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08*騎士見習いの秘密

 時は少しさかのぼる。

 ノルマリスが大神官より地方派遣の話を聞いていたちょうどその頃、ルリエーブルも別所に呼び出されていた。


 彼を呼んだのは、マックス・バインリヒ。

 近衛騎士団第二小隊の副隊長である。


 ブルームガルテン国の近衛騎士団は、いくつかの小隊に分かれている。

 第一小隊は王族の護衛、第二小隊は花の聖女の護衛をつとめているのだ。


 部屋に入ると、マックスは偉そうに腕組みをしてルリエーブルを待っていた。

 全身に筋肉がついた大柄な体躯(たいく)は、まるで仁王立ちする熊のようだ。


 騎士見習いたちはこぞって彼を恐れているが、ルリエーブルは特に感じない。

 今日も今日とて愛想のかけらもない能面のような顔をしている。


「俺が十九の時は、仲間と大騒ぎして上官に怒鳴られたもんだがなぁ」


 ルリエーブルのすました顔を見て、マックスはぼそりとつぶやいた。


 とはいえ、ルリエーブルの生まれを思えばその態度にも納得しかない。

 世間ではロートレック家が迎え入れた孤児とされているルリエーブルだが、その正体は青蜂(せいぼう)一族の一人である。


 世界には、妖精のいたずら【取り換え子(チェンジリング)】によって生まれた、人ならざるものの血が混ざった者たちが存在している。

【青蜂一族】や【胡蝶(こちょう)一族】など、ブルームガルテン国の歴史にも、しばしば出てくる。


 青蜂一族は、幸せを運ぶ妖精と聖獣ユニコーンの血が混ざる一族だ。

 妖精からは魔法の力を、ユニコーンからは獰猛(どうもう)さを継承している。


 一族の男子のみが使える魔法は、花の聖女の祝福に勝るとも劣らないものだと言われている。

 ただし、魔法が使えるのは生涯で一度きり。

 乙女を好むユニコーンの特性によるものなのか、愛する者にしか使えないのである。


 本能的に悪用されることを警戒しているのか、青蜂一族は総じて無愛想だ。

 伴侶と定めた者にしか心を許さず、それは実子であっても例外ではない。


 ゆえに、青蜂一族は他人に子育てを任せる托卵(たくらん)が基本である。

 

 ブルームガルテン国では、青蜂一族に子が生まれると養子に出される。

 男児であれば、国が細心の注意を払って養子先を決めるのが通例となっていた。


 もちろんその際、養子に出された子どもの素性を話すことはない。

 しかし、国から派遣された調査員が定期的に確認しやすいよう、大抵は貴族の家に決まる。


 マックスがルリエーブルの事情を知っているのは、彼が騎士見習いだからである。


 ブルームガルテン国では、素性の知れない者が騎士になることはできない。

 花の聖女や王族を守る任務についた時、なにかあっては遅いからだ。


 ゆえに、騎士見習いになった段階で徹底的に身辺を調べられる。

 マックスがルリエーブルの事情を知るのも、そのためだった。


「待っていたぞ、ルリエーブル」


 赤茶色の目をギラリと光らせて、マックスは言った。


 腕組みをしているせいだろうか。マックスの腕はいつもよりもムキムキである。

 酒場で見るような木樽ジョッキを頭に思い浮かべつつ、ルリエーブルはマックスと視線を合わせた。


「何用でしょうか? マックス副隊長」


「単刀直入に聞く。ルリエーブル。騎士を志した理由は、今も変わらないか?」


 マックスの鋭い視線が、ルリエーブルをつぶさに観察していた。

 痛くもない腹を探られているようで、気分が悪い。


「変わりません」


「黄薔薇の聖女様が誕生してもか?」


「関係ありません」


 くどい、とルリエーブルは思った。


 騎士見習いになってから、ルリエーブルはことあるごとにアピールしてきたつもりだ。

 仲間内の飲み会でよく話題に上る「誰を護衛したいか」という質問は常に「ノルマリス(あねうえ)」と答えてきたし、休日はすべて姉の護衛に費やした。


 すべては、ノルマリスを守る騎士になるために。

 ノルマリスを冷遇する黄薔薇の聖女を守るなぞ、想像するだけで反吐(へど)が出る。


「まさか、ロートレック家がなにか言ってきたのですか?」


「えっ。いやぁ、そんなこともあるようなないような……」


 ハハハと渇いた笑みを浮かべるマックスの顔には、疲れがにじんでいる。

 それに、隊長ではなく副隊長の呼び出しというのも解せない。


 導き出される答えはただ一つ。

 現在進行形でロートレック家が騒ぎを起こし、隊長が対応しているのだ。


 副隊長としては、一刻も早く隊長を助け出したい気持ちなのだろう。

 だが、ルリエーブルだって譲れない。


「マックス隊長。ご存知の通り、僕は黄薔薇の聖女の護衛になるべくロートレック家に引き取られました。しかし、僕が守りたいのはノルマリス・ロートレック……姉上ただ一人なのです。そして僕は、青蜂一族の男。ここまで言えば、わかりますよね?」


 ニゴォと悪意ある笑みを浮かべると、マックスはゾゾッとしてたじろいだ。

 マックスはこれでも「鬼」と呼ばれる実力者なのだが、目の前にいる生き物はそれ以上に恐ろしい存在に思えてならない。


「お、落ち着け、ルリエーブル。おまえが守りたいのはノルマリス嬢ただ一人だってことは、近衛騎士(うちのやつら)はみんな知ってる。だから、エリナ嬢の護衛になれとは言わねぇよ」


「わかってくれて、安心しました」


「おう。だが騎士見習いのまんまじゃ、護衛できる範囲が限られるだろう」


「そうですね。しかし、騎士になれば花の聖女の護衛をしなくてはなりません。おそらくその時、姉上は僕を指名してくださらないでしょう」


 そんな規則などないのに、下位の聖女は護衛がいなくて当たり前だと思っているノルマリス。

 それもこれも、神殿にはびこる暗黙の了解とやらのせいである。

 近頃はカレンデュラの聖女や薄紅薔薇の聖女が主導となって待遇の改善に乗り出したようだが、まだまだ先は長い。


「そうじゃねぇんだ、ルリエーブル。実はな、皇太子殿下の婚約祝いに国王陛下が花の聖女の地方派遣を決定したんだ。その内の一人に、ノルマリス嬢を望まれている」


「初耳ですが」


「おそらく、ノルマリス嬢も今聞かされているところだと思うぞ」


「なるほど。姉上が僕に話さないなんておかしいと思いました」


「…………。で、話を戻すが。派遣される聖女の護衛は、近衛騎士団第二小隊所属の騎士だと決まっている。それはわかっているな?」


「ええ、もちろん。ですから僕は、騎士見習いをやめる必要がありますね」


 今すぐ騎士になる方法はないから、騎士になることは諦めて派遣先に同行する。

 ルリエーブルが言いたいのは、そういうことだ。


 とはいえ、ルリエーブルほどの逸材をよそへやるのは近衛騎士団にとっては大損害である。

 なにせ彼は、青蜂一族。人ならざる者の血を持つ者はみな、人外めいた強さを誇るのだから。


 第一小隊に配属されているエドランド家の長男は胡蝶一族の者だが、それはもう恐ろしいほどに強い。

 跡取りでなければ。その美貌で花の聖女たちを腑抜けにしなければ。今頃は第二小隊の隊長をつとめていると、誰もが断言する。


 そしてルリエーブルとて侮れない。

 まだ体が追いついていないだけで、いずれはエドランド家の長男のようになるはずだ。


「そうと決まれば事務手続きをして来なくては。それではマックス隊長、今までお世話になりました」


 深々と頭を下げたルリエーブルの首根っこを、「まてまてまて」とマックスがわし掴む。

 危うく未来の近衛騎士団第二小隊の隊長を失うところだった――とマックスはホッと胸を撫で下ろした。


「なにをするんですか」


「早とちりするな。騎士見習いのまんまがダメなら、騎士になりゃあいいんだ」


「そんな簡単には、」


「なれるさ、おまえにノルマリス嬢を守れる強さがあれば。第二小隊の騎士は結局のところ、強さがすべて。勝負をしよう、ルリエーブル。俺たちに勝てば、特例としてノルマリス嬢の騎士になれるぜ」


 ニカッと笑うマックスは、うそを言っているようには見えなくて。

 ルリエーブルは彼の手から逃れて身だしなみを整えると、いつもの無表情で「くわしく聞かせてください」と言ったのだった。


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