閑話 殿下と喰えない狸爺
調剤部員の毒殺が報告された時、殿下はしばし瞑目した。この日は、すでに部下二名を失い、三名の怪我人も出していた。
襲撃者を退けた後も休む間もなく指揮を執っていたが、いっきに疲れた顔を見せたのだった。鉄面皮の殿下にしては珍しいことであった。
「アーサー」
溜息のように己の守護者の名を呼ぶ。目を開け、室内に置かれた家具のどこか一点を見つめながら、告げる。
「しばらくソランはファレノに返す。守れるな?」
「恐れながら、あれは聞かんでしょう」
どこか笑いを含んだ声に、殿下はアーサーに視線を向けた。
「しかし、あれでは使えんだろう」
「まさか」
アーサーは声をあげて笑った。
「子供ですからな。初めてのことに、ちょっと取り乱しましたが、すぐにケロリとしてやってきますよ」
「おまえは、その子供に、これ以上何をやらせるつもりだ」
批難を込めて鋭い口調で言う。
「あれは、殿下の盾となり剣となるように育てあげた者です。殿下のお傍に仕えることが、あれの幸せです」
「馬鹿なことを!」
今度こそ殿下は声を荒げた。
「馬鹿なこと? では、今まで殿下の御ために死んでいった者たちも馬鹿だったと?」
言葉もなく、アーサーを睨みつける。
「同じでございますよ、彼らも、あの子も。まわりの者に思いをかけてくださるというのなら、存分に使ってくださることこそが、我等の本願です」
殿下は奥歯をきつく噛み締めた。言ってはいけない言葉を吐き出してしまいたい衝動に駆られているのが、誰からも見てとれた。
本当は、傍近くにいる者ならわかっている。殿下がどれほど傷つき、己の命を投げ出してしまいたいと思っているのか。
だが、殿下が死ぬということは、今まわりにいる者たちの未来もなくなるということである。殿下という柱がなくなった時、その傘下にいた者たちを、敵対者たちが見逃すはずがない。いずれ必ず闇に葬り去られるだろう。
だからこそ、彼らは殿下に命を捧げる。それによってのみ、この類稀なる人を引き止めることができるからだ。
それがさらに殿下を追いつめていると知りながら。この方にとって、己が枷となれるだけの価値のあることに喜び、また、罪悪感も覚えながら。
「それに、今まであの子の無茶はよく見て来られたでしょう。お傍から遠ざけたとて、あの子のすることに変わりはございませんよ。殿下のお傍にいるから、まだマシなのです。自由にしてごらんなさい。したいことしかしないはずですから」
愉快そうに笑う。自慢げですらあった。
「私でも止められませんよ。私の部下は、どれもあの子に甘いですからね」
「では、どうするというのだ。容疑者に内部の者の名も上がっているのだぞ」
それこそが問題であった。局内さえ、安全ではなかった。
「一案、ございます」
ディーが手を挙げた。その場の全員の注目を集め、彼は肩を竦めた。
「たぶん、気に入らないかとは思いますが。絶対に途中で遮らないと仰るなら、ご説明いたします」
他に案など出ないだろうと見越した上で、とぼけてみせる。ディーは邪道を行かせたら、アーサーと並ぶほどである。まともではないだろうが、その分展望はあるかもしれない。
殿下には、こう言うしか選択肢はなかった。
「わかった。話せ」
そして、殿下の眉間に皺の増える案が披露されることになったのだった。