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暁にもう一度  作者: 伊簑木サイ
閑話集 こぼれ話
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閑話 宝剣

 我が主は凡才だ。それでも今生はまだマシなほうであろうか。ひどい時には、我を振るうことすらできないボンクラだったこともあった。

 今生は凡才なりに努力して、天才の剣でも二、三合は耐え凌ぐことができるようになった。誰もが皆、天才に生まれてくるわけではない。その足りない才能を補うためにひとかたならぬ重ねた努力は、賞賛に値する。たとえ我にとって力不足であっても、そこは認めておかねば公平とは言えないだろう。


 宝剣はベッドのヘッドボードに横たわって物思いに耽っていた。


 我に意識と呼べるべきものがあるのを知っている者は地上にはいない。いたとしても、生みの親のラエティアはおろか、我が神も含めて、言葉を交わしたことはない。意識がある、というだけで、それ以上でもそれ以下でもなく、さしずめ犬や馬が口を利かずに主人に仕えるのと大差ないし、それに不満があったこともない。

 我にとっての地上での暮らしは仇敵がいるわけでもなく、少々退屈と言えば言えたが、我が神から主のお守りを頼まれている以上、己の全存在をかけて、この任務をまっとうする所存である。

 それに、この退屈具合も、我が神の偉大な行為のおかげであると思えば、誇らしくこそ思えども、不満などあろうものか。あれは真にご英断であられた。


 宝剣は首があったら何度も頷いていただろうし、口があったら満足気に笑っていただろう。


 あの女垂らしのクソジジイのセルレネレスの猫撫で声を、聞かないですむようになっただけでも重畳である。それになにより、我が神を苦しめ嘆かせ続けたウリクセーヌの束縛から解放されたのは幸いであった。


 白銀の髪に紅の瞳。荒々しくも邪気のない、天界きっての問題児が自然と思い出される。あの神の佩剣とは、何度刃を交わしただろうか。もちろん、いつでも我と我が神の勝ちであったのだが。剣は輝かしい戦績に、にんまりとした気分になった。

 破壊、戦、変化の神、ウリクセーヌ。それが天の守護神とされたのは、その破壊が天に向かわぬようにするためであった。そのため、必然的に対である我が神は、再生、平和、秩序を司り、地の守護神となった。また、そうすることによって地上は安定し、繁栄するはずだったのだ。

 だが実際は、ウリクは地上で戦と破壊を撒き散らした。そうして対の存在である我が神を求めたのだ。

 それがかの神の本性であり、そのようにしか世界と関われないのだとしても、対であるが故に正反対の本性を持つ我が神にとって、それは苦痛以外のなにものでもなかった。


 それを、兄弟喧嘩もほどほどにせよなどとトボケたオザナリなとりなしをした上に、地上の惨状に心を痛める我が神を抱き締めては慰めるふりをして、口説いていた色ボケジジイは真に業腹だった。


 あの忌々しいジジイの目を潰し、我が神に無遠慮に触れた両腕を切り落とせたこと、たとえあのジジイが蜥蜴の尻尾のごとくすべてを再生させるとしても、我が輝かしき戦績の中でも最も誇りにするところだ。

 あの時、我を握った主は、今と同じく凡才であったが、捨て身で我が神を救うという一念しかなかったのが幸いしたのだろう。ああ、今思い出しても、クソジジイの身を断ち切った感覚の素晴らしさには、ぞくぞくする。

 次の瞬間にセルレネレスによって主の身は砕かれてしまったが、それによって、未来永劫魂に絡みつくはずだった呪いの鏃も砕け、しかも、魂となったが故に、我が神の欠片を抱えて冥界に逃げ込めたのを悟ったジジイの腹を立てた様子は、真に笑いの止まらないものであった。ありていに言えば、まさに、ざまあみろ、であった。

 故に、それを為した生まれ変わりの主を守るのに、否やはない。凡才でありながら、神を傷つけた男だ。我が神に頼まれたからというだけでなく、我はあの魂に呼応する。


 だが、どうしたものであろうな。


 剣は実は途方にくれていた。ベッドの上の気配は、今はどちらも穏やかに眠っている。二つの気配が非常に近いのは、くっついているせいだろう。


 我が神は、別れ際、この男を守っておくれ、と言った。再びこの男に(まみ)え、約束を果たす時まで、と。

 約束は果たされたのだろう。主の存在を留めようとして、地上を不自然に縛っていた神の力は解け、今は均等に溶け込んでいる。我が神はすべての神力を地上に与え、人として輪廻の中に組み込まれた。主たちが特定の血筋に生まれたり、戦のど真ん中ばかりを狙って生まれてくることもなくなる。地上は全き姿を手に入れ、そして、もうけっして、我が神が神として甦ることはないだろう。


 さて、そこでだ。我はこれからどうしたら良いのか。我が神に頼まれたとおり、この男を守ってきたが、事が成就した今、我は誰を持ち主と定めれば良いのか。

 主の手を拒絶して、我が神の生まれ変わりたる人の許に戻るのが筋であるように思えるのだが、問題は、それをその人が望まないだろうということだった。


 今生も凡才の主によって、殺す気が本当にあるのかも疑わしい有様で、のらりくらりと振るわれるよりも、あの人の迷いのない潔さで、もう一度ばったばったと敵を切り倒したいものだ。

 少し前にあの人の手により振るわれた時の小気味よかったこと! あれぞ天賦の才というものだろう。人の身ながら、我が本性を存分に使いこなすとは、さすが我が神の生まれ変わりである。


 だがしかし、我は何千年離れていようと、神が失われようと、我が神の剣なのである。我は本来、戦うためではなく、守るための存在であり、神の思いと同調する道具。戦いに心躍る以上に、我の本能が、主を守れ、と叫んでいるのだ。

 はて、さて、どうしたものか。我が主はこうなることを予見して、昨夜、我をここに置いた時に別れの言葉など呟いていたが、それは主が考えているような理などではなく、我が胸先三寸で決まるのだ。

 誰の佩剣であるべきか。真に悩ましい。


 あ。主も我が神の生まれ変わりも目を覚ました。うぬ。困った。我は未だ決めかねているものを。

 む。なんだ、また昨夜の続きか。それならそれで助かる。もうしばらく戯れていてくれ。その間に、我も結論を出すからな。

 いったいどうするべきか。ああ、本当にどうすれば。




 その堂々巡りの宝剣の深い悩みも、実は一瞬で解決することになった。

 宝剣は時間の許す限り延々と考え込み、物思いに耽るあまり、あっと気付いた時には、迂闊にも主に持ち上げられてしまっていたのだ。


「なんだ。あれではまだ足りないのか。宝剣の君とやらは、いやに強欲な奴だったのだな。まあ、一夜で満足できるものではないが」


 そう主は訝しげに呟き、宝剣が、ああああ、と戸惑っているうちに、てきぱきと剣帯に下げられてしまい、今さら拒否するには遅すぎる状況になり。


「もうしばらくの付き合いとなりそうだな。頼むぞ。私はまだ、当分死にたくない」


 ぽん、と叩かれて、おや、と思う。

 今、死にたくない、と人並みなことを言ったか? 自分の命より世界を、我が神の溶け込んだものを、つまり時には敵ですらあっても、無意識に守ろうとするあまり、過去に何度も我を振るうことなく殺されてきた主が。それをどれほど口惜しく思ってきたことか。その考えを変えるというのなら、何を迷うことがあろうか。

 おお。ならば、躊躇いなく我を振るえ。がんがん振るえ、ばっさばっさと斬り倒せ! 貴公はやればできる男だ。過去には誰も傷を付けたことのないセルレネレスまで、ばっさりやったのだ。我は喜んで協力するぞ! 

 宝剣は悩みを晴らし、心ひそかに快哉を叫んだのだった。




 その後、宝剣は二人の主に仕え、幾多の難局においてその存在を示すことになる。宝剣の主たちは、神の加護を得て世界に平和をもたらした統一王として、歴史に名を刻んだ。

 主たちが死んだ後は、宝剣は役割を終え、しきたりに従って、彼らの遺骸と共に聖堂に納められた。

 しかし、それも束の間のまどろみ。宝剣があの魂の輝きを忘れることは決してない。だから今も聖堂で、新しい主の訪れを待っている。

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