恵まれた国があるだろうか? 断言するが、そんなものありはしない!


 あらゆる浴びるようなエンターテインメントや、教室の隅にすらいる天才。


 自分をはるかに(しの)ぐ才能がそこら中に溢れかえっている国なのだ。なんって恐ろしい!

 そんな事実に恐怖におののくと同時に心から感謝する。この無限ドミノの様な自分に立ちはだかる壁たち……。

 世界も面白いが、この人々もその作品もあまりにも面白過ぎる。


 足がすくみそうになりながら、それでも自分と同じように酔狂にも小説を書いたり絵を描くことが「楽し過ぎる!?」と思っている人たちがこんなにいることが、素直に嬉しくて涙が出そうだ。


 僕には世界は変えられないし、きっと救えやしないが……だから抗う術ならこれしかない。


 どんなに貧乏になっても、紙やペンや鉛筆は買いだめてあるのでしばらくの心配はない。

 手元にあるパソコンや液晶タブレットにスマートフォンも、すぐには使えなくなったりはしないはずだ。(※バックアップは常にしておくべきだろう。サイバー攻撃怖い……)それから、どんなに貧乏になっても図書館はあるし(※焚書(ふんしょ)ダメ絶対)、積読(つんどく)も人並み以上にしている(※それは誉められることなのか??)。

 創作のお供のスティック珈琲だってまだまだ余剰ありだ(※うん、やっぱり現代人は贅沢に飼いならされているようである!?)!


 だから、きっと大丈夫。

 この胸にある好奇心が(つい)えない限り、誰も僕らを本当の意味で殺せやしない。

 世界がひっくり返っても自身の欲望に忠実に抗って見せよう。


 二〇二五年七月にも恐ろしい預言が飛び交う中、そうやって不安を煽ることで得をする人間がいるということも僕らは知っている。

 だって不安ってお金になるもん!!

 

 だから、そうやってどうやって生存戦略をして、破滅フラグをへし折ってやる。

 この『好き』というただ一点の曇りない光で。







 ※ほぼほぼエッセイの私小説のため一人称『僕』でお贈りしました。

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