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暁にもう一度  作者: 伊簑木サイ
第七章 不死人
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閑話 記憶の欠片2

 あの時の剣の主が、今の殿下と同じ魂の持ち主だったとして。今の殿下とは随分違うと思わずにはいられない。

 何しろ当時のお方は少々頭のユルイ御仁だった。下賜された領地の城の裏山で迷子になるような方向音痴で、趣味は確か雲の形を眺めることだったか。

 そんなだから、もちろん頭の出来もそう良くはなかった。軍事的才能はまったくなく、すべてディーにおまかせだった。政治についてだって、ほとんど理解していたとは思えない。

 それでも、名君ではあった。かの君の下には、足りないものを補うように、才能のある者たちが多く集った。


 あの方はありていにいえば馬鹿だったが、並大抵の馬鹿ではなかった。

 かの君にとっては男も女も大人も子供も老人も関係なかった。馬だの猫だの犬だの牛だのも関係なかった。もっと言えば、虫だの蜥蜴だの蛇だの蛙だのも人間と同じだったのだ。それどころか、草木はもとより、空に雲に太陽に月に水に、果ては道端の石ころまで平等に、世界という世界を愛していた。

 今のディーなど及びもしない、超ど級の博愛主義者でいらっしゃったのだ。


 変われば変わるものである。ディーがこれはと思うものを褒めちぎっていると、うるさいと言って、あの剣の柄で頭を小突く無体さである。言動だけでは別人としか思えない。

 思えないのだが。

 何気ない一瞬に、同じ魂を垣間見る。あるいはよく似た魂を。


『もう、決めたのだ』


 そう言って無茶をするあの方を守って、一度は己の命で贖えた。だが、生まれ変わって馳せ参じた二度目は、守れなかった。国を分割するに当たって領地を取り上げられた元領主が首謀して王弟を擁立し、謀反を起こして、殺したのだ。

 彼らは、ハレイ山脈より北の統治権を放棄し、その上、国を分割してしまったかの君を愚王と呼んだ。

 愚王であったものか。国は膨らむだけ膨らみ、制度は疲弊して、今にも弾け飛びそうになっていた。そうすれば、大陸中を巻き込んだ戦乱が起こっただろう。その前にかの君は国を整備し直されたのだ。

 それは今の安定と繁栄を見ればわかる。かの君のなされたことは、英断だった。


『だが、もう決めた』


 そう仰る方を止める術を、ディーは知らない。従うしかないのだ。いつもいつもいつも。後ろをついていくだけだ。

 二度目に仕えた時に禿げたのは、絶対に心労からだ。今生は幸いにもまだその気配はないが、その代わり胃に穴が開くかもしれない。

 殿下ががそうとしか生きられないというのなら、彼も心に決めていることがある。絶対に言ったりはしないが。


 あの方より後に死ぬ気はない。それこそ絶対に。意地でも先に死んでやる。

 それでせいぜい嘆くといいのだ。それだけで、この思いも何もかも、全部報われる。


「少しは思い知ればよいのだ、あの横暴上司め」


 ディーは思わず独り言を漏らし、声に出してしまったことにぎょっとした。誰も聞いていないというのに誤魔化したくて、行儀悪くテーブルの上に足を乗せ上げる。そうしておいて椅子の背に体重を掛け、後方の脚だけで立つように椅子を斜めにした。

 そうしていつまでも、その不安定を楽しむように、ゆらゆらと揺らしていた。

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