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暁にもう一度  作者: 伊簑木サイ
第七章 不死人
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4 仮初の婚約者

「だから、おまえは私の婚約者として振る舞え」


 ソランは、言われたそれにしばらく考えをめぐらせ、


「愛人止まりの方が良いかと。王太子妃を迎えられる時に、あまりに外聞が悪くなります」

「中途半端ではよけいに騒ぎが大きくなるだけだ。おまえを排除せんとする者も増えるだろう」

「それはかまいません。それに、私が相手では国になんの益ももたらしません。婚約者としては誰も納得しないでしょう」


 納得しなければ、排除しようとするだろう。醜聞で社会的に抹殺するか、物理的なものに訴えるかはわからないが。

 そう軽く、理論的にソランは考えた。


「かまわぬなどと、言うな」


 ところが殿下は、突然鋭い怒りを見せた。


「いいかげんにしろ。なぜもっと自分を大事にしない。まわりがどれほどおまえを心配し、守ろうとしているか、どうしてわかろうとしない」


 ソランは困惑した。


「私の心配など、無用にございます。私は大丈夫ですから」

「その根拠のない自信は、いったいどこから来るんだ」

「できる努力はしてまいりました。それでも届かぬときは仕方ございません」

「仕方ないで諦めがつくか!」


 怒鳴りつけられた。


「覚えておけ! おまえが死んだら、王位も国も放りだしてやる。おまえを失ってまで、欲しいものなどないのだからな!」


 何を言っているのか。


「無茶な脅しはやめてください」


 ソランは笑った。お優しいにもほどがあると思った。だがそれは、王位につくなら命取りになる。本当にそんなことをする気なら、傍にはいられない。いられないが、今はまだ判断を下すには早すぎる。なにより立太子する殿下を守るのが先だ。


「承知いたしました。身辺には充分気をつけるといたします」


 丁寧に答えたソランに、殿下は不満げに鼻を鳴らした。


「王宮はくだらぬ嫉妬と欲望にまみれた所だ。今回の毒殺騒ぎも、ミルフェの夫候補からおまえを外すためだった。笑い事ではすまんのだぞ」

「そうでしたか。断るのが少々遅かったようですね」

「遅い早いではなかろう。私の手落ちだ。この件に関しては謝らねばならぬ。すまなかった」


 ソランは首を傾げた。


「なぜ謝られるのですか」

「ミルフェの夫の第一候補はカルシアン・ペイヴァーなのだ。第二、第三、と五番目まで様々な理由を付けて傍に置いているのだが、どうも見向きもしなくてな。六番目の候補としておまえを考えていたのだ」

「私、ですか? 私にはなんの後ろ盾もありませんが」

「おまえの後ろ盾は私だ。それに、宝剣の主でもある。ミルフェを娶れば、おまえは兄上より上位の王位継承者となる」

「まさか」

「まさかではない。愚かしいことに、宝剣の主はそれだけで王位継承第一位と目されるのだ」

「慣例ですか。それとも別に理由があるのですか?」

「慣例でもあり、理由もある。

主がいない間、宝剣を収めてある聖堂に碑文があってな。それに、

『この地に安寧を齎さんと欲する者に我が剣を与えん。これを以って加護とす。その願いを叶え、この地を守護せよ』

とあるのだ。最後の一文を王権と重ねて見れば、王位となる。べつに将軍職であってもかまわんと思うのだがな」


 馬鹿馬鹿しい話だ。そう言って、殿下は溜息をついた。


「だから、おまえが宝剣の主の姉であるとなれば、それだけで妃候補として充分な資格になるのだ。王族でない王位継承者など、放ってはおけまい?」

「公表するのですか?」

「する」

「それによって殿下のお立場に影響はないのですか」

「おまえが私の傍にいる限り、ないだろう」


 『ソラン』が殿下の陣営に組する限り。


「しかし、いつまでも怪我が治らないのでは怪しまれましょう」

「それについては、ある程度回復したら、領地で長期療養させることにする。怪我によって手足が動かなくなる者は多いからな」

「ああ、そうですね。それならば良いでしょう」


 再び動かせるようになるには、多大な努力と時間が要る。理由としては妥当だろう。


「この件については、王妃が激怒して采配を振るっていらっしゃる。王妃の許に送り込んだ侍女に毒を混入させたようだ。

将軍が動き、首謀者の身柄は拘束した。領地に軍も派遣し、家財も没収予定だ。今は協力者を吊るし上げているところだ。

近いうちに裁きが下されるだろうが、極刑以外は有り得ぬだろうな」


 王妃の顔に泥を塗ったとは言え、狙ったのは何の力も持たない小領の次期にすぎない。刑が重過ぎる気がした。ソランの顔色を読んだのだろう、殿下が付け加える。


「王妃の事情だけではない。宝剣の主を狙ったのだ。知らなかったなど、理由にはならん」

「見せしめですか」

「その側面もあるな」

「だから、殿下ではなく、王妃がなさるのですね」


 次の世代に遺恨を残さないために。


「おまえを婚約者として扱えば、ある程度の護衛も確保できる。本当は妃にしてしまえばよいのだが、おまえは承知しまい?」


 殿下は冗談を言って笑った。


「いつから宗旨替えを?」


 ソランも肩を竦めて冗談を返した。


「もちろん、おまえと会ってからだ」


 人の悪い笑みを浮かべて、先程と同じように手を出せと言う。躊躇っていると、さっさとせよと急かされる。ソランはおずおずと手袋をしていない片手をさし出した。

 思ったとおり、その手を取られ、口付けが落とされる。


「この程度で固まられては困るのだがな」


 くすくすと笑う。


「それから、無闇矢鱈と他の男に触らせるな。私は嫉妬深いぞ?」


 ソランは手を引っこめて、眉を逆立てた。


「お戯れは程々に願います!」


 真っ赤になったソランを見て、殿下は声を上げて笑った。




 その後、ペイヴァーが何にけりをつけなければいけないのか聞いた。


「王女派の掌握だ。不穏分子は王妃が片付けてくれるのだから、簡単なものだろう」

「ペイヴァー殿は殿下の部下だったのですか?」

「いや、将軍のだ。少々固いのが玉に瑕だが、公正な人物だ」

「彼を買っていらっしゃるのですね」

「妹をまかせようと思うくらいには。だが、ミルフェがいつもひっかかるのは、クライブ・エニシダだの、ルティン・コランティアだの、あれには少々荷の重い者ばかりでな。おまえといい、ミルフェは面食いなのだろうな」


 殿下は困ったような情けないような顔をした。

 ソランを精霊王と評したことを思い出す。たしかに弟もエニシダも精霊族のような容姿をしている。それは逆に言えば、男っぽくないということだ。

 彼女は自分の恋が国を左右すると知っていた。積極的であるようでいて、案外恐れているのかもしれなかった。だから、夢物語のような相手にばかり魅かれるのだ。


「恋に恋していらっしゃるところもあるのかもしれませんね」

「ああ、確かに。よくわけのわからないことを言っているな」


 殿下は頷いた。


「ペイヴァー殿は、ミルフェ殿下を本気でお慕い申し上げているのではないですか?」


 殿下の不興を買ってもかまわないと彼は言っていた。イリスと話すことでソランの様子が聞けるのなら。それによって、ミルフェ殿下が少しでも元気を取り戻してくださるなら、と。


「大事にしすぎて口説くこともできんヘタレだ、とディーは言っていたが」


 殿下は自信がなさそうに言った。男女のことになると、どうも苦手でいるようだ。


「そうですか。ペイヴァー殿なら、あの強面をやめて、笑いかけてさしあげればすぐだと思うのですが」


 ソランは小首を傾げて、彼の笑顔を思い出した。


「とても魅力的でしたよ」

「ほう? いつ見たのだ?」

「手に」


 キスを受けた時に。と、うっかり答えそうになり、どこか笑っていない殿下のまなざしとかち合う。殿下が彼の触った手袋を投げ捨てたのを思い出し、答えを変えた。


「手のことで気にすることはないと言ってくれた時に」

「あいつめ、別の場所で油を売ってどうするつもりだ」

「女性に優しいのは、得がたい美質だと思われますが?」

「意中の女性以外でもか?」

「そうであればこそです。女性を無体に扱ったりしないでしょう。……もちろん、殿下の魅力には遠く及びませんが」


 どこか不機嫌でいるので、付け足してみた。


「気を遣わなくても良い。よけいに腹が立つ」

「そうですか。それは失礼致しました」


 ソランは先程の仕返しとばかりに、にっこりと笑ってみせた。

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