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暁にもう一度  作者: 伊簑木サイ
第五章 平穏は、ほど遠く
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4 ミアーハ嬢の殺気だけで男たちが身を強ばらせた件

 午後からは、将軍も交えて、慈善医療所の警備についての話し合いが行われた。

 午前のメンバーの他に、王都警備隊長のアーネスト・ハイデベルグとその旗下の班長六名、王女の護衛隊長カルシアン・ペイヴァー、それに王宮側担当者としてミアーハが出席した。


 医療所は王宮前の広場に開設される。いつもは市が開かれ賑わっている場所だ。その露天商を一部締め出し、テントを張り、その中で行うという。脇では炊き出しも行い、日持ちのする食料も支給するという。

 物資の拠出は王宮の方で手配してくれるが、配膳や診察待ちの民衆を並ばせ、待ち時間の長さに苛々として騒ぎを起こさないように見張るのは、王都警備隊の仕事だ。

 また、今回は王女が臨席するので、今までの警備ではとても間に合わない。


 警備隊からは周辺の不審者探索の報告が上がり、ミアーハからは配膳の侍女の人員計画と、物資補充の運搬計画の最終確認が提出された。

 後五日である。総指揮は殿下であり、計画は詰め終えられ、当日を迎えるばかりになっていた。


 最後に何かあるか、と一同を見回して副指揮官のディーが聞いた。

 ソランはミアーハを見た。視線が合って、なにかしら、と小さく首を傾げられた。それからディーを見ると、やり取りを見ていたのだろう、声を掛けられた。


「どんな些細なことでもいい。ファレノ殿、言ってみなさい」

「はい。当日はミアーハ嬢、コランティア殿、私も警備の人員として入っておりますが、テントの影に護衛を隠せとおっしゃるくらいですから、トレド殿以下、四人の帯剣は認められても、私たちは認められのではないかと」

「ミアーハ嬢、どうかね?」

「恐らくそうなりましょう。もっとも、私たちなら大丈夫です。衣装の下に全部隠せますから」


 にっこりとする。

 数人が、テーブルに隠された彼女の足元の方に見えるわけもないのに目をやり、どうなっているのか想像したらしい。その視線を感じて、彼女の笑みが冷たくなった。突然膨れあがった殺気に、男たち全員が身を強張らせた。


「となると、やはりファレノ殿も、衣装をお揃いにする必要がありますね?」


 親しげな、しかし有無を言わさぬ迫力を兼ね備えた声に、ソランは辛うじて反論した。


「いいえ、短剣なら上着の内側に吊れますし、狭いテント内のこと、中型剣の方が扱いやすいでしょう。それくらいなら隠す場所は、……ありますよね?」


 最後はディーを見て、目で救いを求める。


「ううん、どうかなあ」


 ディーは顎に手を当てて唸った。真面目に考えている素振りが見られない。ミアーハの威圧感に即答を避けているようだ。まったくもって、頼りにならない上司だった。


「ああ言っておりますよ。ここはお揃いにした方が安全も確保できますし、王妃陛下も喜ばれましょう」

「私では、いくらなんでも違和感がありましょう」

「大丈夫です。王妃の侍女の着付けの腕前は最高ですから。それに隠し方なら、あなたになら手取り足取り教えてさしあげましてよ」


 ふふふ、と笑う。彼女がソランに対して怒っているのではないのはわかっていた。

 だからといって、不可抗力で不埒な想像をした男どもに、ソランをダシにして妙な圧力をかけるのはやめてほしかった。

 ソランはどちらかというと男どもに同情していた。自分にない女の怖さを見せつけられて、たじろいでいたのだ。


「将来が楽しみな若者に、語りたくないような過去を作ることもあるまい」


 将軍が声をあげた。


「隠し場所がないというのなら、作ってやれ。よいな?」

「承知いたしました」


 ディーがすぐに拝命した。


「一度テントを張って、実際にどれくらい動けるものか確認が必要だろう。それも手配しろ」


 殿下も命を出す。


「承知いたしました。他には?」


 手を上げる者はいなかった。


「では、以上とする。解散」


 殿下がさっさと終了を告げた。




 殿下は、ミアーハや将軍と立ち話をはじめた。他の者たちが退出していく中、ソランはイアルと壁際に退き、待つことにした。


「ファレノ殿」


 通りがかったトレドに声をかけられる。


「あなたは中型剣も使うのか」

「え? ええ。必要に応じて」

「その口ぶりでは他にも扱えそうだな」

「はい。得手不得手はありますが、一通りは」

「一通り? 教えてくれ、他に何が扱える?」


 イアルが半歩前に出る。


「このウイシュタリアで次期領主として必要な武芸全般です」


 教える気はないと示した。トレドは気を悪くした風もなく、


「いや、失礼した。これほどの若さであれだけの剣の腕を持ち、また医術も修めていると聞いてな。幼くともそこまでできるものなのかと感嘆したのだ」

「幼い?」


 ソランは己を表す言葉として、とうの昔に聞かれなくなった表現を、何の間違いかと鸚鵡返しに聞き返した。


「うん。からかっているのではなくて、本当にすごいと思っているのだ。私だって二十だ。若いほうだ。でも、あなたはまだ髭さえ生え揃ってないではないか。声変わりは途中という感じか?」


 トレドは少しからかい気味に、ソランの顎に指を伸ばしてくすぐった。

 ソランは愕然として固まった。

 私は幼く見えているのか。そうか。そうかもしれない。髭が生え揃わないといえば、どんなにいっても十四、……十五はきつい。ということは、それ以下の年齢と思われているということだ。

 導き出された年齢に眩暈がした。視察中に殿下が、子供が子供がと連呼するはずだ。


「ソラン!」


 突然、殿下に呼ばれてびっくりした。反射的に、はい、と答えると、来い、と呼ばれる。ランバートもだ、と性急に言われた。


「では、失礼します」


 挨拶をして駆け出そうとしたソランの腕を、待ってくれ、と掴まれた。


「非番の日を教えて欲しい。私が合わせるから、遊びに行こう。王都に来たばかりだろ? 案内する。もちろんランバート殿も」

「えーと、ありがとうございます」


 非番の日など決まっていないし、今のところ気ままに外に出られるかも不明だ。それでも、心遣いに感謝する。


「ソラン!」


 殿下の呼び声が鋭くなった。

「すみません、決まったら連絡します」


 ソランは待たせている人へと、大急ぎで駆け寄った。




「遅い」

「申し訳ありません」


 ひどく苛立たしげな殿下に叱られて頭を下げると、将軍は笑った。ソランの祖父と同じくらいか少し若いだろう。がっしりとした体つきだが、温和な感じだ。目元がミアーハと似ている。薄い茶の髪に白髪が混じっていた。


「ソラン・ファレノか。さすが親族だ。イリス殿の面影があるな」


 祖母の名前を出し、懐かしそうに目を細める。


「先の大乱の折、彼女のおかげでどのくらいの者が救われたか。君は彼女に師事したのだろう?」

「はい」

「そうか。殿下は無茶ばかりなさるから、よくお守り申し上げてくれ」

「畏まりました」

「イアル・ランバート。私は君のことも高く評価している。ディーともども、この子達のお()りを頼むぞ」

「はい。畏まりました」


 殿下が不服そうに鼻を鳴らした。『お()り』発言が気に入らないのだろう。だが、将軍に面と向かっては何も言わなかった。将軍も可愛い孫を見るような目で殿下を見ている。二人の間には何か温かいものがあった。少なくとも王妃と話していた時よりは、よほど親しげである。


「さて、方々(かたがた)、はねっかえりの我が娘を途中まで送っていってもらえるかな」

「お父様にはねっかえりの娘などいませんわ」


 ミアーハは澄まして切り返した。


「おお、そうかね? 先ほど私の部下を震え上がらせていたのは、どこのどなたかな?」

「あら、お父様の部下でいらっしゃったの? 私はまた、痴漢かと思いました」

「もうそこまでにしてやっておくれ。男とは魅力的な娘には弱いものなのだよ」

「二度目はございませんよ?」

「同じ失敗をする者は長生きできん。大丈夫だろうよ」


 バッサリ切り捨てるような内容の会話に反して、二人は穏やかに笑いあっていた。

 怖い。ソランは怯えた。

 ミアーハはとても魅力的な女性である。凛とした美しさがある。エルファリア殿下に対する心遣いを見れば、細やかで愛情豊かな人だともわかる。それにソランには優しくしてくれるし、好きだ。でも、絶対に敵に回してはいけない人である。そう心に刻みこんだのだった。

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