36.
この話、エスメラルダとマリという名前が出てきますがこいつらはエルフの長老とエルフの信仰する神です。ちなみにエスメラルダは偽名です。さらにちなみにエスメラルダは男です。マリは女ですね。…御神木だけど。
「…残念だな。お嬢があの時、俺を助けなければ良かったのに。それならお嬢はここで1人で死ねましたよ。」
「…」
後ろに立っていたウルクはわたしと顔を合わせるためか走り去るのを防ぐためか正面に回りそしてしゃがみこんだ。
「…っはぁ、お嬢。俺の話聞いてください。顔、触りますよ。いい?ちゃんと俺の目に焦点合わせてよく聞いてくださいね。」
無力を感じ脱力していた顔をウルクによって持ち上げられ熱籠る手で触れられる。その手は雨に濡れつつも熱を帯びいていた。まだ、生きるものの手だ。雨に濡れているわたしにとってはとても温かい手だった。虚ろな目でなんとか瞳を捉え水の寒さで瞼を閉じた。
「…目を、まぁいいか。お嬢、お嬢はさっき自分の大切な人はもういないって言いましたよね。俺はまだお嬢に救ってもらってから1年も経っていません。この数ヶ月、俺は救われてから今までの時間の全てが忘れることの出来ない大切なものでした。それはきっとこれからもそうです。一生忘れることの出来ない数ヶ月です。お嬢にとっては何の変哲もない日常の一部分だったかもしれないですけど。」
「……」
「貴方に拾って貰った時のこと俺は今でも覚えていますよ。塔の上から飛び降りようとしていた俺をよく分からない言葉で丸め込んで解放してくれた。俺にとってお嬢は恩人でもあり主でもあり俺の、この世で1番大切な人なんです!」
「…っけど、けど、わ、たしは…光、なくして、もう生きる意味…ない、の、大切はっ、生きる…りゆうだった、から。」
それは涙か雨かわからない。冷たい冷たい雫が水滴がぬかるんだ地面に流れ落ちる。きっとわたしよりも冷たい温度の水滴だ。溢れ出しすぎて困るくらい寒い感情なんだ。だってこれ、「私」の本音に近い寒さじゃないか。
「っ生きることに理由ってのはそんなに必要ですか?!貴方の本当の大切はもう、この世にいないかもしれない。けれどその次の大切は?!貴方の今までに関わった人たちは?!大切では無いと言うんですか?!」
「ちがっ…」
咄嗟に目を見開いて否定する。違う、わたしはそう言いたかったわけではないと。
「エスメラルダ様は?マリ様は?お嬢のご友人たちは?グローヘルエの使用人たちは?!貴方のどうでもいい存在の1人ですか?!」
「ちがぅ、ちがう!」
「俺は、執事長から生き残った使用人の先輩たちから貴方を生かして明日へそのまた明日へ送り届けて欲しいと言われました。それが俺の今の仕事でやるべき使命なんです。貴方の命はリター様やシラ様が自分の死をかけてまで守り抜こうとしたたった一つの命なんです!そんなたくさんの人の願いを想いを持った貴方をここで失う訳にはいかないんです…!」
「で、でも、わたしは…わたしは、「私」の約束を守れなかった。決め事を守れなかった。そんな私に生きる資格はないの、もう二度と犯してはならない「私」だけのルール、変えてはならないこと、例えそれが神の教えに反するものであろうとも。だから…」
「…」
ウルクが黙った。歯切れの悪い答えをするわたしも思わず黙り目を背けた。いつの間にか温かかったウルクの手は冷えた何かに変わっている、そしてこの手はきっとわたしを捨てるだろうと脳が判断した。大丈夫。ここで見捨ててくれればいい。それだけで死ぬ前の最後の救いを得られるから。頭の中の「私」がわたしを否定する。さながら断頭台の上だな。…もしかしたら、マリー・アントワネットもこういう気持ちだったり。いや、歴史の偉人と「私」のこの寒さは一緒なわけないか。
「……っ失礼!」
(…ナッ!ハンマ!)
その言葉と共にわたしの右頬は叩かれた。雨粒混じりの平手打ち、痛みはあるけれど痛くない。優しい、怒りのような、なにか。
「お嬢貴方の名前はなんですか。」
「…な、まえ?」
「はい。フルネームで答えてください。」
「フェーテ、フェーテ・グローヘルエ…」
「そうです。俺はお嬢の名前をそれしか知りません。他にあるのかもわからない。だけど聞くこともない俺には貴方の言う約束がなにか全くわかりません。きっと、それは俺なんかには理解すらもできないなにかでお嬢にとっての人生の根幹にある決め事なんでしょう。恐らく大切な人よりも前にってこと、なのかな。なら、なればこそ。お嬢、貴方にとっての大切にその1番上の大切に俺を入れてください。」
「…え、」
「俺は貴方よりも先に死にません。死ぬのならお嬢を手にかけてから死にます。もし今回みたいに地獄に堕ちそうになったら引っ張りあげます。無礼ですが、何度だって呼び戻します。大丈夫です。お嬢の隣には俺がいます。貴方に寒い死は似合わない。だから今は今だけはどうか、俺のために生きてください。」
「………」
空が泣くのを止めた。晴れはない。ただ、泣くことをやめた。それだけ。ずぶ濡れの髪からは何度も雨が滴り落ちる。この世界で今降っている雨はきっとそれだけだろう。
「い、みわかんない。」
「意味、分からなくて大丈夫です。少なくともいまは。この意味は貴方の送るこれからで知っていけばいい。」
(…ハンマノ クセニ)
「なに、それ。もはやそれ、告白じゃん。」
「貴方の命運を握ってるの俺ですからね。そりゃ、伝えなきゃいけないときが今だってわかってますから。」
「…まだ13歳のくせに、ずいぶん、大人みたいなこと言うんだね。」
「お嬢の世話で大人びただけですよ。」
今を生きろ、か。前を向いて生きろというのはきっと正しいのだろう。大切な人の死が未来を歩く人間にとって足枷となるのは誰でも知っている事実で。けれど、後悔を死んでも引きずった「私」に前を向いて歩け、生きろというのは些か難しい話なのもまた事実だった。ましてやまだ両親が死んでから1週間も経っていない。お父さんの骸に限ってはわたしの手の中にある。御空の遺体も陛下の遺体もわたしはまだ見ていないのだ。
「……そうだ、2人の遺体があるかなんてまだわかんないよね、?この点滅だってもしかしたらバグかもしれないし、そうだよ、陛下が負けるわけない。だってわたしと同じレベルで強いんだ。うん、大丈夫な、はず。御空も破壊の3段活用使えるし、人間がそれこそ魔術を無効にするなにかを生み出していなければそもそも魔族に負けるわけない。そっか、そうだよ。じゃあ、大丈夫か、落ち着いたら救援に向かえばいいんだ、うん。そうだ。まだ2人は生きてる。生きてる。大丈夫、大丈夫…」
「……」
「…うん。もう大丈夫、わかってる。大丈夫。心配かけてごめん、ありがとう。ウルク。わたしはもう大丈夫。早く、叔父さまのところに向かおう。うん、大丈夫。大丈夫だから。」
大丈夫は魔法の言葉だ。いつだってそう。大丈夫って言っていれば大抵大丈夫なんだから。ほんとに大丈夫。もう、大丈夫。
手を借りて力なく立ち上がる。足にもはや力なんて入らない。歩く力すらも残っていない。けれど前を向けと言われたから。自分のために生きて欲しいと言われたから。自分自身に大丈夫という暗示をかけて前を向く。大丈夫と盲信すれば人の死の後悔に蓋をできる。だから、大丈夫。
「お嬢、っ。…馬を用意しておきました。とりあえず宿屋に戻って身体を温めてからそれからテイストジェルに向かいましょう。」
「うん。大丈夫。」
そう言って薄暗い夜の中、彼女は笑った。
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ウルクはフェーテの3つですが、13歳のくせになぜここまで大人びているのかというと作者の趣味とこれまでの過去が影響しています。得意なことは剣術と紅茶を入れることで実はグローヘルエ家に来た際に初めて飲んだ紅茶が美味しすぎて執事長に頼み込み作り方入れ方を教えてもらったという経緯があります。ちなみにですが、フェーテは紅茶が苦手です。飲めませんし入れられません。夜の時も飲めなかったようで茶は麦茶以外は外道と言って夜vs御空・祐輝で激しい争いを繰り広げたこともあります。コーヒーもダメ、炭酸もダメ、好きな物はオレンジジュースと夜はかなりのお子ちゃま舌ですね。
ps.
こんな作品をブクマしてくれたそこの貴方、ありがとうと同時に言いたい。大丈夫か、こんな作品をブクマして、期待に応えられるようがんばります