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09*不安な夜に祝福を

 王都を出発した、翌日。

 さっそく問題が発生した。


 その日は、深夜に降った雨のせいで道がぬかるんでいた。

 御者は予定通りに街へ到着しなくてはならないと()くあまり、判断を誤ったらしい。

 ぬかるみで立ち往生したまま夜を迎えてしまい、ノルマリスたちは野宿を余儀なくされた。


「だから、前の街で早めに休みましょうって言ったのに……」


 次の街へ着くまでには日が暮れてしまう可能性が少しでもあるのなら、早めに宿へ入って朝早くに()てば良い。

 マリーンはそう言ったけれど、御者は「大丈夫です」と言った。


 しかし、結果はこれ。


 マリーンは、初めての野宿に戸惑っている様子だった。

 それだけではない。おそらくは、御者の不在も彼女の不安を(あお)っている。


 というのも、予想外の出来事にすっかりパニックになってしまった御者は、ノルマリスたちへの説明もそこそこに「助けを呼んできます」と言って馬に乗って次の街へ行ってしまったのだ。


 残されたのはノルマリスとマリーン、相棒を連れて行かれた馬一頭と立ち往生している馬車が一台。


 護衛も御者もいない。

 女性二人だけの夜の街道は、大変に危険である。


 そんなことにも思い至れないくらい、御者は焦っていたのだろう。

 ノルマリスの制止も聞かずに行ってしまった。


 否、もしかしたら次の街で護衛騎士と合流する手筈だったから、余計に気持ちが急いていたのかもしれない。

 女性を乗せた馬車、それも護衛なしともなれば格好の餌食だからである。


「どうしましょう、ノルマリス様……」


 なんだかんだ言って箱入り娘なマリーンは、宿の選び方は心得ていても野宿の心得まではないようである。

 風の音にも怯え震えるマリーンの前で、ノルマリスはパチンと手を叩いた。


「ひゃあ! ノ、ノルマリス様。突然どうしたのですか⁉」


「こうしていてもどうにもなりませんし、速やかに野宿の準備をしましょう。大丈夫です、野宿のやり方は心得ています。安心して任せてください」


 マリーンの目には、不信感――まではいかないが、不安がにじんでいる。

 わからなくもない。宿屋の娘であるマリーンがわからないことを、野宿とは縁遠い貴族令嬢であるノルマリスが知っているなんておかしいからだ。


 けれど、うそではない。

 ノルマリスはちゃんと知っている。


 なにせ、黄薔薇の聖女は各地を巡って祝福を贈る聖女。

 その道中、野宿をすることだって当然ある。

 いつか必要になることだからと、ノルマリスも野宿のいろはをたたき込まれていた。


「馬車は動かせませんし、近くにいるのも危険ですから、少し離れたところに行きましょう」


「どうしてですか? 馬車の中にいた方が安全な気がしますけれど……?」


「このまま馬車の近くにいたら、悪い人たちに狙われてしまうかもしれないわ。馬車は取られてもなんとかなるけれど、わたくしたちが(さら)われてしまったらどうにもならないもの」


「さらっ……⁉ で、でも、なるほど。その通りですね」


 こんなこともあろうかと、ノルマリスはこっそり枯れ枝を馬車に隠し集めていた。

 備えあれば憂いなし。休憩時間にこそこそと収集した甲斐があったというものである。


 隠し持っていた枯れ枝に目を丸くするマリーンにも手伝ってもらい、荷物を持って安全そうな場所に移動する。

 木々の合間にちょうど良さそうな切り株を見つけて、ノルマリスはそこで野宿の準備を始めた。


「すごい……本当に、慣れていらっしゃるのですね」


 火をおこすばかりか湯を沸かし始めたノルマリスに、やはりマリーンは驚きを隠せないようだ。

 切り株の上に腰掛けて、「わぁ」「おぉ」としきりに感嘆の声を上げている。


「先代の黄薔薇の聖女様……つまりわたくしのお祖母様は、各地を巡って祝福を贈ったの。道中、野宿をすることもあったみたい。ご苦労されたからでしょうね。お祖母様の遺言は、ロートレック家に生まれた女性には野宿の心得をたたき込むように、だったそうよ」


「ああ、それで……」


「ええ」


 沸いた湯で茶を()れながら、ノルマリスは苦々しく答えた。


(どこで役に立つか、わからないものね)


 黄薔薇の聖女になるための訓練も無駄ばかりではなかった。

 そのことが知れて、良かったと思う。


 濃いめに淹れた紅茶をマリーンに渡しながら、ノルマリスも切り株に腰掛ける。

 マリーンは受け取ったカップにふぅふぅと息を吹きかけたあと、そろりと口をつけた。

 ホッと息を吐くのを確認してから、ノルマリスもカップに口をつける。


 紅茶を飲み終えてしまうと、あとは特にやることもなかった。

 近くの雑木林にいるのか、夜行性の鳥の声が時折聞こえてくるだけだ。

 マリーンの様子が気になって見てみると、彼女は深刻な顔をしてたき火をにらみつけていた。


 よく見ると手がカタカタと震えている。

 怖くて怖くて仕方がないのだろう。

 たき火をにらみつけているのも、余計なことを考えないようにしているせいかもしれない。


(このまま朝まで怯え続けるのは、かわいそうだわ)


 なんとかしてあげられないだろうか。

 御者が戻ってくるまで、あとどれくらいかかるかわからない。


(そうだわ!)


 ノルマリスは、マリーンにある提案を持ちかけることにした。


「御者が戻るまで、もうしばらくかかりそうですわね。良い機会です。マリーンに木香薔薇の祝福を贈りましょう」


「えっ、いいのですか?」


「だってあなた、震えているじゃない。怖いのでしょう? 楽しい話をしていたら、少しは気が紛れるのではない?」


「ぜっ、ぜひっ、お願いしますっっ!」


 顔は引きつったままなのに食い気味に身を寄せてきたマリーンに、ノルマリスはきょとんと目を(しばた)いて。それから、クスクスと笑いながら「ええ」と答えた。



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