4 ミアーハ嬢の殺気だけで男たちが身を強ばらせた件
午後からは、将軍も交えて、慈善医療所の警備についての話し合いが行われた。
午前のメンバーの他に、王都警備隊長のアーネスト・ハイデベルグとその旗下の班長六名、王女の護衛隊長カルシアン・ペイヴァー、それに王宮側担当者としてミアーハが出席した。
医療所は王宮前の広場に開設される。いつもは市が開かれ賑わっている場所だ。その露天商を一部締め出し、テントを張り、その中で行うという。脇では炊き出しも行い、日持ちのする食料も支給するという。
物資の拠出は王宮の方で手配してくれるが、配膳や診察待ちの民衆を並ばせ、待ち時間の長さに苛々として騒ぎを起こさないように見張るのは、王都警備隊の仕事だ。
また、今回は王女が臨席するので、今までの警備ではとても間に合わない。
警備隊からは周辺の不審者探索の報告が上がり、ミアーハからは配膳の侍女の人員計画と、物資補充の運搬計画の最終確認が提出された。
後五日である。総指揮は殿下であり、計画は詰め終えられ、当日を迎えるばかりになっていた。
最後に何かあるか、と一同を見回して副指揮官のディーが聞いた。
ソランはミアーハを見た。視線が合って、なにかしら、と小さく首を傾げられた。それからディーを見ると、やり取りを見ていたのだろう、声を掛けられた。
「どんな些細なことでもいい。ファレノ殿、言ってみなさい」
「はい。当日はミアーハ嬢、コランティア殿、私も警備の人員として入っておりますが、テントの影に護衛を隠せとおっしゃるくらいですから、トレド殿以下、四人の帯剣は認められても、私たちは認められのではないかと」
「ミアーハ嬢、どうかね?」
「恐らくそうなりましょう。もっとも、私たちなら大丈夫です。衣装の下に全部隠せますから」
にっこりとする。
数人が、テーブルに隠された彼女の足元の方に見えるわけもないのに目をやり、どうなっているのか想像したらしい。その視線を感じて、彼女の笑みが冷たくなった。突然膨れあがった殺気に、男たち全員が身を強張らせた。
「となると、やはりファレノ殿も、衣装をお揃いにする必要がありますね?」
親しげな、しかし有無を言わさぬ迫力を兼ね備えた声に、ソランは辛うじて反論した。
「いいえ、短剣なら上着の内側に吊れますし、狭いテント内のこと、中型剣の方が扱いやすいでしょう。それくらいなら隠す場所は、……ありますよね?」
最後はディーを見て、目で救いを求める。
「ううん、どうかなあ」
ディーは顎に手を当てて唸った。真面目に考えている素振りが見られない。ミアーハの威圧感に即答を避けているようだ。まったくもって、頼りにならない上司だった。
「ああ言っておりますよ。ここはお揃いにした方が安全も確保できますし、王妃陛下も喜ばれましょう」
「私では、いくらなんでも違和感がありましょう」
「大丈夫です。王妃の侍女の着付けの腕前は最高ですから。それに隠し方なら、あなたになら手取り足取り教えてさしあげましてよ」
ふふふ、と笑う。彼女がソランに対して怒っているのではないのはわかっていた。
だからといって、不可抗力で不埒な想像をした男どもに、ソランをダシにして妙な圧力をかけるのはやめてほしかった。
ソランはどちらかというと男どもに同情していた。自分にない女の怖さを見せつけられて、たじろいでいたのだ。
「将来が楽しみな若者に、語りたくないような過去を作ることもあるまい」
将軍が声をあげた。
「隠し場所がないというのなら、作ってやれ。よいな?」
「承知いたしました」
ディーがすぐに拝命した。
「一度テントを張って、実際にどれくらい動けるものか確認が必要だろう。それも手配しろ」
殿下も命を出す。
「承知いたしました。他には?」
手を上げる者はいなかった。
「では、以上とする。解散」
殿下がさっさと終了を告げた。
殿下は、ミアーハや将軍と立ち話をはじめた。他の者たちが退出していく中、ソランはイアルと壁際に退き、待つことにした。
「ファレノ殿」
通りがかったトレドに声をかけられる。
「あなたは中型剣も使うのか」
「え? ええ。必要に応じて」
「その口ぶりでは他にも扱えそうだな」
「はい。得手不得手はありますが、一通りは」
「一通り? 教えてくれ、他に何が扱える?」
イアルが半歩前に出る。
「このウイシュタリアで次期領主として必要な武芸全般です」
教える気はないと示した。トレドは気を悪くした風もなく、
「いや、失礼した。これほどの若さであれだけの剣の腕を持ち、また医術も修めていると聞いてな。幼くともそこまでできるものなのかと感嘆したのだ」
「幼い?」
ソランは己を表す言葉として、とうの昔に聞かれなくなった表現を、何の間違いかと鸚鵡返しに聞き返した。
「うん。からかっているのではなくて、本当にすごいと思っているのだ。私だって二十だ。若いほうだ。でも、あなたはまだ髭さえ生え揃ってないではないか。声変わりは途中という感じか?」
トレドは少しからかい気味に、ソランの顎に指を伸ばしてくすぐった。
ソランは愕然として固まった。
私は幼く見えているのか。そうか。そうかもしれない。髭が生え揃わないといえば、どんなにいっても十四、……十五はきつい。ということは、それ以下の年齢と思われているということだ。
導き出された年齢に眩暈がした。視察中に殿下が、子供が子供がと連呼するはずだ。
「ソラン!」
突然、殿下に呼ばれてびっくりした。反射的に、はい、と答えると、来い、と呼ばれる。ランバートもだ、と性急に言われた。
「では、失礼します」
挨拶をして駆け出そうとしたソランの腕を、待ってくれ、と掴まれた。
「非番の日を教えて欲しい。私が合わせるから、遊びに行こう。王都に来たばかりだろ? 案内する。もちろんランバート殿も」
「えーと、ありがとうございます」
非番の日など決まっていないし、今のところ気ままに外に出られるかも不明だ。それでも、心遣いに感謝する。
「ソラン!」
殿下の呼び声が鋭くなった。
「すみません、決まったら連絡します」
ソランは待たせている人へと、大急ぎで駆け寄った。
「遅い」
「申し訳ありません」
ひどく苛立たしげな殿下に叱られて頭を下げると、将軍は笑った。ソランの祖父と同じくらいか少し若いだろう。がっしりとした体つきだが、温和な感じだ。目元がミアーハと似ている。薄い茶の髪に白髪が混じっていた。
「ソラン・ファレノか。さすが親族だ。イリス殿の面影があるな」
祖母の名前を出し、懐かしそうに目を細める。
「先の大乱の折、彼女のおかげでどのくらいの者が救われたか。君は彼女に師事したのだろう?」
「はい」
「そうか。殿下は無茶ばかりなさるから、よくお守り申し上げてくれ」
「畏まりました」
「イアル・ランバート。私は君のことも高く評価している。ディーともども、この子達のお守りを頼むぞ」
「はい。畏まりました」
殿下が不服そうに鼻を鳴らした。『お守り』発言が気に入らないのだろう。だが、将軍に面と向かっては何も言わなかった。将軍も可愛い孫を見るような目で殿下を見ている。二人の間には何か温かいものがあった。少なくとも王妃と話していた時よりは、よほど親しげである。
「さて、方々、はねっかえりの我が娘を途中まで送っていってもらえるかな」
「お父様にはねっかえりの娘などいませんわ」
ミアーハは澄まして切り返した。
「おお、そうかね? 先ほど私の部下を震え上がらせていたのは、どこのどなたかな?」
「あら、お父様の部下でいらっしゃったの? 私はまた、痴漢かと思いました」
「もうそこまでにしてやっておくれ。男とは魅力的な娘には弱いものなのだよ」
「二度目はございませんよ?」
「同じ失敗をする者は長生きできん。大丈夫だろうよ」
バッサリ切り捨てるような内容の会話に反して、二人は穏やかに笑いあっていた。
怖い。ソランは怯えた。
ミアーハはとても魅力的な女性である。凛とした美しさがある。エルファリア殿下に対する心遣いを見れば、細やかで愛情豊かな人だともわかる。それにソランには優しくしてくれるし、好きだ。でも、絶対に敵に回してはいけない人である。そう心に刻みこんだのだった。