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暁にもう一度  作者: 伊簑木サイ
第三章 大河サラン視察
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5 襲撃

 日程は順調だった。山中に入ってから二日目、日も傾き、そろそろ第二の寝小屋に着く。エニュー砦からイオストラ砦までは馬で三日かかるので、間に二箇所、寝小屋が用意されていた。

 一度に二十人ほど泊まれるように、一段高い広い板敷きの部屋と、煮炊き兼暖房用の暖炉が備え付けられ、積んできた荷物を置いておく土間と馬小屋も、全部一つの空間に納められていた。

 外には狼も熊もいる。何より山中だけあって、特に朝晩の冷え込みは平地の比ではない。風と雨露をしのげ、火にあたりながら休息を取れるのはありがたかった。


 祖父の部下たちも、護衛・探索として山に入っているはずだ。彼らは野宿だ。

 ソランは空を見上げた。良く晴れていた。これでは朝方はかなり冷えこむだろう。少し曇っていた方が、どういうわけか暖かいものだ。彼らを思いやって、小さく溜息をついた。


 その時、急速に殺気が膨れ上がった。前方に人影がおどりでてくる。この辺では見かけない短い弓を構え、矢をつがえたと思ったら、狙いを定める間もなく、考えられないような速射をしてくる。先頭の騎士ベイルが剣を抜いて薙ぎ落とした。

 ソランは急いで殿下の左側、林方向に馬を進めた。馬首を返し、一歩遅れてディーも並ぶ。そこへ複数の矢が襲いかかってきた。二人で軽々と叩き落す。


「こちらは五でしょうか?」

「そうなの?」


 ふと空く間に確認を交わす。


「矢は五方向から来ています。気配はそれ以上よめません」

「俺、殺気しかわからないから! 殿下どうします? 五人ですって!」

「防げるな?」

「もちろん」

「百本も射れる射手はいないだろう。続けろ」

「御意」

「キーツ、前に出ろ、イアルはキーツの場所へ。ソランは下がれ」

「はい」


 ソランはキーツが出てくるのに合わせて、ゆっくりとおとなしく殿下の傍まで下がった。それから目をつぶり、意識を広げる。気配を探す。ベイルが一人目を蹴散らした。殺してはいないようだ。どこの誰か吐かせる必要があるからだ。やはり五つしか気配はない。ないが、何かおかしい。

 ソランは何かに引っ張られるように振り返った。頭上高く、崖の上に黒い影が立ち上がる。そう認めた途端、矢が放たれた。


「殿下!」


 ソランの動きに、殿下も振り仰いでいた。愛剣も手の中にある。殿下が手練れであればゆうに間に合う。だが、ソランは殿下の熟達度を知らなかった。咄嗟に己の剣を矢に向かって投げつけた。彼女の剣は幅が広い。矢を弾き返し、ケインの馬の鬣をかすめ、ひどい音を立てて地面に転がった。

 当てるつもりではあったが、当たるとは思わなかった。しかし、幸運を喜んでいる暇はない。第二射がすぐにくる。

 下の六人は囮だ。頭上の射手の正確さにそう確信する。それに、あの高さではこちらから射かけても届かない。


「殿下!」

「ソラン、下がってろ!」


 矢が降り来たった。ソランは背筋が凍った。目の前で、殿下が危なげなく矢を払う。飛距離がある分、軌道が読みやすいのだ。

 ケインは逃げはしないが、剣を構えることしかできないようだ。矢を目で追えないのだろう。

 ソランは堪らず、馬首を返し、殿下の前へと出ようとした。空を切り裂く音が近づき、ケインの馬が棹立ちになって嘶いた。邪魔な障害物から排除しようというのだろう。ケインが振り落とされる。馬は痛みに暴れた。我を失っている。ソランは勢いのまま愛馬をケインの馬に体当たりさせ、転倒させた。

 衝撃に多々良を踏む。馬上で体がバランスを崩した。そんな中でも弓弦の音を耳は捉えた。矢が唸る音も。


「ソラン!」


 殿下の声に反射的に顔を向ける。意外と近い距離で剣の柄が突き出された。それを掴み、無理矢理上体を起こし、腕を振るった。馬首を狙った矢を叩き落す。

 そして次に備えて構えた。一対一だ。外すことはない。マリーともっと近距離でさんざん練習したのだから。

 それから三本を防いだ。勝負はそこまでだった。駆けつけた別働隊が頭上の敵を捕縛した。それを確認してから、やっとこちらの状況に意識を向けた。


 なにやらおかしなことになっている。弓による攻撃は止み、剣を握った者たちが藪から姿を現していたが、ほとんど呆然としている。

 イドリックが耳にしたことのない言葉で、彼らに何かを話しかけていた。もう敵意は感じられない。それどころかイドリックの許に走りよってきて泣き始めた。こちらも収束したようだ。


 ソランは無意識に剣を握りなおし、いつもと感覚が違うのに気づいた。殿下に渡された剣だった。というか、この黒くて渋い地味な拵えの握りは殿下の愛剣だ。一瞬にして血の気がひいた。


「で、殿下! なんて危ないことをなさるんですか!」


 あの状況で剣を手放すなんて、自殺行為だ。


「危ないのは、おまえだ!!! 馬鹿者が!!!!」


 ソランの批難を上回る豪快な雷が落ち、ばかものが、と何回かこだまが響き渡った。




 説教が始まりそうだったが、ベイルに呼ばれ、ソランは殿下と剣を取り替えると、これ幸いと彼の許へ駆けつけた。

 初めに矢を射掛けた者は肩を馬の蹄に踏み砕かれ、危ないことになっていた。痛みと失血で酷く弱ってしまっている。短刀で衣服を切り裂き、とにかく止血薬と痛み止めを塗布してきつく包帯を巻き上げた。

 痩せさらばえた体に憐れみを感じ、駄目かもしれないと思う。それでもソランは己のマントを外し、血に汚れるのにもかまわず、その体を包み込んだ。これ以上冷えるのが一番まずい。

 話しかけるが反応が薄い。ソランはイドリックを呼んだ。


「話しかけて。この世に意識を繋ぎとめてやってください」 


 一団はイドリックの故郷の者だということだった。彼らはイドリックが殺されたと思い、その復讐のためにやってきたらしい。

 ディーがやってきて、彼を動かせるかと聞いた。寝小屋まではあとほんの少しだ。そこの方が良いのではないかと。


「そうですね。イドリック殿が抱きかかえていけばよいでしょう。ここで夜を明かしても、もつかわかりませんから」


 あとの者は駆けつけた別働隊の者が連れてきてくれるという。

 とにかくこれ以上、殿下を危険にさらすわけにはいかない。

 一行はイドリックに別働隊の指揮を任せ、隊列を組みなおして寝小屋へと急いだ。

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