35.
この世界のハザードランプは火災報知器のようなものだと思っといてください。尚、この話以降ハザードランプは出てこないようです
「フェーテ嬢。俺からのプレゼント、ちゃんと首からかけといてくれよな。俺も毎日フェーテ嬢のことを想ってつけておくから。」
「…あははー、陛下からのプレゼントは肌身離さずつけておきますよ!そうじゃないと、横の人の顔が…怖いし…でもこれ防犯ブザー…じゃなくてハザードランプみたいな役割するんですよね?どちらかが生命の危機にあったら光ってお知らせ的な。」
「あぁ。けどそんな事態にはならないさ。なんせ俺は魔王だからな。少なくともフェーテ嬢と次再開する時までは俺の身もフェーテ嬢の身の安全も保証する!」
どうして陛下は初めて出会って数十時間しか経っていないわたしのことをそこまで信用してくれるのか不思議だった。キシュレッテさんもそうだけれど。理解できないけど信用してくれた証ってことなのだろうなって思っていた。もしかしたら陛下はこの出会いのことを運命ってやつを信じていたのかもしれない。
「…それなら陛下、わたしとまた会う日まで絶対に死なないでくださいよ!」
「あぁ、約束だ。」
陛下と交わした指切りは今でも覚えている。記憶が鮮明になって思い出される記憶のひとつだから。それなのに。
「……へぃか、うそ…つき…」
強く光っているのだ。赤く輝いているのだ。それが意味するのは…それ即ち、死、じゃないか。…あぁ、わたしが壊れてゆく。
(ーーーー…ーー ーーーーノ?)
「……たし、は、」
(ーーテルノ?)
「ッわたしは…!」
前世、身近な人が死んだのはたった1回だけ。あまり会ったこともないひいおばあちゃんが死んだ時、「私」は「そうか、死んだのか」としか思わなかった。人間は、動物はいつか死に至る。それは病気であっても殺害という方法であってもだ。生を受けた時から死は運命として決まっている。だからこそ悲しむことは愚かなことだと理解していた。人が死を迎えるまでに楽しいを終わらせれば良いのだ、と。けれど、飼っていた大切な猫が死んだ時、「私」は愛猫に対して激しい後悔に心が呑まれ気がつけば土下座をし謝罪していた。死を看取れなかったことへの後悔を懺悔したくて猫の骸に泣きながら許しを乞うたのだ。虹の橋を渡りきったであろう猫に、冷たくなった猫に顔を頭を擦り寄せて何十秒も、何時間も泣き続け謝罪し続けた。翌日もそのまた翌日も「私」は後悔に苛まれ続けた。愛猫の死を見て経験しそして気がついた、「私」にとって自身の大切な何かの死を看取ることができない恐ろしさを。自身の死を恐れてはいない。だが、「私」の大切な何かが「私」より先に死ぬのは嫌だと理解した。だから「私」は大切な誰かの死を見る前に自分が死ぬという選択肢を取ろうと決めたのだ。
それなのに、今世はどうだ。わたしのお父さんは死んだ。わたしのお母さんも砂になって溶けて死んだ。御空は死にかけているかもしれない。陛下はもはや死にかけだろう。なのにわたしは、わたしは「一青夜」としての決め事を守れていないではないか!大切な人よりも先に命を絶つって決めていたのに、そんなことすら実行できていないのはどうしてなんだ、
(…ーェ フェーテハ イマ ドンナ キモチ ナノ?)
わたしの、気持ち?そんなの、そんなの…
「己の無力さを知って、悔しくて、辛くて、吐きたくて、最高に!」
「…最高に、…………死にたいよ…」
(………)
呼応する。精霊が、二アドの言葉に。天候が、雲行きが怪しくなり始める。薄暗かった空が真っ黒に染まっていく。どこかで雷鳴が轟き雨を呼ぶ。風速は強く、土混じりの風が吹き荒れてゆく。これが二アドの感情なのだ。世界を滅ぼしかねない精霊の二アドの力。それは連鎖反応となりいずれは大陸全土に伝わっていく。ぽつりぽつりと雨が降り始める。小粒の雨だったものは1秒、また1秒と重ねる毎に大きさを変えてゆく。その中で少女はずぶ濡れになりながらも俯き呆然と虚空を見つめていた。虚空を見つめている間にも時間を過ぎていき少女の胸元で輝きを放つネックレスは徐々に光を失っていっている。このままではダメなことはわかっている。わかっているがどうしても身体が動かないのだ。
「…………しにた。」
ふいに空間魔術に収納したお父さんの存在を思い出す。鉛よりもなによりも重い右腕を上げ作り出した空間に腕を突っ込む。指先は冷えた髪の毛に触れ、横に動かすに連れて顔に触れた。冷たい冷たい人間の亡骸。決め事を守れなかった現実。またわたしの心は死んでゆく。
「…お父さん、いない。おかあさん、いない。御空、いない。へーか、…いない。わたしの大切、みんないない。きえ、ちゃった、」
復讐という言葉が少し頭をチラつく。けどそんな力わたしにはない。無力を理解した人間が立ち向かえるような相手じゃないだろう。
「…お嬢!やっと、見つけた…!」
「……だ、れ…?」
「…ウルク、ウルクですよ。お嬢、こんなに雨に降られちゃ風邪引きます。戻りましょう、お嬢。」
「……たし、もう、大切いない、から。ここで、死、ぬ…の。」
「………」
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人間万事塞翁が馬という言葉がある通り人の不運幸運は誰にもわかりません。ですが、一青夜は一時麻雀の勝ち負けで一日の運勢を決めていたようです。