転生者
全員が集合した教室では、地獄の空気が流れていた。
休憩時間のはずなのだが、ヘンダーソン先生が最初にかけた号令は『休憩』ではなくて『着席』であることからも全員がことの重大さを理解してしまった。
「…お前、自分が遅刻したこと、わかっているのか?」
先生は前に一人教壇の前で立ってヘンダーソン先生に詰められている少女、リーゼを見下ろす。
リーゼは顔色一つ変えずに、鬼の形相をした先生に対して、
「…入学式は十二時に集合だったはずです。私の家からここに来るまで一時間もかかるなんて、想像もしていませんでした。」
こいつ、今日が入学式だと思っていたのか?
全員がそう思った。だとしてもありえないことだ。
「お前は何を言っているんだ?入学式は昨日だろうが!」
そう。入学式は昨日である。
その上、入学式だから十二時集合と勘違いしていたような言い方であったが、
「それに今は一時半だぞ!?どう転んでもお前は遅刻なんだよバカヤロー!」
入学式の翌日ということで、今日の午前中は書類やらに色々書き込んでいたのだ。
そこから授業を一つ終え、時計の針は一時半を指していた。
「それでもわかるだろう?昨日が大事な入学式なことくらい!」
結局、リーゼは入学早々廊下に立たされた。
休憩時間はやはりモエナ町のグループの人達がみんなで集まって談笑をしている。
「なあ、君!」
席を立とうとしていたラケルを少年が呼び止める。
先程、友達に『スミス』と呼ばれていた子だ。
「ラケルくんだよね?さっきは君の影を一瞬で出してたじゃないか。コツとかを教えてほしいなーと思ってね。」
そう言ってスミスはみんなの方を振り返る。
クラスメイトもラケルの方を向いて、皆ラケルと話したそうにしてくれている。
にこりと笑いかけてくれているスミスの誘いに、喉から手が出るほど乗りたかったラケルであったが、
「悪い、また今度でもいいかな?」
「え?ああ、大丈夫…だけど。」
まさか、断られると思っていなかった様子でラケルの方を見返す
ラケルはそのまま廊下へ出て、立たされているリーゼの方へ向かった。
教室の雰囲気とは一転、静かな空間が二人を包み込む。
「なあ、お前どうして、入学式の日程も分からなかったんだ?」
リーゼは先程あれだけ叱られたことも意に介さない様子で、バケツを持ちながら飄々とした表情を持って伝える。
「私の親がその…あれだから。」
また、訳の分からない返しをするリーゼであったが、ラケルは感じ取っていた。
彼女はこの学校まで一時間かかると言っていた。つまり、モエナ町に住んでいるのではない。
「お前の親ってもしかして…転生者なのか?」
ラケルの問にリーゼは驚いた素振りを見せ、コクリとうなずいた。
リーゼはラケルの反応を伺うかのように、その翡翠色の瞳でこちらをじっと見つめる。
『お前はどう思うんだ?』、と。
「そんな怖い目で見ないでくれよ。俺の父親も転生者なんだぜ?」
リーゼは思わぬ反応に、今度は目をパチクリとさせた。
「あなたの父親も転生者…」
リーゼは珍しいものを見る目でこちらを見つめた。
女の子に凝視されることは人生において初めての経験だったラケルは、目をそらしながら、
「そ、そう。俺の父親も別の世界からやってきた人なんだ。だから、この町に住むこともできない。俺はこの街から三十分くらい離れた場所でひっそり暮らしてる。」
この世界に住む人間にとっては当たり前のことだが、転生者は差別される。
父が町外れの集落に住んでいるのも、転生者は街に住むことを国のルールで禁じられているからだ。
他にも、杖を使った魔法が禁止されていたりと、生きていく上でなかなかに厳しいルールを課されていている。
しかしながら、タクはそれに関して不平や不満を言っているところをラケルは見たことがなかった。
一方で、小さな体を小刻みに震わせてリーゼは、
「私は、お母さんがこの世界の人じゃなくてね。女の転生者は、男の転生者よりも価値が高いんだって。どうしてだか、わかる?」
ラケルが小さく首を横にふる。
それを見て、リーゼは暗い顔をして話す。
「女の転生者は、いや、転生者は大体、言葉も通じないからすぐに捕まっちゃうんだって。それで、男の人だったら戦士として教育されて、女の人だったら奴隷として売られちゃうのが普通なんだって。私のお母さんはたまたま買われて、その人の三番目の奥さんとして迎え入れられたの。」
衝撃的だった。
ラケルが転生者である父から聞いていた内容は神々を打倒した自信の武勇伝のみだったからだ。
父は頑なに勇者になる前のことを話そうとはしなかったのは、なにかつらい理由があったからなのだろう。
「じゃ、じゃあ俺の父さんも転生してきたときには捕まったってことなのか…?」
リーゼはコクリとうなずく。
「そうだと思うよ。まず、そもそも転生してくる前と後で言葉が違うからね。転生してきたときには服も全然違うし、魔導師に通報が入ってすぐに捕まえられちゃう。」
父さんが別の言葉を喋っているところなんて、見たことがない
リーゼは更に続ける。
「捕まったら最後、女の人は奴隷として売られるまでずっと捕まって乱暴されて、男の人は魔法使いや冒険者としてパーティーを組んで無理やり神様に挑まされた。そこでよっぽどの功績を積んだら解放されたらしい。だから、あなたのお父さんも、すっごく頑張ったんだと思う。」
思わぬところで自分の父親を褒められた。
しかし、ラケルの気分は嬉しさというよりも複雑そのものであり、なんなら転生者への酷い仕打ちを人生で最も実感しており、それを表に出さない父に尊敬の念すら芽生えていた。
「タク・アドー。この世界を神々の支配から解放し、魔物と人類の二強時代を切り開いた大勇者の名前である。」
想定外からの声にパッと横を見ると、ヘンダーソン先生がそこにいた。
先生はラケルの方をちらりと見ると、
「最初から偶然の一致にしてはおかしいと思っていた。タク・アド―はお前の父親の名だろう。転生者の子ならば、お前の魔法を使う技能の高さも納得がいく。」
ぎくり。
ラケルが一発で『投影』を成功させたことを、ヘンダーソン先生はただの優秀な生徒で終わらせなかった。
そこで、三人の間を切り裂くように始業のチャイムが校内に鳴り響く。
「…教室に戻れ。お前たちに授業をしてやろう。『転生者』についての授業を。」
なおも廊下に立ち続けんとするリーゼに、
「…おい!行こう!」
ラケルはがっしりと腕を掴んで引っ張っていくのであった。




