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暁にもう一度  作者: 伊簑木サイ
第九章 束の間の休息(海賊の末裔の地キエラにおいて)
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11 兄とは目の上のたんこぶ

 城に帰ると居間の暖炉が赤々と火を熾され、ソランはアロナ以下女性陣に捕まって、問答無用でその前に座らされた。温かいスープを渡され、背中に毛布を掛けられる。

 殿下はハリーに呼ばれて出て行き、部屋の中にはスーシャとファティエラと三人だけとなった。

 ちょうどいいと思って、隣の護衛室にいるイアルを呼んでもらうことにした。ずっと話さなければと思っていたことがあったのだ。二人きりにして欲しいと言うと二人は渋ったが、扉は開けておくからと約束して出て行ってもらった。


 イアルはソランの二メートルほど後ろで立っていた。基本的に主の前では立っているか跪くかである。真正面で向き合うこともほとんどない。

 ほんの数ヶ月前までは肩を並べて火に当たっていたのにと思い出すが、感傷は特にわかなかった。立ち位置が変わり失ったものもあるが、より強固になった絆もある。そして変わらないものもある。ソランが背中を任せられるのは、昔も今も彼しかいなかった。

 カップを両手で持って膝の上に置き、火を見ながら話しかける。


「食後にジェナス殿を酒宴に誘う。その時、イアルも同席して」

「かしこまりました」

「それで、その時の話題なんだけど」


 ソランは言い淀んだ。しかしここで言っておかないと、後できっとイアルを戸惑わせるだろう。内心の動揺そのままに、頭を下げて額をカップにつける。それでも言葉を搾り出した。


「宝剣の呪いについてなんだ。……実は私が、その、失われた神の生まれ変わりらしくて、だから」


 だから、なんだというのだろう? 心中で自分で突っ込み、自嘲する。それ以上言うことなど有りはしなかった。バツが悪くてどうしようもなく、手の中のカップを強く握る。


 だって、『失われた神』だなんて、領民が何世代にも渡り待ち望んできた人物が実はソランだっただなんて、いったいどの面下げて言えるというのだろう。そういった人物は、もっと才能に溢れて、人より抜きん出ているものではないのか。誰だってそういう人物を想像するはずだ。少なくともソランはそう思ってきた。

 しかし当のソランはいつでも迷い、叱られ、励まされ、支えられ、必死で努力してきたような人間だ。そうして身につけられるものは身につけてきたが、それでもまだその人物像には遠いと言うより他はない。


 いずれは領民に伝えなければいけないのに、言える気がしない。言いたくない。言えるわけがない。

 背を向けて話しているのは、実は主としての態度などではなく、どうしよう、イアル、と縋りつきたいのを取り繕っているだけなのだ。


 後ろ向きな思考に陥って背を丸めていたら、背後で盛大な溜息が聞こえた。ソランはビクリと体を震わせつつ、恐る恐る後ろを振り返らずにはいられなかった。イアルはものすごく呆れた顔をしていた。


「本当に欠片も自分を疑ったことがなかったのか」


 ぞんざいな口を利く。久方ぶりのそれに、ソランはおずおずと頷いた。イアルは頭が痛むというように額に手を当て、さっきよりも深い溜息をついた。


「おまえ、理想が高いのもほどほどにしろよ?

生まれた時から、会う女性会う女性、全員漏れなく総浚いしやがって。俺たち同年代の男が、どれほど泣かされてきたか。

だからっておまえを叩きのめしでもすれば、よけいに女性の不興を買うし、そもそも束になってかかっても叩きのめされるのは俺たちだったし。

それだけならまだしも、領地の危難には先頭に立って立ち向かうしな。どんだけ男前なんだって話だよ」


 ソランは何の話だかわからずに、戸惑ってイアルを見つめた。イアルが手を下ろし、怒った瞳で見つめ返してくる。


「俺たち男連中も、そのおまえの男前さに惚れている。それはわかってるんだろ?」


 そこに惚れられているとは思わなかった。が、慕われているのは知っているし、どんな命でも従ってくれると疑ったことはない。ソランは強く頷いた。


「だったら、その領主が宿願の待ち人だったと知って、喜ばない者がいると思うか?」


 ソランは首を傾げた。そうなのだろうか。そうだったら良いのだが。ソランの納得していない様子に、イアルは低い声を出した。


「いいかげんにしろ。自分を貶めて考えるのは、俺たちを貶めるのと同じだ」


 痛い言葉だった。

 ソランは情けない顔をして上目遣いにイアルを見上げた。まるっきり叱られた子犬そのものである。


「おまえ、そんな顔を領民や兵士に見せるなよ」

「わかってるよ、そのくらい」


 イアルだから見せるのだ。他はマリーと祖父と両親。それに殿下。

 最後の一人のところで心が躍って、なんとなく目を逸らし、暖炉へと向き直った。


「そういえば、おまえ、殿下に何かしたか?」


 とてもさりげない問い掛けに、どうしてかわざとな気がした。

 時々、イアルにはソランの考えていることが全部聞こえてしまっているのではないかと思うことがある。それは良いときもあるが、大抵は鬱陶しい。放っておいて欲しいことに限って、こうやって突っついてくる。

 イアルの弟アッシュとは、そのへんで非常に意見が合った。兄とは頼りになるが、基本的に目の上のたんこぶなのである。


「どうして?」

「今日の殿下はおとなしかったから」

「そうだった?」

「心当たりはないのか?」

「あるよ」


 どうせわかっているくせにと思って、しらばっくれるのはやめて、振り返って睨みつけてやる。


「でも、教えない」

「あ、そ。別に詳しく聞きたくないし、むしろ話すな」

「聞いたくせに!」

「何かしましたか、とお聞きしただけで、是か否で答えてくだされば充分だったのですが」


 慇懃無礼な物言いに戻してくる。腹立たしさ倍増だった。


「答え方まで人に指図するな」

「承知いたしました。善処いたします」


 ソランは怒りそのままに、ぷいっと暖炉へと向き直った。


「話はそれだけだ。出てけ馬鹿」


 立ち去る足音が聞こえた。ソランは荒っぽく向き直った時に指に零れたスープを舐め取りながら、いつか絶対この歳の差を越えて、あの馬鹿兄貴をやり込めてやるのだと決意を固めた。

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