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暁にもう一度  作者: 伊簑木サイ
閑話 ルティンの恋
136/149

ソランとハイデッカーの往復書簡

王妃陛下


拝啓 初夏の候。王妃陛下におかれましてはますますご健勝でいらっしゃることと存じます。(中略)

 ルティンから詳しい報告が上がっていると思いますが、本日、エーランディアの高速艇を拿捕、ウルティア将軍を捕らえました。ルティン以下情報局員に、詳細を調べるようにと命が下りました。

 ウルティア将軍は、陛下が仰っていたように、ひとかどの人物と見受けられます。

 ルティンも彼女が気に入ったようで、途中で具合の悪くなった将軍の前で膝をつき、顔を覗き込んで気遣っていました。少なくとも、ルティンが言うところのロクデナシのクズを尋問する時のえげつなさは見当たりませんでした。

 終始人当たり良く振る舞い、めったに見せない極上の笑顔を至近距離で披露していました。将軍の心をあの顔で虜にして、この後の尋問をスムーズにする意図があるのだと思われますが、あの、人に礼を言わないルティンが、将軍が取り調べに協力的に応じたことに対して、最後には礼まで述べていました。あんな殊勝なルティンは見たことがありません。

 ですが、ルティンがどこか体の具合が悪いという様子はありません。むしろ張り切って上機嫌ですので、ご心配はございません。

 では、王妃陛下もどうかご自愛いただき、(中略)お健やかに過ごされますようお祈りいたします。

                       敬具

                          フェリアス・ハイデッカー

 3月10日(注:ウィシュタリアの暦は春分が1月1日)




               *




王妃陛下


拝啓(中略)

 将軍の身柄は、警備を考え、陛下方がご来臨された時のための建物にて匿っています。

 ルティンは将軍の食事の量が少ないと言って、心配していました。ただしどの料理もそれほど躊躇わずに2口以上口をつけて残さず食べきっていたため、とりあえず味は許容範囲のようだとも言っていました。

 体の具合が悪くても、恐らく申告するような人物ではなく、あのルティンが、よく傍に膝をついて、顔色を確かめながら話しかけています。

 今日は景色の綺麗な庭に連れ出して、ベンチに隣り合って腰掛けて、聖王を殺した経緯を聞きだしていました。

 その後、移動の時は、将軍の手を取って立たせ、淑女の扱いで部屋まで案内していました。王妃陛下以外にルティンがあんな態度を取るのを、初めて見ました。

 食料は行き届いているので、ルティンに何かそのへんの得体の知れない草を入れたスープなどは飲ませていません。おかしな幻覚を見たり、腹を下したりもしていませんので、ご安心ください。もちろん、私も同じで、目を疑うような事を書いておりますが、すべて事実です。どうか、お疑いなきようお願い申し上げます。

 では、王妃陛下の(以下略)。

                       敬具

                          フェリアス・ハイデッカー

3月11日



               *




王妃陛下


拝啓(中略)

 ルティンは将軍と少々言い争いをして、手を取って歩くのを拒否されました。ですがあのルティンが相手をやり込めることなく、最極上の笑顔でそれを受け入れていました。

 その後も将軍に報復はしていないので、ご安心ください。

 ただし、もしかしたら、将軍が外を歩く時に髪や容貌を隠すためのフードを、自ら丁寧に被せてやっていたのは、小さな仕返しかもしれません。どうやら至近距離で威力満点な笑顔を見せつけたらしく、将軍はルティンを凝視したまま固まっていました。

 ルティンは寸暇を惜しんで将軍を魅了するのに余念がありません。誠心誠意任務にあたっています。

 もちろん、良いお知らせをお届けできるよう、我らも尽くす所存です。

 では、王妃陛下の(以下略)。

                       敬具

                          フェリアス・ハイデッカー

3月12日




               *




王妃陛下


拝啓(中略)

 ルティンは午前中を将軍の聞き取りにあて、タリアを教えて盤を挟みながら、エーランディア軍の構成から、風習や習俗など、他愛のないことまで聞き出しています。同じように、さりげなくウィシュタリアのことも教えています。

 エーランディアのバルトロー総督のあげた、植民地返還の条件に対する準備のためです。少しでもウィシュタリアに対する理解を促し、悪感情を払拭させられれば、陛下が条件の受け入れを示された時に、円滑に進めることができます。

 かの将軍は、接すれば接するほど、ただ失うには惜しい人物のように思えます。ただし、ウィシュタリアの敵に戻るくらいなら、殺した方が良いでしょう。閉じ込めておくことすら危険と思われます。

 彼女をお傍にと望まれる時には、不躾とは存じますが、どうか上記のことを心に留め置かれるようお願い申し上げます。

 では、(以下略)。

                       敬具

                          フェリアス・ハイデッカー

3月13日




               *




王妃陛下


拝啓(中略)




 ハイデッカーは時候の挨拶まで書いて、何十分たっても続きを書くことができなかった。ルティンと敵将であるウルティア将軍の会話は、直ぐ傍で護衛している者たちには、すべて聞き取ることができた。その表情まで、つぶさに見ていた。清々しいほどに人間の持つ執着をすべてをそぎ落とした、死を受け入れた者の顔だった。


 王はこの状況をどう判断されるのだろうか。バルトローの申し出も、彼がエーランディアの覇権を握れなければ、何の実効力もない。彼の後ろ盾がなければ、ウルティア将軍の身柄は、聖王の首と共に、むしろエランサにくれてやったほうが後腐れがないだろう。

 かの将軍は、きっとウィシュタリアの軍門には降らない。そういう人物であると、疑いようもなく確信できた。利用価値のなくなった彼女を囲っておいても、すぐに手に余ることは目に見えている。王はそれを、一目で見抜くだろう。

 ハイデッカーには、どんなものであろうと、王の判断に異を唱えるつもりはなかった。王の無慈悲は国への慈悲だ。それは疑うべくもない。

 だが、それでも、幸運を祈らずにはいられなかった。

 あの災厄のような美貌のせいで、すっかり人間不信になってしまっている親友のために。


 嘲笑ばかり浮かべて毒しか吐かない口も、敵と認定すれば完膚なきまでに叩きのめさずにはおかない苛烈で残酷な性格も、まったくもっていけ好かない。だがその下にある、生真面目で、曲がったことが嫌いで、悪態をつきつつも、弱き者、困っている者を決して見捨てることはない、姉君である王妃陛下と同じ気質を持っていることを知っている。

 だから、その彼が、あの将軍に心惹かれるのもすんなりと理解できた。

 あの将軍を失うとしても、ルティンは王に従順に従うはずだ。誰も恨みはしないだろう。それほどまでに理性的な男だ。

 しかし、ハイデッカーは、彼のそんな姿こそ見たくなかった。

 私室の扉がノックされた。


「報告書は書けたか?」

「もう少し待ってくれ」


 扉越しにルティンと会話する。


「士官室に先に行ってるぞ」

「ああ。急いで俺も行く」


 彼はまさかハイデッカーが、王にではなく、王妃に報告書という名のルティンの近況報告をしているなどと、思ってはいない。その代わりに、ハイデッカーが思いを寄せているラビニア嬢の近況報告を、王妃が寄越してくれているなど、想像もつかないだろう。

 ひょんなことから彼の思いを王妃に知られて、あちらからこの条件を出していらっしゃった。「王妃の花園」の「花」として、医療に従事するべく従軍している彼女の安否を知ることができるという誘惑に、つい負けてしまったのだが。

 ハイデッカーは小さな書き物机の引き出しを開けて、中の手紙の束を一撫でした。




ラビニアの服装は紺の乗馬服で(中略)。彼女の今日の食事は、朝は(中略)、夜は(中略)。夜7時にはテントに下がった。好きな動物は猫だそうだ。彼女は元気だ。心配ない。




 王妃のくださる手紙は、手紙というより報告書、もっと正直に言えば、恐れ多いことにそれ以下だった。子供の手紙の方が、まだ情緒がある。

 なぜか毎回、彼女の服装が詳細に書かれ(戦地のことで、ほぼ毎回変わらない)、次に食事内容が書かれ(これも同じく)、就業時間が書かれ(時々寝ずの番が入る)、いつも好きなものの内容だけが変化する。それも、花だとか色だとか食べ物ならまだしも、たいてい会話の取っ掛かりにもならない、動物だとか虫だとか靴の形だとかであった。なんだか微妙に残念感が募るのだったが、それでも数少ない彼女の人となりを知る(よすが)だ。ハイデッカーにとっては大変に貴重なものだった。

 ハイデッカーは引き出しを閉め、もう一度手紙に向かった。

『ルティンは、今日もその力の及ぶ限り、手を尽くしています。』

 どうにも不恰好だったが、それしか書くことができなかった。本文はその一行だけと諦めて、〆の挨拶を書き添え、丁寧に封をした。

 そして、急いで士官室に向かったのだった。




 ハイデッカーは知らない。

 王の覚えもめでたく、将来有望でありながら、女の影のないルティンとハイデッカーの仲を疑い、「花」たちが陰ながら応援し、手紙の内容を王妃から伝え聞く度に、暴走気味のイケナイ妄想で盛り上がっているということを。

 それから、手紙という名の報告書についてソランのために弁解しておくと、人間、衣食住がしっかりしていれば、そうそう心配はないという、心底からの配慮からきた内容であった。好きなものの内容については、同性同士と異性同士で語らう時の内容の差である。仕方ないことである。


 強面なくせにお人好しな一面のある彼に春が来るには、もう少しかかりそうな気配だった。

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