6 祖父の思い出話
収穫祭当日は、朝から雲一つなく晴れあがった。秋空に吸いこまれ、底まで降りていけそうな青に、なんとはなし心が乱される。
ソランはその感覚を広げるように沐浴をした。空の色、風の感触、鳥の鳴き声、葉擦れの音、馬の嘶き、花の色、人々の気配、世界に満ちるものすべて。愛しいものたちが生かされていることに、感謝の念がわきあがる。
それから一つ一つ聖衣を着けていった。上質な絹が黒一色に染められ、金糸や銀糸で精緻な刺繍がほどこされている。黒なのは喪に服しているマイラのためだ。
「用意はできたかね」
ノックの音とともに祖父の声がした。
「はい。どうぞ」
彼は部屋に入ってくると、にこにこと何度か頷いた。
「おまえのそうした姿を見ると、イリスを思い出すよ」
「おばあ様ですか?」
「そう。まったくあの人は可憐な人だった」
そう言って、夢見る瞳で遠くを見つめる。
「真っ黒な艶やかな髪が小さな白い顔をとりまいていて、琥珀のごとき煌く瞳で私を見あげたんだ。男物のそっけない黒い服を着ていても、女性らしいまろやかな体の線は消せなくてな、いや、全部隠すことによって一層露に艶かしくて、不謹慎ながら欲情してしまったものだよ」
そんなじじーの下品な打ち明け話など聞きたくない。
ソランはせっかくの沐浴もだいなしな気分になってきて、黙ってそっぽを向いた。
非難にあふれた沈黙に、あっちの世界から自力で戻ってきた祖父は、ソランを見てフッと笑った。
「おまえはどこからどうみても非の打ち所のない貴公子ぶりだがな。うむ。立派だぞ」
「余計なお世話だ。気が散るから黙っててくれないか、じじー」
要はこの神官服を見て、祖母の聖衣姿を思い出しただけらしい。ソランと祖母は髪の色以外、容姿は一欠けらも似ていなかった。そう。彼女はソランと違って精霊族のような美女だったのだ。
神官の任を与ってきた祖母の一族は、婚約するまで男女逆の姿で育てられる。ソランも例外ではなく、常時男物しか身につけない。ここ数年、ソランは複雑な思いで、こっそりそれに感謝していた。
ほとんどの男性より高い背も、それを支える華奢とは言いがたい骨格も、これで本当に赤ん坊を育てることができるのだろうかと、時々不安になるささやかすぎる胸も、端整で優美ではあるが女性的なまろやかさに欠ける顔も、男装向きだ。というより、女装が似合わない。
「今年もおまえが一番だな」
満足げで自慢げなそれに、なにが、とは最早聞き返さなかった。毎年のことだ。ミサの後のダンスのことだ。そこで最も多くの女性にダンスを申し込まれた者は、すなわち領内で一番イイ男であり、色男とか女殺しとかいう称号をこの先一年与えられるのだ。
そんなものを貰っても、光栄ではあるが嬉しくなかった。何より、男どもの嫉妬が鬱陶しかった。
「イリスも一番人気だった。彼女に踊ってもらうために、私は乙女たちの長い列の一番最後に並んだものだよ」
またもや遠い世界に行ってしまいそうな祖父に、いいかげんにしてくれと思いながら、あらたまった口調で声をかける。
「皆が待っています。いいかげん行きましょう。先導をお願いします」