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01*妹のお願い

2024年4月17日に商業デビュー1周年を迎えました。

応援してくださる皆様のおかげです。ありがとうございます!

こちらはデビュー作である『花の聖女と胡蝶の騎士』のスピンオフになります。(知らない方でも読めるのでご安心を!)

週に1話まったり更新するので、のんびりお付き合いいただけますと幸いです。

 妹の頼みを断ってはならない。

 妹のすることに不平不満を言ってはならない。


 それが、ロートレック侯爵家の長女であるノルマリスに課せられた決まり事だった。


「お姉様! ちょっと帰ってくるのが遅いんじゃありませんの?」


 神殿でのおつとめを終え、ノルマリスは帰宅したところだった。

 息つく間もなく聞こえてきた金切り声に、小さくため息を吐く。

 脱いだローブを預かろうとしていたメイドが、気遣わしげな視線をノルマリスへ向けてきた。


「ノルマリスお嬢様……」


「大丈夫よ。それより、お風呂の用意をお願いできるかしら?」


 ローブを預け、用事を言いつける。

 そうすれば、メイドがこの場から逃げられると知ってのことだ。

 この家で勤め続けたいのであれば、ノルマリスの味方になってはいけない。


「かしこまりました。失礼いたします」


 背を向けるメイドに、胸を撫で下ろす。

 一人助けることができた──そんな心境だ。大げさではなく、心からそう思う。


 かつて、ノルマリスの味方についたメイドがいた。

 ロートレック侯爵家で、次女に刃向かうことはクビを意味する。


 メイドはその後、この家を追い出された。

 見せしめかのように紹介状もなく、ノルマリスがツテを使って就職先を紹介しなければ、そのメイドは無職のまま途方に暮れていたかもしれない。


(誰かを犠牲にするのは一度で十分よ)


 メイドがクビ覚悟で刃向かったって、ノルマリスの状況は変わらない。


(それなら、わたくしだけが我慢すればいい)

 

 もとより、我慢は慣れている。

 幼い頃から愛玩動物のようにかわいがられてきた妹と違い、ノルマリスは厳しい教育を受けてきたから。

 

 ノルマリスは階段の踊り場でむっつりと顔をしかめている妹──エリナを仰いだ。


「エリナ、遅くなってごめんなさい。あなたに頼まれていたものを受け取るために、店に寄っていたものだから……」


「なによ、私のせいだって言いたいの⁉」


「そういうわけではないわ。悪いのは遅くなったわたくしよ」


 神殿で配給される質素な制服姿の自分と違い、エリナは夜会へ行くかのような豪奢なドレスを身に(まと)っている。

 両親の期待を一身に受けるエリナと、両親の期待を裏切ることになってしまったノルマリス。

 その差が、服装に現れているようだ。


「そうよ、お姉様が悪いのだわ。私、お姉様の帰りをずっと待っていたのよ!」


「待たせてしまったのね。それは重ね重ね申し訳ないことをしたわ」


「わかればいいのよ、わかれば」


 この四年で、エリナはすっかり変わってしまった。

 前はおとなしくて引っ込み思案なところがあるかわいらしい女の子だったのに、今や女王のような振る舞いが板についている。


 彼女に好意を抱く人はそんな態度を高貴だと評価するけれど、ノルマリスの目には傲慢(ごうまん)にしか見えない。

 そしてその原因が自分にあることに、ノルマリスは責任を感じていた。


(成人して社交界へ出た時、困るのはこの子なのに……)


 両親は一体、なにをしているのだろう。

 自分にしてきたような()()を彼女へ向けていないのだろうか。


(わたくしで失敗したから、逆のことをしようとしているのかしら)


 それなら納得の結果である。

 失策としか思えなかったが。


 ノルマリスとエリナの家であるロートレック侯爵家は、代々【黄薔薇(ローズジョーヌ)の聖女】を排出してきた名門貴族である。


 ブルームガルテン国では、十六歳になった女性は必ず神殿へおもむき、【聖女の儀】を行うことが習わしとなっている。

 この儀式で花の女神ローゼリアから認められると、【花の祝福】という特別な力を与えられ、【花の聖女】となって人々を助ける存在になるのだ。


 一族から聖女を排出すれば貴族位を得られるとあって、すでに貴族位を得ている者たちは娘を聖女にするために躍起になっている。

 とはいえ、聖女とは努力してなれるものではなく、生まれながらの資質によるものらしい。

 ゆえに、一度でも花の聖女を排出した家門は、その資質となる血を絶やさぬように若いうちから婚約者を決めるのだ。


 黄薔薇の聖女になるだろうと期待されていたノルマリスにも当然、婚約者がいる。


 アリスター・グレイ。

 歴代の黄薔薇の聖女がそろって金髪だったことから、もっとも美しい金髪を持っているという理由で決められた婚約者だ。


 世間では彼のように容姿だけで婚約を決められた男性を「種馬」などと揶揄(やゆ)することもあるそうだが、せっかく結ばれた縁。

 ノルマリスとしては、交流を持って少しずつ仲を深めていけたらと思っているのだが……。


「せっかくアリスター様が来てくださったのに、お姉様がいつまで経っても帰ってこないから私がお相手をしてあげたのよ。かわいそうに、アリスター様ったら私が婚約者だったら良かったのになんて仰っていたわ……」


 そうなのである。

 花の聖女となって四年。

 ノルマリスは休みもなく朝から晩まで神殿でおつとめをしている。

 得体の知れない下位の聖女に休みなどない──というのが神官の意向らしい。


 婚約者と最後に顔を合わせたのは、数か月も前。

 申し訳なさすぎて定期的に手紙とプレゼントを贈っているが、しょせんは自己満足ということだろう。


「そうなのね。わたくしの代わりに……。ありがとう、エリナ」


「ねぇお姉様。少しでも悪いと思っているなら、私のお願いを聞いてくださらない?」


「お願い?」


「私、もうじき十六歳になるでしょう? 聖女の儀に、お姉様もついてきてほしいの」


 通常、聖女の儀の付き添いは両親、または後見人である。

 とはいえ、姉であるノルマリスでも問題はない。


 休みがないとはいえ、聖女の儀へ付き添うために少しの間席を外すことくらいは許してもらえるだろう。

 そう思ったノルマリスは、二つ返事で付き添いを了承したのだった。


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