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暁にもう一度  作者: 伊簑木サイ
第三章 大河サラン視察
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4 崖を砕く方法

 山中は冬支度をはじめていた。紅葉を終えた木々は葉を落とし、熱を失った晩秋の光は地面まで真っ直ぐ届いて、複雑な枝の模様を描き出していた。

 一行は大河サランに沿って通された獣道のような道を進んでいた。大河はその川幅を狭め、山あいを急流となって下っていく。たいては川岸まで降りていけたが、所によっては両側を切り立った崖に挟まれ、見下ろすのさえ恐ろしい場所もあった。


 そういった場所に来ると、ケインは休憩を申請し、持参した地図に目測で幅と深さを書き付けた。彼は大河を堰き止められる場所を探していた。

 時に土砂崩れで天然のダムが出来て、下流で甚大な被害が出ることがある。直撃を受けた村は全ておし流され、後に何一つ残らない。本当に何も。辺り一面平坦な泥の川で埋め尽くされるのだ。それを人為的に起こされたら。

 出来ない話ではない。下流のように川幅が広ければ難しいが、渓谷となれば崖を崩すだけで同じ状況を作り出せる。


 王都は位置的に直撃は受けないとわかっている。それでも規模によっては水路は破壊されるだろう。そうすれば王都を守る堀は空となる。或いは泥で埋め尽くされてしまうことも考えられる。泥がぬかるんでいるうちはいいだろう。だがいつかは乾き、王都は防御のない平城となる。そこを攻め入られたら、ひとたまりもない。


 しかし、こんな崖を人の力で切り崩せるものだろうか。ソランは眼前に聳え立つ岩肌を眺めた。

 土砂を運んできて落として埋めるには気の遠くなるような労力がいりそうである。ここをあと二日行った先にあるイオストラ砦は、流域を見張るためのものだ。彼らがそんな大規模な不審行動を見落とすわけがない。

 思ったままをケインに質問した。ケインはちらりと殿下を見た。それを受けて、殿下が答えをくれる。


「崖を砕く方法はある」


 殿下はひどく厳しい表情をしていて、それ以上は語らなかった。

 どうやら、その方法がお気に召さないらしい。ソランは、そう見当をつけた。

 なにしろ、あれを砕くのである。それができるのであれば、


「直接」


 王都を砕けるのでは。


 殿下の眉間に皺が入ったのを見て、ソランは途中で口を噤んだ。そんな恐ろしいものがこの世にあるというのか。


「ウィシュミシアですか? それはもう実用化され」

「黙れ」


 鋭く遮られた。確かに、軽々しく口にしてよい事柄ではない。


「軽率でした。申し訳ありません」

「よい」


 殿下は軽く息をついた。それから少し雰囲気を緩めた。


「一生口にせずにすめばよいと思っているのだ」


 殿下はそれを戦に使いたくないのだ。

 ソランは少し考え、脳裏に描き出された光景にぞっとした。確かにそれだけの力があれば、味方は無傷のまま、敵を殲滅できるだろう。それは、戦ですらないのではないか。ただの虐殺だ。

 そして一度使ってしまえば、どんなに守ろうと必ず技術は盗み出される。それは盗賊の孫であるソランには断言できる。

 そうすれば、人の手により生み出された災いが、今度は己の身に降りかかるのだ。そんな恐ろしい術を、世界にばら撒くことはできない。なかったことにしておけるのならば、それに越したことはないのではないか。


 だが、それはいつまで秘蔵しておけるのか。使わねばならぬ時が来る懸念があるからこそ、こんな視察を行っているのではないのか。疑問が次々に浮かぶ。ただ、黙れと言われた以上、聞くわけにもいかなかった。


 ソランはもう一度岩肌を見上げた。強く大きく硬い、神々が造り残したもうたもの。それを、人が砕くというのか。

 身中を冷す焦燥が体の真ん中を駆け抜けていった。




 もっと考察したいところだったが、確たる答えが秘されたものをグルグル考えていてもしかたがない。ソランはさっぱりと事案を脳の片隅に押しやり、ひたすら不審な気配に気を配っていた。


 ハレイ山脈への入り口となる、また、人が踏み込める最奥に位置するイオストラ砦までの行程は、周到に計画されていた。いつまでにどこまで進むか。それに合わせて別働隊が周囲から護衛と探索をしている。本隊が襲われない限り、視認できる距離には近づくなと命令してあるから、ソランが捉えられる範囲で人の気配がしたら、それは敵である。

 だから、二日目からはケインと距離を取ったのだった。遠方までよく見渡せる平地で襲われることはまずないが、山中に入れば別だ。木々も藪も岩も崖も、身を隠すには好都合だ。

 言葉を交わしている余裕はなかった。ただただ神経を研ぎ澄まし、ありとあらゆる気配を拾う。これほど囮めいた行動に引っ掛かるかどうかは五分五分だと言われたが、警戒を怠るわけにはいかない。


 前衛に騎士のベイルとイドリックが並び、次にディー。そして殿下とケインが続き、ソランとイアルが並んで、最後がキーツだった。

 ソランは先を行く殿下の背中を見遣った。たった二日を共に過ごしただけである。まだ知らない事だらけで、かの君が王位に就くのが正しいのかどうか判断はできなかった。

 強いて言えば、優しすぎることが気になった。護衛込みで御前にいるソランに、子供は子供らしくしていろなどと説教をするくらいだ。無慈悲は言うに及ばないが、情が細やかで深すぎるのも心配である。

 王位にあれば、非情な判断を下さねばならないこともある。それができないのであれば、推すことはできない。


 けれど、不思議と、殿下が王位に就こうが就くまいが、どちらでもよかった。

 ソランは我知らず微笑んだ。

 なるように、なるだろう。

 晴れ晴れとした気持ちで思う。殿下の盾となり剣となる。それは魂に刻み込まれているから、迷うことはない。

 今のソランには、それだけで十分だった。

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