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決闘

 翌日、学校に投稿したスミスの机の上で正座している少年が一人いた。

 少年は、スミスを眼前に捉えるとともに、机に頭を打ち付けて見事な土下座を披露した。


「スミスのことを何も知らないままに、俺はお前の意見を否定してしまった。本当にすまなかった。」



「ラケル君!?君って人は謝り方も知らないのか??」


 ラケルが顔をあげると、スミスを含んだ数人のクラスメイトがこちらを見つめていた。

 スミスは怒った様子で、


「まず、机からおりたらどうなんだ?謝るとき、土下座は地面でするもんだろう!」


 下から机を蹴り上げるスミス。ラケルはその反動で地面に仰向けの状態でごろんと打ち出される。


「……うちの父さんが酒場でよくこうやって謝ってた。酔い潰れてるって連絡を受けて、俺が迎えに行ったら裸の父さんがいっつもこうして誰かに謝ってたんだ。だから、これが正しい謝り方なのかなー……と思って。やっぱり、服も脱ぐべきだったか?」


 あまりにも常人離れしたエピソードトークに眉をひそめ、


「……ふざけてるのか?僕が求めているのは謝ることじゃない。もう関わらないでくれ、ということが分からなかったのか?やはり転生者は脳ミソが足らないバカばっかりだな。バカの息子はバカだ。」


 スミスはそう言い放ち、机を元通りの状態に戻して友人と談笑を始めた。

 まるで、ラケルは最初からそこにいなかったもののように。

 ラケルは服についた埃を払い、席について朝礼を受けるのであった。



「ラケル、さっきはご愁傷さまだったねぇ。でも、どうして急にスミスに謝ろうとしたの?」


 魔法実習の授業中に、ペアを組んだリーゼが問いかける。

 ラケルは小さな砂山を蹴り上げながら、


「まあ……流石に仲直りしたほうがいいんじゃないかと思ってさ。」


 親父に仲直りしろと言われた、という事実こそあれど、それは伏せたほうがいいようにラケルには感じられていた。

 転生者である父に言われて仲直りするより、自分から進んで仲直りしたという事実を強めたかったからなのかもしれない。


「あんまり、嫌なんだったら無理して仲直りする必要もないんじゃないかな。一人ぼっちのままだとかスミスは言っていたけれど、まあ……最悪、私がずっとペア組んであげるからさ。」


 ペアを組んで練習することは、一番基礎的な魔法の教育とされている。 

 というのも、自分一人で魔法を完結させるのはとても難しいためだ。

 

「てわけで、私の『発生』手伝ってよ。」


 リーゼはそう言って手を差し出す。

 ラケルはその手を握ると、魔力を込めてリーゼの方へ送り込んだ。


「いやー、やっぱりペアがいると楽でいいねぇ!」


 リーゼは嬉しそうに笑った。

 ペアで練習することの意義は、魔法を使うために行う魔力の『発生』『循環』『放出』という基本動作の内どれかを他人にやってもらうことで、別のことを集中して行うことにある。


「それじゃ、いきまーす。小魔法キロ・マジック!」


 そう唱えると、リーゼの杖につけられた先端の魔導石から小さな魔法弾が発せられる。

 石鹸でできる泡のような、小さくてはかない魔法の衝撃波だ。


「杖を使う魔法を使う上で、補助する人間は魔力をどの程度送り込むかが大切になる。アドー。お前は今、魔力を相手に送り込み過ぎだ。」


 横で見ていたヘンダーソン先生が指摘する。

 つまり、今のラケルは魔力の『発生』部分の補助をしていたのだが、どうやら魔力が多すぎたらしい。

 

「もう一度、今度は今の四分の一ほどの魔力を相手に送り込んでみろ。」


 先生の指摘通り、今度はほんの少し、気持ち程度の魔力をリーゼに送り込む。

 すると、先程の泡のようなふわふわとした軌道ではなく、今度は真っ直ぐな軌道を描いて相手、つまりラケルに届く。


「痛って!結構痛いな、俺の魔力……」


 ラケルは思いっきりつねられたくらいの衝撃を服越しで感じ、つい声が出てしまう。

 リーゼはそれを見て謝るでもなく、ただ笑っている。


「ラケル。声出てる。いやー、愉快、愉快。」


 先生がいなければ、こいつにも同じ魔法を仕掛けてやるところだ。

 しかし、先生は授業前に言っていた。


「もし、補助無しで魔法を故意に誰かにぶつけたものは、私が直々に指導する。」


 ラケルはリーゼの補助無しで小魔法キロ・マジックを撃つことができる確信がぼんやりとあった。

 しかし、ここでそれをすると明らかにマズい。ここは大人しく、


「痛たい!女の子になんてことを……」


 リーゼにデコピンをお見舞いしてやるのである。

 白くきれいな額が赤ばんでいた。


「先生ぇ!もっと強い魔法はねぇのかよぉ!」


 声を張り上げる生徒がいた。

 スミスとペアを組んでいる少年である。名前は確か……

 

「今やっていることはすべての魔法の基礎中の基礎だ。ここを疎かにすれば、他のどんな魔法も使うことはできない。わかったらその口を閉じてペアに魔力を送り込め。ドロン・マステゴ。」


 そうだ、ドロン・マステゴだ。

 名前が覚えづらいので逆に印象に残っていた。クラスで一番の太っちょ。


「だって見てくれよ!俺の小魔法<キロ・マジック>!もう先生のと比べても見劣りしないぜ!」


 そう言ってペアのスミスを使わずに一人で放つ小魔法はたしかにきれいな軌道を描き、そして消えていった。

 先生は、


「そうか。なら試してみよう。ペアで小魔法キロ・マジックを打ち合って先に当たったほうが勝ちだ。」


 そうこなくっちゃ。

 と、言わんばかりに鼻息を出したドロン・マステゴは巨体を揺らしてスミスとともにクラスメイトの前に立つ。


「じゃあ相手は……」


「おい!てめぇが来いよ!転生者野郎!」


 先生もそれを止める様子はなかった。

 スミスは何も言わないまま、ラケルの方を睨みつけた。

 嫌悪感を隠そうともしない二人の前に、ラケルとリーゼは立つ。


「それでは、補助者が魔力を送り込め。そこからは補助無しで、小魔法キロ・マジックを撃て。」


 互いに杖を構える。


「いくぞ、用意、始め!」

 

 先生の号令とともに、ラケルとドロン・マステゴへと、それぞれリーゼとスミスから魔力が送り込まれる。

 体内で最大限に循環した魔力が杖の先にある魔導石に収斂、一つの束となって放出されていった。


 しかし、同じ魔法を放つ二人の間には歴然の差があった。


 ドロン・マステゴの解き放った小魔法キロ・マジックは杖の先から確かに放出され、ラケルの胸へと吸い込まれていった。

 一方でラケルの杖から放たれたそれは、ただの、


「光線……?」


 リーゼがそう思うよりも早く、ドロン・マステゴの放った魔法はキャンセルされていた。


 ラケルの魔法がヒットしたために、ドロン・マステゴが反動で後ろに仰け反って魔力が分散してしまったのである。

 結果を見た先生は、寝転がるドロン・マステゴに対して言い放つ。


「わかるか、ドロン・マステゴ。お前の魔法は後ろにのけぞっただけで消え去る。魔力の循環も、放出も全くできていない証拠だ……おい、大丈夫か?」


 ラケルの小魔法キロ・マジックを腹のあたりに一発もらったドロン・マステゴは口から泡を吹いて気絶していた。


 後ろにのけぞるどころか、そのまま後ろに倒れてしまった少年を見て、スミスも驚きの表情を浮かべている。


「嘘でしょ……」

 

 周りで見ていた女子が一言つぶやくと、


「死んだんじゃないの?」


 などという声も聞こえ始めた。

 先生は騒然とする生徒たちを抑えるように、


「気絶しているだけだ。二人がかりで保健室に連れて行け。怪我させた張本人のアドーと、こいつのペアであるスミスでだ。かなりの距離があるから、協力して運べ。」


 気絶しているだけだと見ただけで把握している先生は、あろうことかラケルとスミスの二人で運ぶように指示した。


「「こいつとかよ……」」


 両者は思った。


 片方はこれを仲直りするチャンスと捉え、もう片方は考える中で最悪の状況と捉える。

 授業は中断し、クラスの中で一番体重が重いであろうドロン・マステゴを二人して担いで保健室へと連れて行く。


「クソッ、こいつ、重たすぎるんだよな……」


 右手と左腕を片方ずつ担ぎながら、スミスはつぶやく。

 ラケルはそれを聞き流しながら、


「こいつ……マステゴとは仲良しなのか?」


 チッ。スミスの舌打ちの音が確実に聞こえた。

 そして、


「……仲良しもなにも、この町の人間はみんな家族みたいなもんだ。町といっても数百人しかいない、閉鎖的なコミュニティだからな。」


 それ以降は対して会話もないまま、校庭に隣接する保健室までの距離が縮まる。

 しかし、結局両者の心の距離は縮まることはなかった。


「ありゃりゃー……こりゃぁ、またやられたねぇ。上級生にリンチでもされたの?」


 保健室の先生が聞く。

 黒縁丸メガネをしていて、いかにも保健室の先生らしいアイテムだとラケルは思った。

 しかし、背丈は二人の少年とたいして変わらない。


「この野郎が魔法を俺の友達にぶつけやがりました。それだけです。」


 先生は驚いた表情を見せる。

 背丈にあっていない白衣をひらりと翻し、ラケルに話しかける。


「君ィ……なの?まだ一年生だよねぇ!?」


 顔と顔の距離が一センチくらいのところまで先生が近づいてくるので驚いて後退りする。

 心臓の鼓動を感じながら、ラケル。


「いやー……あの、すみません。」


 とりあえず、謝る。 


 この状況を誇ってはいけないことであるともちろん自覚しているラケルとしては、取れる手段は謝ることしかない。


「君、まだ小魔法キロ・マジックしか習ってないんじゃないの?ってことはこれ、小魔法キロ・マジックで気絶させたってこと?スッゴ!驚愕!腹を一刺しだよー!」


 何故か喜ばしそうにはしゃぐ保健室の先生。


 少なくとも保健室の先生は使わない。『一刺し』という単語は。

 一人ではしゃぎすぎた、と先生は一呼吸ついて、


「とりあえず、こういう授業中の事故とか事件?については調書を書かないといけないんだよねぇ。あ、君はもういいよ、授業に戻ってー。」


 横に置物のようにいたスミスに、先生は帰っていいと促した。

 スミスはそれがとても気に食わなかった様子で、


「どうしてですか?先生!こいつは俺の友達を魔法で気絶させたんですよ?もっとなんか……こう……処分されて然るべきでは?」


 しかし、スミスに目線を移すこともなく、先生は、


「どうして?こいつが雑魚いのが悪いんじゃ―ん。もちろん、怪我は治すけどね!」


 ギリッ。

 スミスは深く、深く歯ぎしりをした。


 町の人間は家族同然のようだとスミスは言った。ドロン・マステゴも彼にとってはそのうちの一人なのだろう。

 そのまま何も言わずに保健室から飛び出していくスミスを見て、ラケルはなんとも言えない気持ちになった。

 

「あの……あんた、本当に保健室の先生ですか?」


 にやりと笑う先生、いや、この人は先生と呼べるほど尊敬できそうにない。

 

「さぁ……もしかしたら私は淫乱なサキュバスなのかもねぇ?どう?興奮する?フヒヒッ。」


 自分と同じくらいの背丈で言われても、ただふざけているようにしか見えない。

 

「さぁ……少なくとも保健室の先生って、『フヒュヒュ』みたいな笑い方はしないと思います。」




 一方、その頃校庭では、ヘンダーソン先生とリーゼがペアを組まされていた。

 

(この先生とペアとか、怖すぎるんですけどぉ……)

 

 すると、保健室から帰ってきたスミスが皆のもとへ帰ってくる。


「スミス。ドロン・マステゴの容態はどうだった。」


 先生が保健室から帰ってきたスミスを見て尋ねる。

 スミスは一言、


「大丈夫でした。」

 

 そう言って授業に復帰した。


 誰が見ても不機嫌な様子のスミスに、リーゼを含めたクラスメイト全員ラケルと二人で運ばされたことが原因だと推測した。

 しかし、スミスはそれとは全く違うところで怒りの炎が燃えていることは、当然誰にもわからないのであった。

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